彼女と過ごす節分の夜
烏川 ハル
彼女と過ごす節分の夜
「クリスマスは私がサンタの格好したから、節分は
付き合い始める前から私の部屋に入り浸っており、恋人同士になった後は、一週間のうち一日か二日くらいしか自分の家に帰らなくなっている。こういうのを半同棲というのだろう。
「節分というと……。鬼のコスプレかな?」
「そう、それ! 衣装は私が用意してあげるね」
一般的に、女性は男性よりもイベントや記念日を大切にするというが……。
孝子の場合、付き合い始めてから一週間とか一ヶ月とか、そういう『記念日』には、特にこだわりがないらしい。しかし年中行事に相当するイベントは大好きで、仮装して遊ぶという習慣があった。
二人だけのコスプレ・パーティーだ。ただし二人両方ではなく、片方だけ仮装するのが孝子式。
いつもと違う恋人の姿を見る時は新鮮で楽しいけれど、普段着の彼女の前で自分だけ非日常の格好をする時は、少し照れ臭い。
最初の頃は、そんな気恥ずかしさもあったものの、今ではすっかり慣れてきていた。
「鬼といえば、虎柄のパンツだよね。せっかくだから、普段の下着としても使えそうなパンツ、探してこようかな?」
「おいおい、さすがにそれは……」
仮装用のパンツを
「あら、何か問題ある? 晃ちゃんが下着姿になるの、私の前だけだよね?」
「もちろん! うん、問題なんて何もないよ」
急いで彼女の言葉を肯定して、私は笑顔を作った。
確かに理屈の上では、そうなるのだろう。私だって浮気をするつもりは皆無だが、でも感覚としては「浮気云々とは別に、どこかで誰かに見られる機会があるかも」と思ってしまう。
「そういえばさ、なんで鬼のパンツって虎柄なんだろうね?」
「ああ、それなら聞いたことあるぞ。確か干支が関係してるような気が……」
彼女の方から少し話題を変えてくれたので、それに乗っかることにした。
「干支?」
「いや、私も詳しくないんだけど……」
孝子と喋りながら、スマホで検索。出てきた説明を彼女に見せる。
それによると、根本にあるのは陰陽道の概念らしい。鬼が出入りする『鬼門』が北東で、これが丑寅の方角に相当する。つまり牛と虎だから、鬼は頭に牛のような
「へえ。頭の
「そうみたいだね」
「今まで私、鬼が虎のように強いから、パンツも虎柄なんだと思ってたわ。ほら、虎って強さの象徴でしょう? 夢占いでも虎は権力や名声、絶大な力を意味してるから、虎の夢を見ると立派になれる、って言われてる」
「うん、そうみたいだね」
占いみたいな分野は彼女の方が詳しいので、私は適当に頷いておく。
「だからさ、晃ちゃんも普段から虎柄の下着使うようにしたら、もっと立派な男になれるんじゃない?」
「そこに話が戻るのかよ」
軽く笑いながらツッコミを入れて、その場はそれで終わったのだが……。
二月三日、節分の当日。
「はい、これ使って晃ちゃん、今夜は鬼になってね」
「えっ? これって……」
彼女が私に手渡したのは、下着にしては小さすぎる小箱。
中身はコンドームだった。
「うん、ちょっと予定が変わっちゃった。虎柄のパンツ、見つからなくて……。でも、これも虎柄だから大丈夫だよね?」
外箱も小袋も、確かに黄色と黒の虎模様だ。ただしコンドームそのものに関しては、開封するまでわからない。
虎柄のゴムというのは、ちょっと想像つかないが……。孝子の方では、そう解釈しているらしい。
「パンツと同じで下半身に付けるものだし、勃起を
下品な冗談だ。私が顔をしかめると、彼女も苦笑いを浮かべる。
「まあ、それは半分冗談としてもさ。これなら下着以上に普段も使えるし、ちょうど節分の『鬼は外、福は内』の理念にも合致するよね?」
「節分の理念……?」
「ほら、
「いやいや、それはこじつけのような気が……」
孝子の理屈を否定しながら、私はふと、先日の会話を思い出していた。
あの時、彼女は「普段から虎柄を使うようにしたら、もっと立派になれるのではないか」と言っていた。
パンツなので深く考えていなかったけれど、実際に彼女が買ってきたのはコンドームだ。
これは男性器に被せるものだから、虎柄のコンドームが意味するものは……。
もしかすると彼女は、私のアレを現状では不十分と感じて、もっと立派にして欲しい、というメッセージを送ってきたのだろうか?
(「彼女と過ごす節分の夜」完)
彼女と過ごす節分の夜 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★212 エッセイ・ノンフィクション 連載中 300話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます