心からの言葉を、君に
葉の色よりも枝の色の方が増えた並木坂を登っていると冬の訪れを感じる。僕が渡会さんに告白してから1ヶ月が過ぎていた。もう冬休み間近となっているけど僕はまだ返事をもらっていない。けどまあ、それでもいいかと思う。焦ることはない。じっくりと、渡会さんに惚れられるような魅力ある男になっていけばいい。渡会さんはモテるけど本当に恋愛に対して興味がないみたいで、ほとんどの人はすぐに諦める。だから、僕が根気強く諦めなければチャンスはあるのだ。それに少しばかりは僕のことを意識しているみたいだし。ふとした拍子で赤面する彼女はとても可愛らしい。絶対に落としてみせる。
まあそんなこんなで僕たちの関係は進展を見せないけれど、個人としては変わっていった。まず、僕に友達と呼べる存在ができた。人の心が読める僕は偽りだらけの人間に辟易していたけれど、渡会さんを好きになってからは僕も変わろうと思えるようになったのだ。僕だって心の中では罵詈雑言を飛ばしたりするからね。それを隠す品性があるだけいいもんだ、という考えにシフトしていった。それもあって、登校中、今もこうして下を見ずに歩けるようになったし、曲を聞いて人々の心の声を紛らわす、なんてこともしなくなった。
ちなみに、僕だけではなくどうやら渡会さんも変わったみたいだ。彼女と旧知の仲であるサトルという人が律儀にも教えに来てくれた。
これは僕が渡会さんに告白した次の日、学校で起こったことだ。昼ごはんを中庭で食べた後、サトルくんが僕のもとに来て話しかけた。
「ちょっといいか」
僕は超能力で彼に害意はないということがわかったので、話に応じた。
「昨日、サエコが……ああ、俺らと一緒にいる女な。サエコがさ、
そう言ってサトルくんは深々と頭を下げた。
「あんとき、お前の悪口言っててすまなかった」
「えっと……」
超能力で謝罪の意思があるのは前々からわかっていたが、それでも困惑してしまった。
「顔、上げてよ」
こういうとき、どう対応したらいいのかわからなくてそんなことしか言えなかった。
それ以降僕とサトルくんがコミュニケーションを取ることはなかったけど、どうやら僕に対しての悪印象はなくなっているらしかった。
彼の話を聞いた直後の僕は、とにかく嬉しくて嬉しくて堪らなかった。好きな人が、僕のことを庇ってくれた。それを知っただけで胸が締め付けられる。
そんな感じに、いいのか悪いのかはわからないけれど、僕らは確かに変わっていった。これも恋の力なのだろうか? なんていうクサいことを考えて、クスリと笑う。
「ん、どうした?」
「いや、なんでもない」
隣にいる男子に笑って応じる。彼が新しくできた友達だ。
「ふーん。そういやさ、最近渡会さんとはどういう感じなのよ?」
「どうも何も、もう少しかかるかなあ」
「すげえ粘るな……相模のそういうとこ、素直に尊敬するよ」
「まあ好きになっちゃったからさ」
「お? ノロケか?」
『いいなあ青春してて。俺も恋愛してえー!』
僕は声に出して笑った。学校に行くまでの時間がこんなにも楽しいなんて、あのときの僕が聞いたらきっと信じないだろうな。
◇
僕は渡会さんと一緒に中庭へ向かった。朝、顔を合わせてすぐに「お昼、一緒に食べよう」と誘われたからだ。僕はそれに間髪入れず了承した。
中庭に行くまで、渡会さんはソワソワと緊張していた。なんだか変に雰囲気が硬いから、僕までそれが
中庭に着き、いつもの芝生に腰を下ろす。渡会さんも隣に座った。
冬だからか、ここ最近は中庭で食事をとる生徒が減ってきていて、今は僕たち2人だけ。少しだけ気恥ずかしい。
「えっと、珍しいね。渡会さんから誘ってくるなんて」
「話したいことがあるから……」
渡会さんは頬を赤らめる。これはもしかして……いや、まだそうと決まったわけではない。ここは余裕を見せないとね。
「そっか。でもこうして一緒にご飯食べるの久々だから嬉しいよ」
「うん、私も」
僕たちは弁当を袋から取り出して食べ始める。そうすると、また無言になってしまった。
やはりこれは告白の返事をしようとしているのだろうか? 心の声が聞こえないと、こうも歯痒い思いをすることになる……。手汗が弁当を濡らしていた。
「話したいことって?」
我慢の限界だった。僕の
「それはまだ秘密」
と答える。なんという残酷な行為だ。こんなの拷問と変わらないじゃないか。
「いつ話してくれるの?」
「それは、うーん……食べ終わってから?」
「疑問系は卑怯だと思います」
「えー。まあその気になったら話すから待っててよ」
「仕方ないなあ」
平静を装っているが、僕の心臓はさっきから早鐘を打っている。正直しんどい。
これで告白の返事じゃなかったらどうしようとか、フラれたらどうしようとか、そんなことばかり考えていると寒さなんて気にならなかった。
校舎から学生の賑わいが聞こえてくる。空から風が切る音が聞こえてくる。ここは世界から切り離されたみたいだった。
僕は興奮を鎮めるために弁当を置き、深呼吸した。肺に冷気がいっぱいに入って心地良い。そうすると、この時間がずっと続けばな、なんて気持ちがあふれてきた。2人だけの時間。孤独じゃないことが安らぎだとわかった。この瞬間を幸せに感じた。それはきっと、隣にいるのが君だから。
「渡会さん」
「な、なに?」
「話なんだけどさ、僕も言いたいことがあった。先に言っていい?」
「うん。別にいいけど……」
僕は渡会さんに向かい合う。空気の変化に気づいたようで、渡会さんも弁当から手を離して、真剣な面持ちで僕を見つめた。
最初に言ったのは熱に浮かされて。それ以降、僕はこの気持ちを言葉にしてこなかった。渡会さんが告白の返事を言ってくれようとしているのはわかる。でもその前に、もう一度真剣に、伝えたかった。
「僕は渡会さんが好きです。よければ僕とお付き合いをしていただけませんか」
――胸のつかえが取れた気分だった。
渡会さんは赤面して視線を落とす。
「私なんかで、いいの?」
「うん。君がいい」
少しの静寂を置いて、渡会さんが口を開く。
「私さ、恋愛とか昔からよくわからなくて、男の子と仲良くなっても恋人にしたいとか思ったことなかったの。だから今まで告白されたことは何度かあっても全部断ってきてた。申し訳ないなって思ってた。でも、相模くんから告白されたとき、凄くドキドキしちゃってさ。こんなこと今までになくて、私自身、よくわかんなくなっちゃって。だからあの日、返事を待ってって言ったの。今日話があるっていうのはその返事をしようと思って」
「返事、聞かせてくれる?」僕はおずおずと言った。
「うん。……恋愛とか今もよくわからなくて、相模くんのことも好きなのかどうか実はよくわからない。でも一緒にいるとドキドキしたり安心したりするの。だから、その、もしかしたら相模くんのことが好きなのかもみたいな……つまり、えーっと、こんな私でもいいのなら、よろしくお願いします!」
渡会さんは勢いよく頭を下げた。生徒の喧騒も、風の音も、何もかもが聞こえなくなっていた。
ようやく頭が冷静さを取り戻してきて、渡会さんの言葉を理解していく。
「つまり、僕らはこれから恋人同士ってこと?」
「……うん、そうだよ」
心臓がキュッと締め付けられるのと同時に、幸せがこの上なく押し寄せてきた。僕は衝動のままに渡会さんを抱きしめる。
「え、ちょっ!?」
強く強く、ずっと離れないように抱きしめた。僕よりも身長は高いけど、なんだか小さく感じられる。それと、女の子の体ってこんなに柔らかいんだなと思った。
「ねえ、誰かに見られちゃう……」
「人の気配しないから大丈夫だよ」
「えー……」
嫌がる素振りは言葉だけで、渡会さんも僕の背に手を回す。暖かな抱擁だった。
僕は思いついたように声を出す。
「僕のこと、好きかどうかわからないって言ったよね?」
「うん……」
「いつかさ、君に本心から僕のことを好きだって言ってもらえるように努力するよ」
「ふふっ、なにそれ」
少しだけ恥ずかしかったけど、渡会さんが笑ってくれたから良しとしよう。
〜fin〜
君の本音が聞きたいんだ! 福山慶 @BeautifulWorld
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます