(2)

~美優視点~



 気がつけば、私は門の前に立っていた。


 目の前には、ドアが腐り落ちて開いたままの門。

 門の中には、古ぼけ荒れ果てた日本家屋。


 障子は破れ、壁がボロボロになっている。

 雑草はボウボウと生い茂り、ずっと人の出入りがないことがわかる。

 辺りは暗く、街灯もない。


 日本家屋の周りは、うっそうとした森が広がっている。



 どうして私がそこにいるのか、わからなかった。

 私が住んでいる地区には、こんな不気味な場所はなかったはずだ。


 怖いと思いながらも、日本家屋の方をジッと見る。


 なんというか今にも崩れ落ちそうで、お化け屋敷よりも不気味な雰囲気を漂っている。

 何より、庭の草の状態からしてこの家に人は住んでいないはず。


 こんな状態で放置とか、この家の持ち主は何を考えているんだろう?



 怖さと意味が分からないという気持ちでイライラしていれば、ヒューと流れっる生暖かい風を感じて鳥肌が立った腕をさする。


 改めて自分の服装を見れば、生暖かい風を直で感じたことに納得してしまった。

 そりゃあ、これだけ薄ければ感じるわな。


 私は長そで長ズボンの春用のパジャマだった。

 靴は履いていなくて、裸足のままで土の上に立っている。

 足の裏で、地面のザラザラとした感触を感じる。



 周囲を見ても暗い森が広がっているだけで、その先に何があるのか全く見えない。

 ドクンドクンと早鐘を打つ胸を抑える。

 心臓の音が、外からでも聞こえてしまいそうなぐらい大きくなっているのを感じる。


 早く帰りたい!!


 そう思いながらも、何故か行動に移せない。

 逃げ出したいのに、逃げだせない。

 まるで崖の先に立っているようで、逃げようと動いた瞬間落ちて死ぬんじゃないかと思ってしまう。


 なぜ、そう思ってしまうのかわからない。

 もしかしたら、目の前の風景やこの空間の雰囲気から無意識にそう思ったのかも。


 今すぐ逃げたい。

 帰りたいけど、帰れるかはともかくここから今すぐに離れたい。


 そう強く思ってしまう。



「ミユ……ミユ……、さあ此方へ」



 怖いと思っていれば、誰かが私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 どこか聞き覚えがある、低いけれどまるで鈴の音のようなどこか不思議な雰囲気が漂う声だ。


 そんな声が、古ぼけた壁に囲まれている今にも崩れ落ちそうな日本家屋の中から聞こえてくる。

 声からわかるのは、私を呼んでいるのが男性だということだけ。


 でも、行くことはできない。

 私の勘が、行ってはいけないと言っている。私の勘は昔からよく当たったから、行ってはいけないのはきっと正しい判断なんだ。



「ミユ…………なぜ、貴方は私のもとに来てくれないのですか?」



 声は、悲壮感が漂う悲しげな声音だった。


 一瞬、前に足を踏み出しそうになるのをなんとか耐える。


 行ってはいけないと思い、目をつぶり、両手で両耳をふさぎその場にしゃがみ込む。



「…………なぜ、来てくれないのでしょうか? クロ」

「わからん。こちらから行くか?」



 耳をふさいでいるのに、しっかりと聞こえる二つの声。

 片方は、私を呼ぶ声。

 もう片方は私を呼ぶ声よりも低く、まるで沼の底のように冷たく重い雰囲気が漂う声。


 どうして、耳をふさいでいるのに聞こえてくるの?


 そう思ったけど、違うと自分で否定した。


 耳からじゃない。

 声は、頭の中に直接聞こえてきた。


 そのことに恐怖しながらも、冷静になろうと今の状況について考える。


 きっと考えれば、なにかこの状況から逃げる方法を思いつくかもしれない。

 相手の言っている【くろ】。

 もしかしたら、相手の名前かもしれない。

 名前というよりは、愛称かもしれないけど。


 なんとか、恐怖を紛らわせるために違うことを考える。

 そもそも、私はホラーは嫌いなのよ!!





「ええ、ええ。そうしましょう。ミユは怪我をしていましたからね。足が痛むのでしょう」



 綺麗な声の人の言葉に、私は自分の耳を疑った。


 …………どうして、知っているの?


 冷静になって考えようと思っていたのに、驚くべき情報を聞いて思考を停止してしまった。

 いや、茫然としてしまった。



 だって、怪我のことを知っている人がここにいるはずがないんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異常な世界の私達 坂神ユキ @syousetuwanko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ