塞翁の楯

【①:はじめに(作品の特徴など)】


  すべての攻撃を防ぐ最強のたてと、あらゆる防御を貫通する至高の矛。

 有名な矛盾の語源です。

 ではここで、それぞれが確かに「最強」たりえた場合、衝突したのちに生き残るのは果たしてどちらでしょうか。

 そんな疑問を描いた作品、『塞翁の楯』。


 それでは、どうぞ。


【②:本作のあらすじ】


 織田信長に故郷を追われ、家族を失った主人公の匡介きょうすけ。口惜しさと怒りを噛みしめながら逃げる道中で、彼は石垣作りの職人として有名な穴太衆あのうしゅう飛田屋の棟梁、飛田とびた源斎げんさいに拾われ、その一味の後継者として育てられることになる。

 石の声を聴き、岩の目を視ることのできる彼は穴太衆として修業を重ねていくうちに、とある思いを抱くことになる。


 それは、


「あらゆる攻撃を跳ね返す石垣を作れば、もう二度と戦はなくなるはずだ」


という、祈りにも似た信念であった。


 他方、同じく戦を無くすべく己の技術を磨き続けるものがいた。

 鉄砲作りの職人集団、国友衆の国友くにとも彦九郎げんくろうである。

 彦九郎もまた、


「すべてを撃ち倒す鉄砲を作れば、刃向かえる者はいなくなり――結果、戦はなくなるだろう」


との考えから、鉄砲を作り続けるのであった。


 最強の楯である石垣と、至高の矛である鉄砲。


 ふたつの矛盾がぶつかる戦場において、彼らは果たして何を思い、何を見るのか。

 そして彼らは、果たして戦を無くすことができるのか。


【③:作品の見どころ】


 この作品は確かに戦国時代を描いたものではありますが、登場人物はあくまでも職人たちの姿を描いたものです。

 すなわち、通常の歴史・時代小説で主役になりがちな武士とは異なり、平民と身分の変わらぬ彼らは、積極的に争いに関わることはありません。ために作中では、彼らの平時の生活ぶりも多々描かれております。

 「城」という戦の象徴でありながら、それを築く者も打ち破る道具を作る者も、ともに市井に生きる一般人に過ぎないという視点は、当たり前でありながらもひどく新鮮なものに私の目には映りました。

 それゆえに、戦というものがいかに非常事態であるのかを思い知ることができ、全体的にメリハリの利いた作品となっていると思います。


 また、この作品には様々な人間関係も登場します。

 血のつながらない親と子。師匠と弟子。親友。大名と臣下。依頼主と職人。そして敵と味方。

 これらの人間模様が複雑に絡み合うことで、物語はより深みを増していきます。それはまるで、職人が強固な石垣を組み上げるかのような見事さで――読者われわれ作者しょくにんの作り上げる石垣さくひんに感嘆しながら臨むことになるでしょう。


 直木賞選考の壇上に登るのも納得であると、思わずうなってしまいたくなる一冊です。


【④:まとめ(オチともいう)】


 今村翔吾氏は、時代小説作家ながら若い世代から支持される珍しい作者であります。氏の特徴は、歴史ものでありながら極力難解な言葉づかいをせず、読みやすいながらも圧倒的な熱量を込めた文章を綴るところにあると思います。だからこそ、若者からも支持されるのでしょう。

 時代小説はハードルが高いと思われる方でも、この作者の本はまるで少年漫画のような勢いで読ませてくれます。

 こういった作品や作者との出会いがあるのも、直木賞の良さであると思います。


 ただし、ひとつだけ難点があります。

 それは作品自体のボリュームです。

 私個人は本は厚ければ厚いほど(コスパが)いいと思っている人間なのですが、ハードカバーにして五百ページ越えの本作を歴史・時代小説に慣れない読者がいささか手を出しにくいと敬遠するのは、仕方のない事実ではあると思います。


 だがしかし。


 だからこそ。


 もしもこの作品に興味をお持ちの方がいらっしゃれば、絶対に読んで損はしないと声を大にしておすすめします。


 最強の楯と至高の矛のぶつかり合い。

 その結末は、ぜひその目でご確認ください。


 それでは、また。

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第二回ささたけ的直木三十五賞選考会 ささたけ はじめ @sasatake-hajime

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