ミカエルの鼓動

【①:はじめに(作品の特徴など)】


 麻酔がなぜ効くのか、あなたはご存知だろうか。


 実は2020年まで、麻酔がなぜ効くのかというその原理は不明のままでした。

 しかし原理は解らずとも、効果が認められれば採用されるのが、医療現場という命の最前線なのです。

 では仮に、解明されていないものが医療機器の不具合であった場合はどうでしょうか。

 大天使の名を冠した手術支援ロボット「ミカエル」。その性能に、重大な不具合が隠れているかもしれないという疑惑が沸き上がります。もしもそうであるならば、この機械は果たして、天使となるか、悪魔となるか――。


 それでは、どうぞ。


【②:本作のあらすじ】


 主人公の西條が勤務する北海道の大学病院では、院長の方針により、ロボット技術支援による外科手術を病院の看板としていた。そのため、「ミカエル」にて初の心臓外科手術を成功させた国内有数の心臓外科医である西条は、同大学病院の看板医師となっていた。

 このまま「ミカエル」での実績が認められれば、近い将来はこの病院で頂点に立つことも夢ではない。自信に満ちあふれ順風満帆な生活を送る西條。

 だがその前に、一人の男が現れる。


 ドイツ帰りの天才医師、真木である。


 彼の登場を境に、西條の身の回りでは不穏な空気が漂い始めた。

 協調性はないが、従来通りの手術方法で絶大な実力を見せる真木。

 真木を新たな看板に推すかのように、ロボット手術に対して急遽、消極的な姿勢を取り始める院長。

 「ミカエル」にきな臭いネタのにおいを嗅ぎつけ、うろつき回るジャーナリスト。


 かみ合わなくなった歯車にいら立ちを覚え始めたところ、西條はとある難病の少年と出会うことになる。その少年の手術法をめぐり真木と対立していた中で、ひとつの報せが西條のもとへ届く。


 それは、西條に心酔していた若手医師の死を伝えるものだった。


 自殺した彼は、「ミカエル」で医療事故を起こしたのではとささやかれていた。

 すべての事態の中心には「ミカエル」がある。

 果たして事故は、本当に人的ミスであったのか。

 それとも機械の機能的欠陥なのか。

 真相が判明しないまま、少年の手術の時は迫ってくる。

 「ミカエル」による手術を選ぶ西條。

 自分が従来通りの方式でこなしてみせるという真木。


 そして少年の命は、大天使の天秤にかけられることになる。


【③:作品の見どころ】


 未読の方の興をそいではいけないので詳しくは語りませんが、西條には西條なりの倫理や理念があります。それは決して独りよがりなものではなく、患者や医療界のことを思ってのものなのは間違いありません。地位は欲しましたが、金や権力を求めたわけではないのです。そのことは、西條が難病の少年と接する態度から読み取ることができます。


 西條はまだ見ぬ最大多数を救おうとし、

 真木は目の前の絶対数を救おうとした。


 二人の違いはただそれだけで、そのどちらが正しいとも言えないのが医療なのでしょう。


 百の命とひとつの命。

 命の重みに違いは存在するか否か。


 それはあたかも、巷間話題になった「トロッコ問題」のようです。そんな非常に困難な課題を、作者はこの作品を通して描き出そうとしているのです。


【④:まとめ(オチともいう)】


 多少レビューの本意からは反れますが、私はあらかじめ候補作の読む順番を決めています。指運に任せて適当に選ぶのではなく、各作品それぞれの特色を意識することで、より読書を楽しもうと思ったためです。

 そのため、この『ミカエルの鼓動』を『同志少女よ、敵を撃て』の後に持ってきたのにもれっきとした理由があります。たくさんの命が奪われる戦争モノの後だからこそ、次は命が救われるであろう医療モノを読もうと思ったのです。

 ところがいざ本を開いてみれば、序盤は戦争でもないのに人と人が争うのに加え、様々な利権や欲望までが入り混じり、正直辟易しそうになりました。

 それでも最後まで読み続けられたのは、あくまでも西條が『患者を助ける』ということに固執していたからです。その結末は人によっては賛否が分かれるかもしれませんが、それでも一人の男の生き様としては立派なものだと思います。


 西條という天使に導かれ、天使に振り回された男の生き様を、ぜひご覧くださいませ。


 それでは、また。

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