死にたくないから機械の身体を手に入れたけど、メンテナンスに金がかかるし、メーカーのサポートも続かないので全然永遠ではない件ついて

あかさや

第1話

「いつもありがとうございます! タンジェロさんの身体の今月保守費用の請求書です」


 そう言って機械化した私の身体の製造元に勤めている若い男がにこやかに渡してきた請求書の金額を見て、またしても辟易した。


 結構な金額だ。今日私が支払った金額だけで、一般的な家庭が数ヶ月は生活できるだろう。


 私は数十年前に、死にたくないから機械の身体を手に入れた。当時の私はこれで永遠の命を手に入れたように思ったものだ。


 だが、現実はそう甘くない。機械の身体は普通の生体よりも遥かにメンテナンスを必要とするし、それにかかる費用は相当なものだ。私はいわゆる富裕層と言われる立場であるので問題なく払えているが――かつては機械化した身体のメンテナンスに費用を負担できなくなった人たちが社会的な問題として騒がれていたものである。


 それに、稼いでいるからと言って、一般家庭が数ヶ月生活できる程度の額の金を毎月支払わなければならないとなると、憂鬱になるものだ。なにしろ私は死にたくないから機械の身体を手に入れた俗物の中の俗物である。できることなら、稼いだ金は手放したくないのだ。


「あ、それとこちらもどうぞ!」


 メーカーの若い男が出してきたのは、彼が勤めている会社が販売している義体のパンフレットであった。


「タンジェロさんの義体に使用しているいくつかの内的器官のサポートが来年度末で終了するので、新しいものに換えることをおすすめします!」


「なに、またか……」


 半年ほど前に、右腕に不具合が生じて、それがもうすでに製造中止になっていたというので新しいものに取り換えたばかりだというのに。


 内的器官というのは、人間でいうところの内臓にあたるものだ。常時、使用されているに等しい部位であるため、特に損耗が激しいところである。


「タンジェロさんのお身体の内的器官ですが、サポート終了に該当しない部位もだいぶ損耗しているようなので、これを機に一斉取り換えをしてしまったほうが、費用を抑えられますが、いかがいたしましょう?」


「むうう……少し考えさせてくれないか?」


 内的器官の劣化は放置しておけば、致命的なエラーを引き起こしかねない。当然のことながら、いまとなっても私の中にある死にたくないという思いは同じである。死のリスクを避けるのは当然であるべきだが――


 内的器官というのは、損耗が激しいのにも関わらず、結構な高額だ。一斉に取り替えるとなると、かなりの出費になる。金持ちというのは、金を使わないからこそ金持ちなのだ。できる限り、出費はしたくないのである。


「わかりました。いい返答をお待ちしております。いつでもご連絡ください! もし一斉取り換えをするのであれば、思い切って半生体型にするのはいかがでしょうか? ついこの間、我が社から最新の半生体型タイプが発売されまして――」


 彼がこちらの気など知ったことかと言わんばかりに明るい営業トークを繰り広げていた。悪気はないのはわかっているが、殴ってやりたいという気持ちがまったくないといえば嘘になる。


 私のいまの身体もそれなりの年数が経過し、一新したほうがいいことはわかっているが、なかなか踏ん切りがつかなかった。半生体型は生体に近く再生能力を持ち、一般的な機械型よりも通常の保守費用が抑えられるという利点があるが、そのぶん高額だ。無論、払えることはできるものの、目に見えて資産が目減りするのは、精神衛生上よろしいことではなかった。


 なにより半生体型は機械型との併用が難しい。半生体型の部位が機械型の部位を汚染し、劣化を速めてしまうからだ。過去には機械型の身体に半生体型の部位を入れたことによって深刻な汚染を引き起こし、そのまま機能停止したこともあった。いまではだいぶ進歩し、そのような致命的な汚染は引き起こさなくなったものの、それでも汚染による劣化を促進してしまうため、メーカー側は推奨していない。


「うーむ。やはりもう少し、考えさせてはくれないか?」


 私がそう答えると、彼はにこやかに「決断できましたらすぐにご連絡ください!」と元気よく返答してくる。やはりその明るさを見ている殴ってやりたいという気持ちがどこからともなくやってくる。


「今回の保守費用は明日引き落とされるはずだ。今日のところはまだ買い替えをするかどうか決めるつもりはない。その時はまた連絡をさせてもらおう」


「わかりました! ではまたなにかあれば遠慮なくご連絡ください! よろしくお願いします!」


 彼は元気よくそう言って立ち上がった。私はそばに控えている執事に彼を案内するように命じる。


 彼の姿が消え、私は応接室に一人となった。


 私が生まれる前、汎用コンピューターのOSのサポートが終わるたびに世間が騒がれていたというが、いまもあまり変わっていないらしい。


 たぶん、永遠の命というのは高くつくものなのだろう。すべてのものは永遠にはなり得ないのだから。世知辛いものだ。

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死にたくないから機械の身体を手に入れたけど、メンテナンスに金がかかるし、メーカーのサポートも続かないので全然永遠ではない件ついて あかさや @aksyaksy8870

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