第15話 勇者、不在【補足】または「無数の白い影」

 かつて……。

 異世界の魔神を召喚し、大きな戦を仕掛けた者たちがいた。

 彼らは、ときの王国や勇者たちに滅ぼされ、魔神も退いたという。


 それは、人が天に挑んだ戦い。

 “天人大戦”と、人は言う。


 天に弓引く者どもと、天から力を得た者たちが争った、恐ろしい大戦だった。


 そのなかに、『蠅の王ベルゼブブ』を召喚した者たちがいた。

 魔神たちは退いたが。

 しかし。

 落胤は残った。

 ベルゼブブの卵が、残ったのだ。


 彼らは、孵化したベルゼブブの子である幼虫に、ゾンビを与え続けてきたのだ。

 ゾンビであれば、丸のみさせても存在しつづけ、栄養が吸収されたら干からびて骨と皮ばかりのミイラとなり、皮も肉組織もなくなってもスケルトンになり、さらに骨まで消化されてもゴーストになる。

 その間中、ずーっと死の魔素を与え続けてくれる。


 ゾンビを操って巨大な蛆虫に与えて来た集団。

 アンデッドを「浄化する」と言って引き取り、ベルゼブブの落胤に食べさせてきた集団。


 それが、『白い虫を祀る浄化教団』の出発点だったのだ。

 その性質上、屍操術ネクロマンシーのなかでも『ウォーカー=単純に、復活しただけのゾンビ』を操る技術が高い者が多い。


 当初は危険組織であり、無論、落胤を成長させつつ成虫にさせ、ひいてはベルゼブブの再来を願う邪教であった。

 しかし、体面を取り繕うための表の顔をキレイにしすぎた結果、教団の新規入団者はどんどんクリーンになっていき、ついには、完全に内部までキレイな組織になってしまったのだ。


 もはや、ベルゼブブの再来を望む者はいない。


 “天人大戦”から続く、白き浄化教団。これが、その真相だった。


 それほど秘匿されている秘密でもない。

 ひとしきり、白いローブをまとった女司教は語って聞かせた。

 彼女が戦闘中に見せたハイテンションさは、もはや微塵も見られない。


「我々は、“天人大戦”で蠅の王ベルゼブブの卵が落とされた場所に根差し、拠点にしているのです」

「今回は、たまたま一番大きなオシラサマを提供したまで」

「我らが抱えるオシラサマが、この一柱だけだとは思わないことですね」

「とはいえ。王都のオシラサマは、もはや成虫になり、オシラサマではなくなってしまいました」

「私たちは、この成虫になった『ベルゼブブの落胤』を連れて、拠点を移します」

「王都のみなさま、お世話になりました」


 大司祭も、ホッと胸をなでおろした。

「いやいや。こちらこそ、ありがとうございます」

「して、次はどちらへ?」


「ええ。王都から歩いて1日のところに、教団の拠点がありますので、そこへ」

「“天人大戦”は、全世界を巻き込みましたからねぇ。大都市部は、特にひどかった」

「そこらじゅうに、蠅の王ベルゼブブの卵は落ちているんですよ」


 大司祭は、ほんのりと胃がキリキリするのを感じた。


 だが、安心してほしい。

 このあと、第二次王都襲撃の顛末を報告するため、とんでもない量の書類仕事が大司祭を襲うであろう。

 守備隊を集めるために駆けずり回った、その後始末もせねばなるまい。

 ほんのりと胃がキリキリする程度の傷みなど、一瞬で吹き飛ぶほどの胃痛に見舞われるだろう。



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「ファラーマルズはね」

「ノーマとウダイオスを連れて、どこかへ行ったんだよ」

「瀕死のノーマを、ウダイオスの再生力で治療するために、ね」

「だからファラーマルズは王都にはいないし、残念だけど、ノーマもウダイオスも王都にはいなかったんだよね」


 ここは、帝国の一室。


 彼は、今回の襲撃事件を手引きした元『竜の勇者』にして王国への反逆者、ユウマ・アツドウ。


 その手には、包帯のようなものと、何に使うのか分からないが、とにかくおぞましい形をした器具が握られている。


「この世界では、医療廃棄物の扱いは適当だねぇ」

「ちょっと漁れば、簡単に医療ゴミが手に入るんだから」

「例えば、ノーマの治療に使った包帯、とか。ノーマの血がついたままの」


「そして、恐ろしい拷問じみた尋問も、まだ行われているんだねぇ」

「ウダイオスには申し訳ないけど、あとで取り戻すから、今は待っててほしいんだけどさ」

「良かったなぁ、出血するタイプの“尋問”で」

「尋問器具の手配屋と裏からつながれば……使用済みの尋問器具が手に入るんだからね」

「例えば、ウダイオスの尋問に使った器具、とか。ウダイオスの血がついたままの」


「それもこれも、誰かさんが王都の周辺で騒ぎを起こしてくれたおかげさ」

「中心部の魔法的防御が疎かになって、僕の手の者を手引きしやすかったよ」


「これで、必要なものはそろった」


 ユウマは、事の顛末を語って聞かせた。


 そんなユウマの前にたたずむのは、帝国軍の将校。


 だが!!!

 明らかに顔が魔族だ!!!!


「あんたは、“湧出魔王”序列第1位、だっけ」

「第5位のズハインは、よく働いてくれたけど。でも、やっぱりあのファラーマルズとかいうバケモノには手も足も出なかった」

「ファラーマルズの劣化分身の、しかもゾンビと戦っても、一瞬だったよ」


「フン! 序列は下がれば下がるほど、多くなるのだ」

「序列2位は2人、序列3位は5人、序列4位は10人、そして序列5位は15人だ」

「やつなど、オレに比べればザコもザコよ」

「まぁ、たった一人しかいない、序列1位の力を見ているがいい」


「ふっふふふ」

「ふふふ」


「ははは」



「フハハハハ!!!」




 ユウマは、あぁ、たぶんこいつもダメだな、と思った。

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もしも『竜の勇者』を召喚したと思ったら『竜の魔王』だったら。~悪竜王が異世界で好き放題する話~【竜の勇者の転移譚】 斑世 @patch_world

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