第9話 元アウトロー叔父さんは娘を殺した犯人を許したという奇跡

 殺された一人娘沙希と、軽傷とはいえ自分にもナイフを向けた少年を許すなんてことができるのだろうか?

 なんでも刑事さんの話だと、竜也叔父さんは、麻薬少年に対して死は誰でもいつかは訪れるが、どうせ死ぬならその前に更生してほしいと願い、自分が元アウトローだった過去も洗いざらい話したという。

 ひょっとして、竜也叔父さんも薬物中毒だった過去があり、そこから更生したのかな?

 だから、薬物中毒の精神状態が手に取るように理解できるのかな?

 それは本人しかわからない。

 ただわかっていることは、竜也おじさんは、犯人を許そうとしているという事実だけである。


 聖香はいつも思う。

 許すって難しいよね。だって殺人や復讐は人間の本能だもの。

 十戒の一番目が「あなたは殺してはならない」「あなたは盗んではならない」

 十戒は、イエスキリストの生誕前である2022年昔に制定されたものだが、殺人も盗みも、時代が変われど今も昔も犯罪のワースト2以内に入っている。

 やはり人間のエゴイズムは変わらないのであろうか。


 人間の最大のストレスは、許せないことであり、最も難しいことは許すということであるが、許すというのは、その出来事そのものを忘れてしまうことである。

 ビッグスターはこの許すということを、実行している人が多い。

 だから、常に新しいものを生み出すことができるのであろう。


 最大の愛は許すことだというが、自分を裏切ったり、浮気をしたり、傷つけたりした相手を許せるわけないよね。

 よほど、相手を理解しない限り無理よね。

 いや相手を愛し、信頼していたからこそ、裏切った相手を許せないんだよね。

 聖香の好きなサスペンスドラマは、すべて殺人と盗みがテーマである。

 ちなみに、不倫も他人の配偶者を奪うという意味では盗みである。


 竜也叔父さんは、人間にとって最も難しい許しを実行しようとしている。

 聖香は昔のアウトロー時代の竜也叔父さんを知らないし、写真すら見たことはないが、アウトローから堅気になった人は、人相が全く変わるという。

 竜也叔父さんはそこから更生したばかりか、他人をも悪の世界から更生させようとしている。

 昔の罪の償いとはいえ、偉大だよね。


 竜也叔父さんが言った。

「本来俺が今、生きているということ自体が奇跡なんだよ。俺みたいな悪党は、とっくの昔に殺されてるか、ホームレスになって野垂れ死にになっていても仕方のない人間なんだよ。それが神に許されてるから、こうやって生かされてるんだ」

 竜也叔父さんが、そんなに悪事を働いたとは思えないが、小さな悪が巨大な悪に変化することだってある。そして、本人ばかりか家族まで巻き込むことだってあるのだ。犯罪被害者の家族も悲劇だが、犯罪加害者の家族は、それ以上に世間からバッシングを受け、崩壊しそうである。


 もうひとつ、意外な事実を警察から聞かされた。

 なんと、竜也叔父さんを襲った通り魔からナイフを奪い、警察に通報したのは、悠太だったのだ。

 ホストクラブへ出勤途中、自分の危険も顧みずナイフを奪うという行為は、相当勇気のいることだ。

 なんてったって、ホストは顔が売り物なんだものね。

 おかげで悠太は遅刻し、店長には叱られたが、警察からは表彰された。

 これで、店の株もいや、ホストクラブ全体の株も上がったと、店全員で悠太を祝福したらしい。


 竜也叔父さんの嘆願書の甲斐もあり、通り魔麻薬少年は少しだけ罪が軽くなった。

 警察は、父親が自殺したということと、未成年であるということで、情状酌量したのかもしれない。

 これからは、医療少年院に入院する予定だという。


 しかし、これからこういった薬物中毒者が増加していく一方かもしれない。

 薬物の被害者であったはずの人間が、今度は薬物欲しさに他者を傷つける加害者へと変貌していく。

 警察から通り魔少年の写真を見せられたが、平凡は容姿で私立進学高校を中退し、趣味はゲームとサッカー鑑賞だという。

 どこにでも存在しそうな、集団のなかでは確実に埋もれてしまいそうな十羽ひとからげのような平凡な十七歳の少年。

 もしかして、私も一歩間違えれば、ほんの紙一重の差で、薬物中毒者になってたかもしれないのだ。

 聖香は一寸先は闇ということばが、つくづく身に染みた。


 聖香は、ちょっぴりハッピー気分だった。

 絶対に、不可能だと思ってたことが実現したかのような、たとえば自分が取り返しのない失敗をし、あきらめていたはずの絶望状態のものが、再生し蘇ったような喜ばしい気分だ。

 聖香は、更生を後世に伝える必要があると思った。


 半年後、聖香と竜也叔父さんと悠太は、沙希の墓前に花を供えていた。

 仏花ではなく、沙希の好きだったチューリップとかすみ草だ。

 墓花にしてはちょっぴり派手だが、沙希の好みに応えたかった。

 沙希は今頃、天国にいるだろう。

 十四歳という純粋無垢が許される年齢のまま、死んでいったのだから、人を笑わせるのが好きな沙希は、あの雲の上でお笑いライブをしているにちがいない。


 聖香は生き方を変えようと決心した。

 自分のメリットや楽しみだけではなくて、人を許せることのできる大きな人間になりたい。

 人を許すのは難しいが、人を許せないでいると、しまいには自分自身を許せなくなり 自己中心が広がり、ますます周りの人とうまくいかなくなり、自己嫌悪に陥る一方で最終的には、犯罪を犯しかねない。まさに悪魔の思うツボである。

 人を許すことこそが沙希が与えてくれた、最大の教訓だと聖香は確信していた。


 END(完結)


 


 


 

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