第8話 聖香は家事をこなし、更に元アウトローと交流する

 結局、聖香は実家に戻ることになった。

 聖香の母親は、聖香が家事が格段にうまくなったことに、感心していた。

 特に料理は、お店の味とそう変わりはない。

 洗濯も、重曹と漂白剤と酢を混ぜ合わせて汚れと臭いをとったりする方法で、下着など真っ白で匂いもついていない。

 掃除も、油汚れやシミ取りまでする。

「これだったら、どこへ嫁にだしても恥ずかしくないね。介護士になっても、重宝されるよ」

 幸か不幸か、これからは家事は聖香の分担である。

 まあ、いいか。いずれは一人でしなくてはならないときが訪れるんだから。

 介護職員主任者認定の勉強をしながら、聖香は料理のレパートリーを増やしていった。


 沙希を殺した犯人は、まだ捕まっていない。

 第二の犯行に及ぶ恐れがある。

 それまでには、なんとか食い止めるのが、警察の生活安全課の使命であると力説していた。

 犯人の特徴は、ナイフで一突きすることだ。 

 変質者や強盗ではない、ということは、比較的若い人ー三十歳くらいまでの男の犯行かと推察できる。

 しかし、今の世の中、想定外のことばかり。

 いい家庭に生まれ育った子が殺人を犯したり、私立女子中学生が父親を殺したりする。かと思えば、アウトローから回心して牧師になったという人もいる。

 わからない。

 沙希がなぜ殺されたのか、いや、なぜ夜中に繁華街へ行ったのか、ひょっとして、出会い系サイトでもやってたのだろうか?

 でも、沙希はスマホを持っていなかった筈。

 クラスメートに誘われたということも、考えにくい。

 なぜなら、沙希はいつも一人で行動していた人だったからだ。

 ひょっとして、悠太に会いに行ったのだろうか?

 でも、未成年は入店禁止だから無理だということはわかる筈。

 沙希の父親も、聖香と同じことを考えていたらしい。

 ティーン雑誌などを読んで、中学生のことを勉強している。

 しかし、ああいう雑誌というのは、売上不調のせいか、面白おかしく大げさに書いてあることが多い。 

 それとも、沙希の運命は十四歳で幕を閉じる予定だったのか、神のみぞ知る運命だったかもしれない。


 聖香は、沙希の父親竜也に、週一度はおかずを持参していった。

 一人娘が亡くなって意気消沈しているうえに、身体まで壊しては大変だという配慮からだった。

 厚焼き卵、肉じゃがもどきのツナじゃが、パプリカとキノコ類のチーズ焼きなど、薄味のものをつくっていった。

 竜也は沙希を亡くして以来、一人手酌をしながら焼酎をあおるように飲んでいる。

 見るに見かねて、聖香が言った。

「ダメだよ。おじさん、飲みすぎちゃ。アルコール依存症にでもなったら、天国の沙希ちゃん、浮かばれないよ」

 すっかり酔っ払い、赤ら顔の竜也が呂律の回らない口調で言った。

「俺が今飲んでいるのは、沙希のためじゃない。俺自身の過去を葬るためだ」

 なあに、それ、おじさんに封印された過去でもあるのかな?

「実は俺、二十年前までアウトローだったんだ」

 えっ信じられない。たいていそういう人って、小指が一本なかったり、大きな刺青があるものだけどそれも見当たらないし、冗談でしょ?!

「アウトローっていっても、俺は三年で破門されたけどな。役に立たないって。

 ちょうどその頃、暴対法が適応された頃だから、指詰めなどけじめなしで辞められたんだ。俺は女のヒモ専門で、風俗とかで働く女性から、金をむしり取っては、上納金として組に納めてたんだ。しかしその女が警察に通報して、その風俗店が取り締まられて以来、俺は組の名前を汚すバカ者ということで、破門されたんだ。まあ、とかげのしっぽ切りの用済みだということさ」

 聖香は思わず答えた。

「そういえば、元アウトローから僧侶に転身して男性が言ってたわ。今のアウトローはもう人間として生きていけない。住居も車も借りることも、貸すこともできない。銀行口座もつくれない。堅気の店でもアウトローと関わり合いがあると言ったその時点で営業停止。また、酒屋でアウトローの襲名披露の為に酒を買いたいと言っただけで恐喝容疑がかけられる。水戸黄門の代紋の如くの代紋の効力なんて、とうになくなってしまったというわね」

 竜也おじさんは、ため息をついたが、アウトロー独特の匂いはみじんも感じられなく、地味で平凡なおじさんでしかない。

「俺、思うんだ。今まで金にしてきた女性の恨みが、沙希に乗り移ったんじゃないかなって」

「おじさん、それは違うな。聖書には悪者でもそれを悔い改め、新約聖書のエゼキエル書18章に、悪者でもそれを悔い改め、神に立ち返って正しい生活をするなら、過去の罪は許されると書いてあるよ」

「聖香ちゃん、神様は一度信じた人を分け隔てなく、お見捨てにはならない。

 たとえば人間の方から見捨てても、神の方からお見捨てになるこはない。あとは努力よ。まるで氷の山を素足で登るような努力が必要。少しでも気を緩めたらすぐ、転がり落ちてしまうよ」

 聖香はため息をついた。

「私には真似できないかもしれない。でも、これからは、自分よりも、神と人のために生きていったらいいじゃない。私はそんな生き方をしたいな」

 竜也おじさんは、大きくうなづき深呼吸した。


「聖香ちゃん、俺、通り魔殺人のおとりになることに決めた。これからは、俺の行動に干渉しないでほしい」

 聖香はぎょっとしたような顔で答えた。

「えっ、大丈夫なの? 相手はナイフもってるのよ。刺されたら元も子もないじゃない。かといってナイフで仕返しをすると、相手に傷害を負わせなくても、銃刀法違反ということになりかねないよ」

「最初から、その覚悟はできてるよ」

「随分な度胸ね。まあ、竜也おじさんは、言いだしたらきかない人だからね。

 でも、もしものことがあっても、責任は持てないわよ」

 竜也は、覚悟を決めたような深刻な顔をした。

 

 聖香は、竜也おじさんが自らおとりになると言いだしてから一週間、このことを

竜也叔父さんの妹にあたる母に告白してもいいんだろうかと、迷いあぐねていた。

 母に言ったら、たぶん止めるだろう。でも母も、竜也叔父さんの言いだしたら聞かない性格を把握しているから、もう黙認するしかないんじゃないかな。

 しかし、もし竜也おじさんが通り魔に殺されたら、私の責任になるかな。そう思えば母に通告した方が私自身の身のためだし。

 そんなことを思いながら、聖香は竜也叔父さんの好物だった鳥のすき焼きをつくっていた。

 竜也叔父さんの健康を考えて、醤油を控えめにし、かわりにカツオや昆布出汁をきかせたつもりだった。


 その日の夕方、ニュースを見て驚いた。

 なんと竜也叔父さんが、通り魔に刺されたのだ。

 それを助け出したのが、なんと悠太だったのだ。

 竜也叔父さんは、背中を切られたが幸い軽傷だったらしい。

 犯人からナイフを取り上げ、警察に通告したのが悠太だった。

 さっそく、犯人は逮捕された。

 やはり、沙希を殺した犯人で薬物中毒者の十七歳の少年。十七歳というと、聖香と同い年だ。

 なんでもその少年は、東北出身で、父親が都会でだまされて一文無しになり自殺した。

 そこで、復讐のために繁華街で派手な紫色のブランド物を身に着けていた、いかにも都会人といった風体の人を刺したという。


 初めて刺した相手は沙希だったが、しかしさすがに死ぬとは思っていなかったので、その場で逃げ出し、ドヤ街でホームレス生活を送っていたが、薬物が辞められず、再び沙希を刺した場所で、今度は竜也叔父さんをを刺したのだという。

 なぜ、竜也叔父さんを選んだかというと、沙希と同じ紫色のシャツに金色のペンダントをしていたので、同人種だと思ったなどという、わけのわからない供述をしていた。やはり麻薬で脳がイカレてたのだろうか?


 聖香は、警察から二度目の供述を受けることになった。

 生活安全課の刑事さんも、あまりの偶然に驚いていたので、正直に竜也叔父さんが、一人娘沙希のおとりになろうとしていることを話した。

 刑事さんも、沙希と竜也おじさんの服装が似ていたので、予想通りだったという。


 刑事さんから、意外なことを聞かされた。

 なんと竜也叔父さんは、犯人の十七歳の薬物少年を死刑にしないでほしいという、嘆願書を提出したという。

 どうして? 聖香には不思議としか思えない。

 



 

 

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