第7話 ホストとコリアン文化

 聖香は、怪訝そうな顔をした。

「でも、十代の女の子がそんな大金を持っているのかしら。それ自体が疑問だわ」

「金に目がくらむとロクなことはないよ。だいたい俺たちホストは、客と喧嘩になった場合、ホストの方が負けなんだから」

「そういえば、水商売にセクハラは存在しないわね」

 いくら偏見だといっても、隠してたものや、おおいをかけられたもので、あらわにされないものはない。

 だから、正直に素を見せるしかない。地を見せないから、不自然になり余計に誤解されるんだ。そしてその誤解が、世間に広まっていく一方なんだ。

「話しは元に戻るけど、一度だけ沙希に会ってあげて。私が立ち会うから、沙希にもいろんな人の匂いをかいで、世間勉強させたいのよ」

 悠太が怪訝そうに聞いた。

「なに、その匂いを嗅ぐってどういう意味?」

「いろんな人間の雰囲気を観察することよ。人ってどうしてもうわべや肩書きだけで決めてしまうでしょう。そうじゃなくて、いろんな人と接することで、その人の日常生活とかを感じ取るの。

 ちなみに人の本性は背中に出るっていうわ。正面からでは化粧や愛想でごまかせても、後ろ姿はごまかせないわ」

「なるほど。そうしたら偏見も失くしていけるかもしれないな。決めた。俺、沙希ちゃんに会うよ」

「そうこなくっちゃね」

 聖香は内心、ほっとした。

 偏見に縛られてたら、身動きできないし、真実を覆い隠すことになる。


 沙希に話したら、うきうきしたような表情になった。

 これでクラスメートに自慢できる、私の初デートよ。

 聖香は悠太がホストであることを、沙希に話すべきだろうか悩んだ。

 まあ、水商売だったらホストでなくても、バーテンといっておけば問題ないだろう。

 沙希は、何を着ていこうかと迷っている。

 そしてアイドルの歌を、フリをつけて口ずさんでいる。急に顔が華やかになってきた。

 沙希の夢は、一度だけテレビに出演することだという、誰でも一度は抱く平凡な夢である。

 でも、素人参加番組でもテレビ出演ともなると難しい。


 聖香は、帰宅するといつもテレビのスイッチをつけた。

 普段はテレビというと、報道番組しか見ないが、久しぶりにドキュメンタリーを見ることにした。

 ‘ホスト軍団深夜の饗宴’というタイトルに魅かれたのだ。

 もちろん聖香はホストクラブへ行ったことなどないけれど、華やかなシャンデリア、ブルーの照明、売上順の写真パネルを見ていると、日常とはかけ離れた異次元空間である。

 女性客は、太ももがあらわなミニスカート、胸の半分あいたタンクトップの上に肌が透けてみえるシースルーのブラウスを身につけている。

 水商売の客が大半を占めるというが、なかには地味なOLもいる。

 六十五歳の初老の女性も来店するようだ。いっときの夢を求めてくるのだろう。


 なんと、パネルの№3に悠太の名が出ており、顔写真も掲載されている。

 聖香が普段学校で見るのと、ちょっぴり違う派手目の顔写真だ。

 テレビのインタビュアーが悠太にマイクを向けた。

「この仕事、初めてどれくらいたちますか?」

 やや、はにかみながら答えた。

「二か月目です」

 インタビュアーが驚いた発言した。

「すごい。二か月目で№3とは。これからが期待の新人ですね」

 悠太は一呼吸おいて答えた。

「この場を借りて公表しますが、実は僕、在日韓国人なんですよ。

 だから、負けず嫌いなんですね」

 インタビュアーが納得したように、マイクを向けた。

「そういえば、韓国人は儒教の影響で礼儀正しい人が多いといいますね」

「僕は儒教じゃないですが、日本人に対して礼儀正しくするように、心がけていますよ」

 悠太の答えが終わらないうちに、シャンパンコールが始まった。

 悠太が瓶ごと、シャンパンを飲み干している。

 その周りに、ホストが取り囲んではやし立てている。

 聖香は、ホストって無理やりにでも酒を飲まされるんだな。よほど、酒に強くないと務まらないと思った。


 そのときだ。沙希が背後から声をかけた。

「今の人、悠太さんじゃない」

 やばい。沙希も偶然、この番組を見ていたのだ。

「そうよ。よく顔を覚えてたわね」

 もう悠太がホストであるという事実を隠す必要はないのだ。

「以外だな。ホストが人助けをするなんてさ」

「それどういう意味?」

 聖香は少しむっとした。

「ホストってもっと、ちゃらちゃらして事故のシーンを見たら、逃げ出すなんて思ってた。でも、意外と正義の味方なんだね」

 聖香は同意した。

「そうだよ。職業による偏見もいいとこだよ。でもホストの世界は難しくて、一年以内に99%の人が辞めていくけどね」

 沙希は言った。

「じゃあ、こういう世界の人と会おうと思えば、キャバクラ嬢顔負けみたいな恰好をしていった方がいいかな?」

 聖香は笑いながら言った。

「笑っちゃうわ。そんなに気を使わなくてもいいのよ。まあ、制服姿だと誤解されるから、今の服装で充分よ」

 沙希が、思いついたように言った。

「日本のことわざに李下に冠を正さずっていうのがあるでしょう。

 梨の木の下で冠をさわっていたら、いかにもその梨を盗んでるみたいだって。実はね、韓国にも、それと似たことわざがあるのよ」

 聖香は意外だった。

「いちご畑で靴ひもを結ぶなっていうことわざがあるの。

 ほら、いちご畑で靴ひもを結ぶためにしゃがんでいたら、いかにも苺を盗んでいるように見えるでしょう」

 なるほど、しかし沙希って物知りだな。

「じゃあ、悠太君と会うのは、来週の日曜日の夕方だってことでいいかな」

「はあーい」

 沙希は、元気よく返事をした。

 しかし、それが沙希を見た最後になるとは、予感もつかないことだった。


 なんと、早朝五時、沙希の遺体が発見されたというのだ。

 場所は、繁華街の路地裏。

 なんでも沙希の下着には血がついていた。ひょっとしてレイプされかかったのではないだろうか。通り魔の犯行だという線が強い。

 沙希の父親と聖香は、警察で事情徴収を受けることになった。

 しかし、沙希は誰にも言わずに内緒で小さなバッグを持ったまま、家を飛び出したのだ。

 何が目的なの?

 今まで、夜遊びなどする子じゃなかったのに。

 ひょっとして悠太に会いにいったのかな。でも、未成年は出入りできないということは知っているはず。

 それとも、魔がさしたのかな。

 繁華街という、非日常の世界に未知へのあこがれでも感じたのかな。

 沙希の心理状態は、誰にもわからない。

 それにこの頃、通り魔どころか、テロまがいも珍しくなくなっている。

 いや、それどころか毎日のように、犯人や地域は違っても繰り返されているじゃないか。

 ただひとつ永遠に変わらない事実は、沙希はもうこの世からいないということだ。

 警察の事情聴取が終わったあと、さすがに沙希の父親はがっくりとしていた。

 聖香は、慰めの言葉が見当たらなかった。

「聖香ちゃんは沙希に、精一杯のことをしてくれた。沙希も聖香ちゃんがきてくれてから、いい話相手ができたと喜んでたよ」

 聖香は言った。

「沙希ちゃんは、ちょっぴり大人の憧れて背伸びしてたのよ」

 沙希の父親は重い口を開いた。

「沙希はね、いわゆる学校のクラスではうまくいってなかったんだ

 決して悪い子じゃないが、ひどい人見知りで、その頃流行っていた集団活動やグループ学習がうまくいってなかったんだ。いわゆる厄介払いをくらってたんだ。

 でも沙希は気の強い子だから、口には出さなかったけどね、本人はクラス以外の別の世界を求めてたんだな」

 聖香は、沙希の気持ちがわかるような気がした。

 要するにいじめか。

 いじめは繰り返される。いじめられた張本人が、今度は別の子をターゲットにすることもある。

 沙希もその渦中に巻き込まれてしまったのだ。

 しかし、いじめた相手は卒業するとケロリと忘れ、あれはひとつのゲームだったような顔をしている。

「今更、そのいじめもどきをほじくり返したって沙希は戻ってこない。

 ただ、私たちが沙希の分まで精一杯生きることが、沙希の最大の冥福を祈ることになるのだ」

 聖香も沙希のエネルギーをもらったような気がした


 



 

 

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