竜胆の月灯り

野田 琳仁

竜胆の月灯り

 やはり夜の山頂は寒い。元々気温が低いのにも関わらず、山の風は私から体温を奪っていく。既に手指の感覚は無い。

 私は山の上で何かをするわけでもなく、ただ、その上に浮かぶ満月を見て黄昏ていた。何故私はこんな夜更けに山の上にいるのか。それは正直私にも分からない。ただ、気分。きっとそれだ。


 そして、私の目はいつの間にか涙を流していた。きっと、寒すぎるのだ。特別な理由なんてきっと無い。

 

 山頂からはその街の温泉街や、湖、それを取り囲む山までもが一望できた。ふと、満月の輝く空を見上げる。私は空が好きだ。何故好きかなんて、今は思い出したくは無い……


 ——やっぱり、空が近いな。

 

 今日の天気は雲ひとつ無い快晴。よく、映画やドラマで悲しいシーンに雨が降る描写がよく見られるが、それは私は逆だと思う。少なくとも私の周りでは、幸せな時には雨が降り、不幸な時には晴れている。こんな心境の時でさえも、心の雲は実際の空には掛からない。理不尽だ。いや、そんな意味不明なことをあの空に投げかける私の方が理不尽であり、馬鹿馬鹿しいのだろう。ただ冬の夜の山に座って、そんな馬鹿げた事を考えながらも、ずっと涙は止まらない。ただこの場所に居るだけで、私は止まらず涙を流した。

 ここから見える景色の全てはあの時の情景を思い出させる。私はこの極寒の中、感覚の無い左手の手袋を外した。そんな手を、あの大きな満月にかざす。薬指には満月の大きな光を受け、小さく輝く三日月型の光があった。指輪だった。

 なんだろう……やっぱり、寒いからだ。大粒の涙が溢れてくる。

 

 ——いや、やっぱり……いつまでも大好きなんだなぁ…………

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