Episode14 京介─Saver─


 誰かが自分を読んでいる、顔もぼやけているが男性と女性であることは分かる。

 一体それが誰なのか、分からない。

 すると、今度は次々と色々な人が声をかけてくる。

 今度は全員誰かはわかる、施設の仲間やおばさん、自分と同い年くらいの子たち、そして最後に浮かんだのはサングラスをかけた女性。

──アン……──

 曖昧な世界で呟いた言葉は、誰にも聞こえることはない。



 真夜中の山の小屋、森林に隠れるように建てられているプレハブの小屋で、豆電球の小さな光に導かれて沙織はゆっくりと目を覚ました。


「ここ……は?」


 起き上がって見渡すと見たこともない小屋の部屋の中。

 なにがなんだか分からなかったが、起きたばかりでも急いで脳をフル回転させて何があったかを思い出す。

──山を歩いていて……そうだ、途中で!──

 途中で痛みのあまり気を失ったことを思い出した、そしてサングラスの女性との合流場所まで向かう途中だったことも。

 立ち上がろうと思って全身に力を込めたその時、腰の傷口部分に痛みを感じた。


「いっっ!!」


 思わず口から出てしまった、寝起きで少し油断したのだろう、痛みを口に出すのは久しぶりだった。

 そっと手で腰の傷口部分を押さえると、包帯が巻いてあり、医療行為が行われた形跡がある。

 どうやら血も止まっている。

──誰が……──

 そう思った時、小屋の入口付近から声が聞こえた。


「気がついたのか?」 


 いきなり聞こえた男性の声、姿がその場では見えなかったこともあり、急いで体に力が入れて警戒体勢に入ろうとした。

 まだ痛みが残っているが、警戒心が最大限に働き、痛みを制する。

 沙織が警戒していると入口付近から沙織のいる方に足音が近づき、その姿を見せた。


「まだ体を動かしてはいけない、傷口が開いてしまう」 


 沙織の目の前にいるのはレザージャケットを着た男性、それも以前エゼキールとの戦いの際、黒日誓奈におぶってもらいながら進んだ森の中で見た男だった。

 沙織は防衛のため、自分の懐になにか武器はないかと探ってみたが、何も入っていなかった。


「変な道具は全てこっちのテーブルに置いている……俺は姫咲京介、信じてもらえないかもしれないだろうが、別に怪しい者じゃない」


 姫咲と名乗る男は構えるわけでもなく、自然体かつ冷静に話し出した。


「君が普通ではないと思ってはいる……が、別に詮索をする気は無い、今は落ち着いて横になった方がいい」


 あまりに冷静かつ大人な対応の姫咲、だが沙織は警戒心は一切捨てない。


「男は……信用できない」


 沙織の呟いた言葉は恐ろしく冷たく、強い言葉だった。

 姫咲はその様子を見て、黙ったまま眉を寄せ、何かを思うような素振り見せる。

 その一瞬の隙を沙織は見逃さず、姫咲に向かって凄まじい速度で飛び出して間合いを詰めた。

 そして姫咲の腹部、水月のあたりを狙って拳を打ち込もうとする。

 拳が当たる寸前、姫咲は沙織の手首を掴んで攻撃を防ぐ。


「やめるんだ、今の君は!」

「うるさいっ!!」


 沙織は珍しく声を荒げると、もう片方の腕で姫咲の顔面を殴ろうとした。

 だが、これも姫咲のもう片方の掌で受け止められ、両手を掴まれてしまう。

 急いで沙織は体を動かし、遠心力を利用して蹴りを浴びせようとした。

 しかし蹴りを浴びせる直前に体をひねらせようとした時、今まで抑えてきた痛みがピークになる。


「くっ!!」


 痛みから蹴りまでのフォームがずれ、力があまり入らなくなってしまい、威力とスピードが落ちたために姫咲に簡単に避けられてしまった。

 その際に姫咲は、掴んでいた沙織の両手を離してしまい、支持部が無くなった沙織は勢いのままに後ろにさがりながら飛ばされた。

 傷口の痛みとフォームのずれのよって着地の受け身をとるのが難しい状態となり、飛ばされた方はガラスの破片と砕けた石がある場所だった。

──まずい──

 せめて腕を出して最悪の体勢での着地を回避しようとしてみる。

 だが沙織が腕を出そうとした時、腰から全身に痛みが急激に拡散し、腕を出せぬまま地面に落ちていく。

 しかし落ちる寸前で、姫咲が瞬間移動並の高速で沙織の方まで近づいて肩を抱き、沙織の身を庇った。

 姫咲のおかげで多少の衝撃だけの僅かなダメージで済んだ沙織は、驚きながら姫咲の方を見る。

──どう……して?──

 先ほどまで自分はこの男を殺すつもりだった、そのつもりで傷の痛みに耐えながら、戦闘を挑んだ。

 だがこの男は、そんな自分をなんの躊躇いもなく、庇っている。

 そしてもう1つ、今まで自分が知らない不思議な感覚に陥っている。

──この動悸は一体……──


「大丈夫か?」


 姫咲に言われ、沙織は我に返る。


「──離せっ」


 沙織の両肩を持つ姫咲を振り払おうとしたとき、全身に痛みが響くように伝わる。

──痛っ──

 動かそうとした体の力が一瞬で抜ける、すると倒れこまないように姫咲が支えた。


は毒を持つ昆虫の要素を取り込んでいた、君の傷口に僅かに入っていたのをできるだけ浄化しておいた……だが、しばらくは思い通りには動けないだろう」


 姫咲の言葉を聞いて、沙織はがワスプルスのことだと理解した、同時に疑問も湧く。

──どうして、知って……──

 しかし、それよりも体にあまり力が入らず、男の言葉が正しいのかもしれないと思った。


「今は休め、君にまだがあるのなら……」


 そう言われ、沙織は頭の中でサングラスの女性を思い浮かべる。

──やるべき……こと?──

 この姫咲という男を信用はできないはず、なのになぜか理由のない温もりのようなものを感じる。

 知っているようで初体験なこの感情に戸惑うが、委ねてもいいのでは、という思いが10%くらい生まれていた。

 姫咲は力のあまり入っていない沙織をお姫様抱っこの要領で、先程まで眠っていた場所まで運んでいってやり、ゆっくりと寝かせる。

 ペットボトルのミネラルウォーターを沙織の頭元に置くと、少し離れたイスに前かがみで座って手を合わせていた。

 不安な顔で寝ている沙織が姫咲の方を見る。


「何も入ってはいない、喉が渇いたら飲むといい……それくらいしかなかったから」


 男は少しだけ微笑みながら沙織に向かって話しかける。

 きっと自分の警戒心を解くためだろうと思った。


「どうして私を……助けるの?」


 沙織にとって単純な疑問、普通知らない人間を知らない人間が、ここまで面倒を見るのはありえないという考えが根底にあるからこそだった。 


「──少女」


 姫咲は座っている姿勢を変えずに話し出す。


「ワスプルスが潜伏していた場所に少女がいた、そして君はその子を助けていた……だからだ」

「どうして……それを?」


 沙織は先程の姫咲の言葉も同時に思い出した。

 それは沙織の傷についての知識、そして今言っていた自分が守った少女のこと、それを知っているのはなぜかということ。


「もう少し俺が早く駆けつけていれば、君が傷を負う前に助けられた……遅くなって申し訳なかったと思う、だがヤツはしっかり仕留めたから安心してくれ」


──助けた?仕留めた?──

 沙織は頭の中で整理する、自分が戦闘をしていた時に介入してきたのはあの人型だった。

 そこで沙織は1つの結論を出す。


「まさか、人型あれが……あなた?」


 沙織としては尋ねるように話したのだが、男から返事は帰ってこない。

──正体が……人間??──

 沙織は動揺でそれ以降喋れなかった。

 すると、その空気を壊すように姫咲が話し始める。


「キミといい、あの組織といい……こんなにも若い人達がまでも戦っているのは正直驚いた」


 それを聞いて、沙織もようやく喋り出すことができた。


「あなたは……一体、何…者??」

「──俺は、俺は……ただ、自分のなすべきことをなすため、こうして戦っている」


 姫咲は自分で言いながら、頭の中である光景が目に浮かぶ。

 血まみれの男が自分の名を叫ぶシーン、しゃがみながら震える女性が自分を叫ぶシーン、そして村の人々が自分に助けを求めるシーンたち、全てが鮮明に思い浮かぶ。

 そんな姫咲の様子を見て、沙織はこの男が胸に秘めているものがとても重く、深いものだと感じざるをえなかった。


「君はなぜ戦っている?いや、詮索になってしまうな…」


 男は質問をした直後に取り消したが、沙織は心の中で答えを持っている。

──アンのため、そして……──

 施設で遊ぶ子どもたちの笑顔が一瞬浮かんだ。

 沙織は戦う理由はそうだとずっと思っている。

 すると姫咲は立ち上がり、小屋のドアの前まで進む。


「持ち物は全てそこのテーブルにある、痛みが引いたら行くといい、俺はここで失礼する」


 姫咲がそう言って小屋から出ようとした時、沙織は無意識に声を発していた。


「ま、待って!!」

「──なんだ?」

「私、白美沙織……その、今回はありがとう……ございました」


 なぜだろう、自分の正体など言ってはいけないとわかっているのに、この姫咲という男にはなぜか言ってもいいと思ってしまった、そして礼も言わなくてはと思った。

 沙織の言葉を聞いた姫咲は一瞬振り返り、軽く微笑んだ。


「ああ」


 その言葉を最後に姫咲は小屋を出ていった。

 姫咲が居なくなると、突如沙織は睡魔に襲われ、眠りについてしまった。



 エクソシストがワスプルスを撃破したあと、結局沙織を見つけられなかった誓奈は、撤退命令を聞きつけて本部まで撤退していた。

 そして別チームの事後調査中の間、誓奈はたまたま佐島とエレベーターで再会した。


「おや、奇遇ですね」


 佐島に話しかけられ、誓奈は敬礼を一応して応対する。


「聞きましたよ、兵藤君と会ったそうじゃないですか?」

「はい、少女を保護した時に」

「彼女もまだ甘いですから、少し不安でしたが……現在あなた方が助けた少女の身体検査中ですよ、これから私も向かうのですが、お暇であれば来ますか?」


 佐島の言葉で、見つからなかった沙織のことをずっと考えていた脳内にあの少女、そして兵藤とのやり取りが浮かぶ。

──特に命令もないし……行ってみるだけ──

 そんな軽い考えだった誓奈は佐島の提案を受け入れた。

 向かった場所ではまさに、あの猫を抱いていたあの少女が、眠っている状態で頭や体のあちこちに特殊な機械をつけられ、様々な検査を受けている部屋をカメラでモニターに映している部屋だ。


「生体に異常がないか、デーモンの細胞の破片を取り込んでいないか等多くの検査を行っているのですよ、あなたも受けたでしょうが、まあ眠っているので身に覚えはないと思いますが」


──あんたらが勝手にやったのに知るわけないじゃん──

 ちょっとイラついたが、なんとか押し殺す。


「終わったようですね」


 佐島が呟くと部白衣の男が入り、タブレットに載っているデータを見せながら説明をしている。


「はい、特に異常はありません、バイタルも安定していますし」

「そうですか……はどうでしたか?」

「検知されませんでした……」

「では、即刻記憶改変をお願いします!」

「かしこまりました」


 佐島が命令を出すと、白衣の男はそそくさと部屋を出ていった。

 だが、この会話を聞いて誓奈は驚いた。

 佐島がということを聞いて、すぐに記憶改変が決定したからだ。


「ま、待ってください、あの子も私と同じように記憶改変かどうか選ばれるのでは??」

「全員が全員というわけではありません、特別な者にだけですよ、だいたいあの少女はまだ幼すぎます」

「そんな……でもあの子はなんの選択権もないじゃないですか!!」

「選択権など元々存在はしませんでしたよ、あなたも同じでしたでしょう?」


 佐島に言われ、反論ができなかった。

 確かに自由な選択権はなかったが、記憶改変を受ける道と受けない道かは選べたはずなのだ。


「黒日隊員、あなたは特殊な人間だから私たちと対話ができただけです、そうでもない人間は検査が済めば誰でも問答無用で記憶を改変します」


 佐島の言葉は衝撃の事実だった。

 誓奈は誰もが自分のように対話によって選ぶことができると思っていた。

 しかしそれは実は特定の人間らしいというのだ。


「そんなの、自由と平等に反するんじゃないんですか?」

「自由、平等はより大きな社会の秩序という名のもとにおいては、その権限は意味を失う……あなたも高校生ならそれくらいのことは知っているはずですが?」


 誓奈はぐうの音もでない。

──そうだけど、そうだけどなんか違うじゃん!──

 その場で会話は終わり、誓奈は佐島と別れてオフィスルームに向かう。

 心の中でモヤモヤする気持ちがずっと残りながら。



 沙織が目を覚ますと夜は明けかけていた。

 急いで起き上がり、腰の傷を確かめるとどうやら痛みは引いていた。

──急がなきゃ──

 約束を思い出し、急いでテーブルの上の物を全て装備する。


「ホントに全部…置いてくれてた」


 姫咲の言葉に嘘はなかったと少し感心したが、今は約束の場所に向かうことを急ぎ、急いで端末で現在位置を確認する。


「──割と近い」


 僅かな時間だったが、この小屋になぜか名残惜しさを感してしまった沙織は、ペットボトルの水をひと口だけ飲んでテーブルに置き、急いで小屋から出ていった。

 しばらく歩いていると、いつもの黒いワンボックスカーがあり、車の外でサングラスの女が待っていた。


「随分と遅かったじゃないか?」

「ごめんな…さい、怪我しちゃって」

「あんたが助けたっていう少女をX.T.A.Dヤツらにリークしてから、あんたの位置情報まで消えたし、なんかあるだろうとは思ってたよ」


 サングラスの女はそう言いながら沙織の腰の方を見ると、眉が少し動いた。


「あんだけヘマすんなって言ったのに……ところでその傷、一体どうやって治療したんだ?救急道具なんて持っていなかっただろう?」


 鋭い質問に沙織は驚くが、平静を装う。


「途中にプレハブの小屋があって、そこで休憩を……ごめん」


 沙織の変な様子になにか引っかかった女は急いで車に乗るように言い、2人を乗せた車は猛スピードで山道を進んでいく。


「まさかまたあの人型が出るとはな……そういやあの人型のこと、X.T.A.Dヤツらはどうやらエクソシストって呼んでるらしい、何様だって話だがね」


 サングラスの女の言葉を聞いて沙織は姫咲のことを思い出した。

──彼が……エクソシスト──

 けれど口には出さなかった、いつもはなんでも話すのに、姫咲京介という男と会ったこと、その正体を決して言ってはいけない気がしたのだ。


「そう……なんだ」


 沙織は小さい声で呟くと後部座席で横になる。

 その様子をミラーで見ていたサングラスの女が運転している最中、助手席シートに放っていたスマホにメールの通知が入っている。

 送り主の登録名は『M.H』という人物からだった。

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閉ザサレタ世界のエクソシスト 朽琉 准 @kuryujun

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