Episode13 記憶改変─Executor─



 乖離空間への突入、チームミハイルは初めての任務を実行することになった。

 誓奈はエクソシストとワスプルスが消え、傷を負った沙織がいる場所をモニター越しに眺めている。

──沙織、ここにいたんだ──

 ズームされた映像でも沙織の腰に怪我を負っていることが確認できる。

 沙織の怪我も不安になる、だがそれと同じくらいエクソシストについて気になるのも事実だ。

 モニターを見ながら脳内で葛藤する。

──沙織を助けてあげたい──

──エクソシストとワスプルスを追いかけたい──

 頭の中で色々考えていると、隊長の堀江が隊員全員に決定された指示を告げだす。


「特殊フォーメーションβに移行、リミットアクセルモードに入って乖離空間への突入を行う、訓練通りに迅速且つ丁寧に行え!」


 特殊フォーメーションβは2台のジャスティラッシャーを縦列状態で連結させ、最大出力で空間の位相突入に必要なエネルギーを準備して突入するものらしい。

 隊長の気合いに入った言葉で誓奈も迷いを消す。

──今は任務中、早急に終わらせて沙織の元へ行こう!──

 自分はX.T.A.Dのグロウブリゲイド、チームミハイルの隊員なのだから、そう言い聞かせて私情をかき消した。


「ジャスティラッシャーの連結を確認、リミットアクセルモードへの突入開始!」


──きた!──

 副隊長の柊木の合図で高出力のエネルギーがジャスティラッシャーを覆い、同時にジャスティラッシャーも最大速度で前進する。

 シートに打ちつけられるような力によって痛みを感じたが、ミハイルのメンバー全員が歯を食いしばって耐えている。

 自分だけが弱音なんて言えない、誓奈も同じように歯を食いしばっていると、ジャスティラッシャーは眩しい光に包まれ、同時に強い揺れが起こる。

──痛い、辛い、気持ち悪い──

 全身の痛み、そして眩しさ、揺れによって脳内は限界だ。

 訓練ではフォーメーションの準備だけだった、こんなことだとは聞いていない、そう思いつつも気持ち悪さで何も言えない。

 ジャスティラッシャーを包んだ光はすぐに消え、揺れもなくなり、最大速度での進行もエネルギーを失っている状態だ。

──終わった?──

 まぶたを透けない明るさになり、恐る恐る車内を確認すると、他のメンバーもゆっくり目を開けていた。


「成功したのかこれは……みんな無事か?」


 隊長に言われ、全員が順番に声を出して消息を確認する。

 その後エネルギーがある程度充填されてから、周囲の様子をモニターに映す。


「こ、これは……!」


 真っ先にモニターを見た風見は、見たこともない驚きようだった。

 他の全員がその驚き方に異変を感じ、急いでモニターを見ると、その光景に度肝を抜かれる。


「荒野……だな」


 驚きながら真っ先に声を出したのは隊長だった。

 隊長の言う通り、ラッシャーの周囲は荒野、それも草一つ生えていない生命力が皆無な荒野だ。

 大地には所々ヒビがあり、空の色は紫色に薄い虹色のグラデーションが覆うようになっている。

 先程まで自分たちがいた場所とは全く異なるこの場所の異質さに、ミハイルのメンバーは変な緊張をしている。


「ん〜、どうやら乖離空間への突入には成功したようですけど」


 データを見ながら確認している雫が呟くと、少しだけ緊張の重りが取れた気がした。

──ここが乖離空間──

 誓奈は自分の超感覚がそうだと告げているのが分かった、雫の言葉によりその可能性が事実に変わったことになる。

 すると突然、映像の撮影範囲外で光を放ったなにかを見つける。


「今点滅した光源の方を映せ!」


 隊長の命令で小鳥遊がメインカメラからサイドのカメラに映像を切り替えると、この荒んだ大地の上でワスプルスとエクソシストが戦闘を行っていた。

 エクソシストはワスプルスの鎌を、光り輝く腕の手刀で切り離し、片腕を失ったワスプルスの腹部を蹴り飛ばしていたのだ。


「交戦場所までの距離はおよそ1.5kmか、まずは連絡を……」

「ダメです、通信機器が一切使用できません」

「くっ……ではスキャニングを行いつつ通信を試み続けてくれ、モニターで周囲とワスプルスたちへの警戒を怠るな!」


 隊長と風見の会話から、自分達は今、孤立状態にあることを察した誓奈は、モニターでワスプルスとエクソシストの戦いを注意深く見ていた。

──す……ごい!!──

 エクソシストはワスプルスと正面から渡り合っている。

 X.T.A.Dでさえ苦戦するコズミックデーモンを、たった1人で対峙しているその姿はあまりにも圧倒的だった。

 エクソシストはワスプルスの下半身から発射される棘の攻撃を両腕で弾き、さらに高速で間合いを詰めて飛び蹴りを浴びせている。


「尾部の針を銃弾のように発射できるのか、ワスプルスは……」


 一緒に見ていた隊長が映像を見て呟く。

 ワスプルスは蜂のような骨格を元にカマキリ、アリジゴクのような様々な昆虫の要素を持ったデーモンだとは誓奈も聞いていた。

 モニターで流れた映像のスロー再生を見ても、先程のワスプルスの攻撃は下半身の針を螺旋状に回転しながら放つ飛び道具のような攻撃だった。

 針が放たれた後、即座に新たな針が生えてきているのも確認できる。

──ワスプルスも凄いのに、エクソシストはあれと互角なんて──

 姫咲京介という男があのエクソシストなのは間違いない、だがあの見た目と攻撃を行う度に放たれる光から、とても同じ人間とは思えない。

 誓奈がそうこう考えていると、エクソシストの力強い攻撃にスタミナを失っているワスプルスの様子が映る。

 そしてその瞬間、まるでこの時を待っていたかのようにエクソシストはワスプルスを蹴り飛ばして胸に片手を当てた。

 エクソシストが胸に手を当て離すとその腕には、まるで胸から生えたような光の剣を取り出して携えている。

──なんだ、あれ?──

 誓奈がそう思った頃には既にエクソシストは抜刀の準備ような構えをとり、倒れているワスプルスに向かって、その場で光の剣を抜刀した。

 光の剣の刀身から光の斬撃がワスプルスの体に向かって一瞬で飛んでいき、炸裂する。

 斬撃が命中した数秒後、ワスプルスは苦しむように体を動かした後、体が光り輝きながら砂のように分解されて姿を消した。


「デーモンを撃破・消滅させたのか??」


 副隊長は驚きながら呟く。

 映像を見ていたミハイルのメンバーは全員驚きのあまり、その場で固まっていた。

 あの隊長でさえも驚きで開いた口が塞がらないようだ。

 エクソシストはワスプルスを消滅させた後、その場でこちらに背を向ける形で立っていると、上を見上げる。

 すると突然周囲が輝きだし、荒廃した乖離空間内に広がっていくと同時に、ラッシャーのアラートが鳴る。


「乖離空間が……安定維持状態ではなくなります!」

「なんだと!?」


 風見の言葉に隊長が返した直後、強力なフラッシュで目の前が真っ白になる。

 誓奈も眩しさに目を閉じると、数秒後にその光は一切なくなる。

──い、今のは?──

 そう思って目を開けると、目の前に広がるのは元々いた場所、乖離空間に突入する前にいた場所だった。


「乖離空間の消滅確認、現在位置は突入前と同じ座標のようです」


 周囲を確認してもエクソシストはおらず、反応は検知できない、通信機能も使えるようになっている。


「帰ってきた……」


 どこか安心した誓奈は呟き、少し体の力が抜ける。



「乖離空間で過ごした時間だけ、こちらでも同じ時間が経過しているようだな」


 隊長は時刻と乖離空間での時間差について冷静に分析していたが、誓奈はそれどころではない疲労を感じている。

──任務、終わったんだ──

 少し気が抜けかけた時、突如乖離空間突入前の光景を思い出した。

──あっ、沙織!!──

 チームミハイルは短時間の間に不思議な経験をした、だがそれよりも怪我をしていた沙織のことを思い出し、誓奈は再び気が引き締まった。



 山の中を進んでいく少女、白美沙織はたった1人で暗い夜の中を進んでいた。

 腰の傷口からの出血を手で押さえ、通常の歩行速度よりもゆっくりと山道を行く。

──あの女の子、大丈夫……かな?──

 痛みと苦しみで声に出ない気持ちが沙織の脳内で浮かぶ。

 ワスプルスがエクソシストとともに消え、その後ジャスティラッシャーも姿を消した後に、沙織は現場にいた少女としばらく一緒にいた。

 沙織は怯える少女、そして彼女が抱えていた猫をあやしながら、X.T.A.Dそしきが見つけられそうな安全な場所まで避難させ、サングラスの女との待ち合わせの場所まで向かっていた。


「また……怪我して…うっ!」


 前回に引き続き怪我をした、しくじったのと同義だ。

 鈍っているとは思わない、でもなぜか以前より明らかにデーモンも強くなっているとこの身をもって感じる。

 沙織はふと立ち止まって空を見上げる。


「綺麗……かな?」


 限りなく満月に近い月、雲も少なくはっきり見えるはずなのに、ぼやけて見える。


「ア…ン……」


 そう呟くと、急に全身の力が抜けたようにその場でうつ伏せに倒れ込む。

 朦朧とする意識の中、狭い視野で沙織が最後に見たのは、目の前の茂みから突如現れた人間の足だった。



「やっぱり……いない」 


 誓奈はラッシャーを降り、デーモンと沙織が戦っていた小屋の周囲を探索していた。

 デーモン波動は感じないが、細胞や肉片1つでも残すわけにはいかないため、後処理を行うX.T.A.Dの別部隊が来るまでミハイルのメンバーで周囲を探しているのだ。

──どこ行っちゃったんだろう、沙織──

 そう思って周囲を見てみると僅かだが地面に血が滲んだ痕が見える。

──沙織の傷のかも──

 僅かな血痕を辿れば、沙織を見つけられるかもしれない。

 だが、明らかに勝手な単独行動をするわけにもいかず、モヤモヤした気分で過ごしている。

 すると突然隊長から通信が入る。


「どうやら戦場にいたらしい少女が、ここから少し離れたところにいるそうだ、向かってくれないか?」


 突然の通信で少し驚いたが、沙織になにか繋がると思い、共に探索していた副隊長と風見とともに送られた座標の場所へ向かった。


 送られた座標の場所は既に避難したであろう市民の一般家屋だった。

 そしてその目の前にある小さな物置小屋の前に、小学生くらいの少女が猫を抱きながら待っていた。

 誓奈達が到着すると、副隊長がとても優しく少女に話しかけ、様々な情報を教えてもらった。

 学校帰りに寄り道したこと、居眠りをして目を冷めたらデーモンを見つけたこと、沙織と一緒にいたこと等、様々なことを知ることができた。

 風見と誓奈も少女が怖がらないように話をしていると、黒いワゴン車が1台やってきて、誓奈たちの前で停まった。


「来たか……」


 副隊長がどこか儚げな顔をしながら呟いたのを誓奈は見て、車に目をやる。


「あれは!」


 思い出した、あの夜のことを。

 誓奈が初めてコズミックデーモン、エゼキールと遭遇したあの夜、自分を乗せたあの車。

 車から出てきたのは兵藤香と数人のスーツを来た男性だった。


「ご苦労様です、後は我々が」


 兵藤が副隊長に敬礼をしながら話しかける。


「お願いします」


 副隊長はいつものしっかりとした表情で答えると、兵藤が少女に話しかけ、一緒に車に向かっていった。

 スーツの男たちは少女と共に車に乗り、兵藤だけが車から出てきて最後の挨拶をした。

 その一連の様子を誓奈は不快な気持ちで睨み続けている。

 それもそうだ、この兵藤は恐らく自分の時は優しそうなふりをして自分を気絶させた、騙したのだから。

 明らかに機嫌の悪い誓奈を見た兵藤は誓奈を見ながら敬礼をして少しだけ話しかけた。 


「あなたには申し訳ないことをしました……ですが、正しくないとは思っていません、これが我々の使命ですから」


 その言葉に驚いた、もっと女狐のような本性だと思っていたのに、真面目な女性だったということに。

 兵藤は誓奈の言葉を待つことなく、そのまま車に戻り、少女を乗せてどこかへ行ってしまった。


「副隊長、風見隊員、あの兵藤って人は一体……」


 誓奈が問いかけると、意外にも真っ先に副隊長が返答したのだ。


「あれはX.T.A.Dの記憶管理執行部隊、『エグゼキューター』だ……黒日隊員が受けたような、記憶改変処理専門のチームさ」


 それを聞いて誓奈は恐怖を思い出したような気がした。

 あの少女も小学生くらいで、自分と同じような目にあうのかと考えると可哀想な気持ちになる。


「自分もあれだけはいい気分にはならないよ、仕方なくても……」


 誓奈の肩に手を当てて風見が話しかける。

 この肩の重みが、とても重くてしっかりとしていることにとても救われているのように感じた。


「さあ、そろそろラッシャーに戻ろう、役目は終えた」


 副隊長に言われ、誓奈と風見は暗い夜の中を再び歩いていく。

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