一郎少年
卒業式の日の事だ。私は就職が決まっておりこの街から出られる事になった。山根美恵子は結局あの日から1度も学校には来ずに卒業することが決まった。
私は2人分の卒業証書を持って山根美恵子の家に向かった。何度も歩いたこの道も今日が最後だと思うと少し寂しい。ゴジラのような山根美恵子とはあれから1度も出会うことは無かった。
チャイムを鳴らすと何時もと変わらない山根美恵子が出迎えてくれた。それに従い家に入る。
先に卒業証書を山根美恵子に渡した。
「卒業おめでとう。」
と、心無い言葉も添えてみた。ひと目で愛想笑いだとわかる顔で山根美恵子はありがとうと言った。
それから何時もと同じように食事を作った。何時もと同じように2人で食べた。食器を洗って片付けても今日はまだ日は高く登ったままだ。
「この街から僕は出て行くよ。」
と、私は山根美恵子に告げた。数日後には会社と縁のある社宅みたいな年季の入ったアパートに引っ越す事になっている。
私も出ていくよ、と山根美恵子も言った。ここ1年1番彼女と関わっていたのは自分だろう。そして、その自分から言わせれば今度の彼女はちゃんとやれるだろう。きっと彼女は大丈夫だ。
「覚えていないとは思うけど、君の事が好きだったんだ。」
と、私は言った。あの状態の山根美恵子の意識が残っているのか確かめたかった。
わたしは好きになった、と彼女は言った。曖昧な答えだ。確認できない。
「最初は名前に惚れた。山根美恵子ってゴジラのヒロインの名前だから運命を感じたね。最初に見たゴジラ映画はゴジラVSデストロイアだったし。」
ゴジラVSデストロイアとは、初代ゴジラで使用されたオキシジェンデストロイヤーが物語の核となった映画だ。平成シリーズの最後の物語でもある。この映画に山根美恵子は登場する。名字も変わらず山根美恵子のままで。それが表す語られぬ物語こそ初代ゴジラとこの映画を繋ぐカギである。
そんな話を目の前の山根美恵子につらつらと語った。どうせ最後だからだと思ってゴジラについて語り尽くした。
気がつけば日は落ちていた。このまま返ってしまおうか、と思いだした。逃げるように立ち去ってしまおうかと。しかし、山根美恵子の真っ直ぐな目を見てしまいその考えを捨てた。
山根美恵子の手を引いて学校へと向かった。校門は閉まっている。しかし、3年通った勝手知ったる建物だ。たとえ門が閉まっていようとも侵入する事は簡単だ。
私達は初めて出会った教室へと入った。教卓の後ろに2人で立つ。月の光が照らす教室で私は山根美恵子を見つめて言った。
「あの日、君はここで大暴れしたんだ。覚えているかい?」
彼女は首を振った。嘘かもしれない。それでも信じる事にした。
「あの時、君はゴジラのように吠えた。その声を聞いて僕は君に惚れた。名前なんてどうでも良かった。あれは嘘だよ。あの声、あの姿の君に憧れてもう一度会いたくて君に構い続けた。」
それから腹の傷跡を彼女に見せた。あの日刺された傷跡は消えることなく一生残り続ける。
「これは君につけられた跡だよ。覚えているかい?」
僕はまた聞いた。今度も同じく彼女は首を振った。別に責めたいわけではなかった。あの山根美恵子が蘇るのではないかと期待しての行動だ。
山根美恵子は涙ぐんでいた。見たいのはそんな顔ではない。怒りを含み全てを憎んだような鋭い目。そして、破壊の限りを尽くす宣言のような叫び声だ。
沈黙は続く。山根美恵子は何も答えない。ならば思い出話でもしてみるか。私は彼女との思い出を語り始めた。
山の社へ行った事。夏祭りに出向いた事。実は彼女の保護者と連絡がついた事。それでもなお彼女をこの街へ引き止めていた事。そして、それが今日で終わること。
これらの事は山根美恵子も知っているだろう。私の拙い語りでは時間がかかり夜もだいぶ更けていた。
それでもまだ語り足りない。大事な事が語れていない。学校を出て街を歩く。深夜のこの時間に人はいなくなっていた。私達は駅へと向った。手は握らない。それでも2人の歩幅は何時もと変わらなかった。
駅へ着く。まだ開いていない駅前で2人っきりだ。山根美恵子と対峙した時と同じように感情に身を任せる。
「山根美恵子さん。あなたの事は好きだった。今日までずっと。」
伝えたい事はこれだけ。単純明快。答えは始めからわかっていた。1時間後には始発が出る。後は彼女の手をとって連れ去るだけだ。
手を握ろうとして振り払われた。
「 」
山根美恵子は何か言っている。朝日に照らされ微笑する彼女の顔が見えた。
「 」
山根美恵子がまた口を開いた。それを聞いて彼女を追い縋るのをやめた。
この日以降、山根美恵子と会うことは無かった。
ゴジラゴジラゴジラがやって来た あきかん @Gomibako
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