ガハラ

 私が住んでいる街は山に囲まれた盆地だった。太陽は山から顔を出して山へと沈む。山根美恵子とこの街を散策する事にした。

 先ずは服だ。制服があったはずだ。山根美恵子の部屋を掃除するついでに見つけたので、私も制服を着ることにした。

 最初に向かったのは山頂の社だ。街を見下ろせるその場所は観光名所でもある。

 私は山根美恵子の手を取り階段を登る。怪獣ならば数歩で登れるそれも人間の歩幅でははてしなく遠い。山から吹き下ろす風に逆らいながらゆっくりと上がっていった。

 階段を上がり終えて手摺に寄りかかり街を指差し説明した。あそこが学校。向こうが駅。線路が延びる先にはトンネルがあって、そこを抜けると別の世界が広がっている。別の街があって、知らない人がいて、見たこともない景色が広がっているはずだと僕は説明した。

 山根美恵子がその説明を理解したかはわからない。そもそも山根美恵子こそ外の世界からやって来たのだ。いまさら私に言われるまでもないだろう。それでも、へぇ~やそうなの?と相槌を打ってくる彼女の優しさに甘える事にした。

 それから街へ降りて、ファーストフードを食べたり本屋で立ち読みしたり同級生にからかわれたりしながら歩き続けた。

 日が山へと沈み始めた頃、山根美恵子を自宅へと送り届けた。今日もゴジラへと変わる気配は見られなかった。傍目には彼女は完全に正気を取り戻しているように見えた。もうあの咆哮を聞くことはできないのかもしれない。そう考えるとひどく寂しくて胸が締めつけられた。

 そこでスマホを取り出し電話を掛けた。職員室で山根美恵子の現状報告と連絡事項を担任教師へ告げた時に偶然目にしたものだ。


「わたしは……。」

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