ミニラ

 私は山根美恵子の家に通い詰めていた。親も教師も暗に辞めろ、と言ってきたが構うことはない。それよりも問題なのが刺された日以降、山根美恵子からゴジラの面影が消えてしまったことだ。

 私は渡しそこねていた進路希望書を山根美恵子に渡した。それから何度も対話を重ねた。会話は成立していたが、あのコントラバスの重低音のような叫び声は聞くことはなかった。

 温厚なゴジラもいる。例えば、ミニラがそれだ。初登場は『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』だ。この映画ではカマキラスにいじめられていたり、ヒロインのサエコの口笛に応えたり、戯けた姿をみせるなど怪獣というよりマスコットのような存在である。ミニラはこれ以降にも度々登場し、その愛らしい仕草を目にすることができる。

 また、平成シリーズのゴジラVSキングギドラにおいてはラゴス島にいた恐竜が核実験の影響で凶暴化したのがゴジラであるとされた。この恐竜は米国軍を退け、結果的に日本陸軍を助けた過去を持つ。

 ゴジラと言えども初めから凶暴であるとも限らないし、常に暴力を振るうわけでもない。しかし、日々接する山根美恵子の覇気のなさはミニラと呼ぶに相応しい姿であった。

 山根美恵子は漢字すら禄に書けなかった。拙いながらも平仮名の読み書きができる程度の学力しか備えていなかった。小学校に通った事すらあるのだろうかと疑問に思うほどだ。

 そこで私は小学生向けの学習教材を買い込み山根美恵子に教える事とした。まるで私が『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』のゴジラの様になってしまったわけだ。ゴジラに会いたいが為に通い詰めている自分がゴジラになってしまうとは何とも皮肉が聞いている。ミイラ取りがミイラになるとでも言うのだろうか。

 空きを見つけては山根美恵子の家を探索してみたが、結果から言えば酷い惨状であった。山根美恵子の部屋とダイニング以外は尽く破壊されていた。生活するための最低限の場所だけは無事なのが、理性は残っている証拠か。それとも破壊された都度直しているのだろうか。誰が?この家には山根美恵子以外の生物は確認できない。親はいない。連絡先すら見当たらなかった。

 山根美恵子の親もしくは保護者が彼女を隔離するために用意したのがこの家なのだろう。牢獄と言っても過言ではない。つまり彼女は見捨てられたのだ。

 ゴジラを人間が育てるなど無理な話だ。同情に値する。それはともかく山根美恵子の生態や誕生の秘密などが記された資料は残っていないかと探し続けたが、結局この家には何もなかった。

 私は山根美恵子の為に電子コンロで肉を焼きご飯を盛った。彼女がどのように生活していたのか全く検討もつかない。まともな食事すら取れていたとは思えない。

 冷蔵庫の中身は空であった。始めから何も入っていなかったのかもしれない。この家に通う事になってから、私は食料を買っては冷蔵庫へと入れた。しかし、それは私が使う分しか消費されない。

 食事を出せば山根美恵子は食べる。箸を独特な持ち方で掴み、なんとかご飯を口へと持っていく彼女を見る限り、人間らしい食事をしてこなかった事が伺えた。

 ゴジラの生態は謎に包まれている。放射能をエネルギーに変える事ができるというのが大方の見方だが、それも定かではない。時にマグロを食っていたゴジラもいたが、こいつは本邦の有識者の間ではゴジラとは認められなかった。

 山根美恵子の生態もまたわからない事だらけだ。もし正気を取り戻していたとするのならば、この家の現状は悲惨すぎる。来るたびに床に散乱した物を片付けては捨てていたが、吹き晒しのこの家では埃や砂は積もるばかりだ。夜も冷える。暖房などありもしない。使い古された布団に包まる事で凌ぐだけである。

 私の目的は山根美恵子の救済では無い。仮に彼女がこの家から出て行くべきだとしても私の預かり知らぬ問題だ。

 私はもう一度、あの山根美恵子と会いたいだけだ。今はただゴジラへと育ちきるのを待つのみである。

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