第2話 レオル村の人々
レオル村は、高原地帯の季節風気候の村だ。四方は青々とした山々に囲まれている。
以前は、薬効が高く、高値でとりひきされていた皮膚薬を栽培する薬草園で利益を得ていたが、その薬草園は原因不明の火事で焼失し、現在は主に羊ややぎの牧畜で生計を立てている。
とりあえず、薬の行商という身分で村に入れてもらっている身分であるから、まずは村の責任者に行商の許可を得なくてはならない。村に入れてもらえるだけでは、単なるお客さんになってしまう。
ロニを連れているおかげで、子供たちがわらわらと寄ってきてくれた。外見だけは可愛いものだから、ちやほやされてご満悦だ。
私とフィロもロニほどではないが、まあまあもてた。どうやら、マントや帽子が珍しいらしく、やたらとぺたぺたと触られる。私のカバンもやんちゃそうな男の子に引っ張られた。
「何だ、子供しかいないじゃん」
「子供じゃない。お姉さんは十八だよ」
「まじで? 俺らと同じくらいかと思った」
どう見ても、フィロより年下に見える子供から言われた。面白くない。フィロは子供に対しては、大人より人見知りはましになるが、大ぜいで来られるのが苦手だ。『俺に話しかけるな』という圧を放っているつもりなのは分かるが、子供たちにはちっとも効果を発揮せず、何人かの子供に取り囲まれて質問責めにされている。
「ねえ、薬売りって何? どこから来たの?」
「変な帽子だね。どこの国の?」
小さな男の子が私の腕を強引にぐいっとひっぱり、私は思わず前につんのめり、近くの木の枝に上着の袖がひっかかった。そのはずみで袖がめくり上がり、私の左腕が露わになった。
左腕全体に広がる、赤黒い醜い痣が村の人たちの目にさらされた。
場が凍りつくのを感じた。さっきまであんなに騒いでいた子供たちが、幕が目の前で下りたかのように静まり返ってしまった。慌てて、痣を隠したが、みんなが後ずさりしているのを感じる。
そんな中、中年男性が前にずいと出た。
「なんだ? その痣、気持ち悪いな。ずうずうしく商売なんてすんじゃねえよ」
「黙れ、はげじじい」
「何だと! クソガキ」
中年男性は激高し、フィロを殴りかかった。フィロは男性の腕をとり、そのまま男性の胸倉を掴んで持ちあげた。
「フィロ!」
「自分だって、見た目のこと言われたら怒るくせに」
フィロに持ち上げられた中年男性は苦し気にうめいている。
「ル―のこと、悪く言わないで」
「フィロ、放しなさい!」
私が大声をあげても、フィロは男性を下さない。村の人たちは、年端もいかない子供が自分よりも一回りも大きい体格の男性を軽々と持ち上げている光景を見て、唖然としている。先ほどまで子供達に囲まれておどおどしていたフィロはそこにはいなかった。
「フィロ、放せ!」
私はもう一度、とびきりの大声で怒鳴った。フィロははっとして、ようやく中年男性を下した。男性は化け物でも見るような目でフィロを見つめた。私は苦しげに息をしている男性に一歩近づくと、男性はひっと声をあげた。
「弟が申し訳ありません」
フィロが私を睨む。謝るな、と訴えていたが、私は無視して、頭を下げた。
「……何すんだ、クソガキどもが」
一人のおじいさんがすっと前に出て、じっと私たちを見つめた。
「確認させてほしいんだけど、あんたのその痣は伝染する痣かい?」
「いいえ、毒草の棘に刺された後遺症です」
「……騙してるのかもしれねえぞ」
フィロに掴まれた胸倉を撫でながら、中年男性が呟いた。
「この子らは嘘をつく子じゃないよ」
おじいさんの言葉に、男性はぐっと私とフィロをにらんで立ち去った。
「お姉さん、ごめんさない」
私の腕をひっぱった男の子が泣いていた。まだ、こんな小さな子供に恐ろしい光景を見せてしまった。
「大丈夫だよ」
私は男の子の頭の上に手を置いた。男の子はなかなか泣き止まない。怖い思いをさせてしまった。
この気まずい雰囲気はそう簡単に払しょくできそうにないな。さっきの騒動で当然ではあるけれど、村の人たちは、遠巻きに私たちを眺めている。やっぱり出て行ってほしいと言われても文句は言えない。
そんな気まずい雰囲気に包まれている私たちに、ロステムがそっと近づいて、耳打ちをしてきた。
「うちに来なよ」
「いいの?」
「いいに決まってるよ。命の恩人だし、母さんはお客さんが大好きだし」
フィロを見ると、もじもじと後ろに下がりながらも、指で諾、と返事を出している。あわよくば食事にありつきたいと考えているのが明白だ。ロステムの家にお邪魔することになった。
ロステムの家に向かう途中、ロステムと同じ年ごろの男の子が近づいてきた。むっつり顔で明らかに不機嫌そうだ。
「だから、言ったんじゃん。僕のせいにするなよな」
ロステムは男の子に頭を下げた。
「馬、貸してくれてありがとう」
男の子は返事を返すことなく、去って行ってしまった。
「友達?」
「幼なじみだよ。最近、会ってなかったけど。あいつ、馬が嫌いなんだ。親に練習させられるって愚痴ってたから、じゃあ、僕に貸してって頼んだんだ。自分の馬がいたらもっと、練習できるのにな」
「焦って、馬に乗るの、危ない」
フィロの言葉に、ロステムはバツの悪そうな表情を浮かべた。おや、珍しく自分から声をかけたぞ。そして、声を出した内容にも感心した。弟はぼうっとしているように見えて、こういうことは鋭いのだ。
「僕、生まれつき喘息気味で体が弱くて、みんなと同じ遊びとかできなくて……あいつ、馬が嫌いだからさ、『お前は馬に乗れなくても、責められないから羨ましい』って言ったんだ」
私はロステムの肩に手を置いた。
「うん、それは腹が立つね」
ロステムは顔をくしゃっとさせながらも、はっきりした口調でつづけた。
「怖かったけど、今日は失敗したけど、僕、やっぱり馬に乗りたいな」
「馬が好きなんだね」
「うん、世話するのも好きだけど、乗るのも好き。だから、できないって決めつけられるのは悔しい」
「君、馬に乗れる?」
フィロは戸惑いながらも、こくっと頷いた。
「ここにいる間、教えてくれない?」
フィロはぶんぶんと頭を振った。さっきは自分から言葉をかけて、少しは成長したと思ったら、これだ。
「ごめんね、この子、初めて会う人にはいつもこうなんだ。気にしないで」
「ううん、僕こそいきなりごめん」
ロステムは断られたにも関わらず、何だか嬉しそうだ。
「ねえ、今夜はこの村に泊まるんでしょ?」
「いや、まだ行商の許可をもらってないから」
断られたら、今夜も野宿だろうなあ。そうなったら、せめてこの村のやぎのミルクを買って、飲んでみたい。
「僕の家に泊まってよ」
「それは、ありがたいけど、君はいいの?」
「何が?」
私は先ほどの事の顛末を説明した。
「何の問題もないじゃない。悪いのはそのおじさんでしょ?」
「君はよくても……親御さんには聞いた?」
「母さんはそういうの気にしない人なんだ。大丈夫。何ていっても命の恩人なんだから」
「ありがとう」
とりあえず、今夜は眠れるところを確保できそうだ。だったら、なおのこと行商の許可は得なければならない。
ルチカとフィロの不思議薬売り手帖 @sono0327
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