めっちゃ面白い書きかけ

前花しずく

第1話

「なあ、浜中っているじゃんか」

 高校からの帰り道、三か月前に潰れた駄菓子屋の前で亮がそんなことを言い出した。浜中ねぇ……芸能人か何か? 濱家なら知ってるけど。かまいたちの。山内の相方の。クイズ番組でもよく見かけるあいつ。でも浜中は知らないなあ。きっとお笑いの第七世代か中川大志とかの若い俳優かSixTONESかのどれかなんだろ、分かってんだよ私は。知らないって答えると亮が縦長の顔をフルに使ってドヤ顔してくるのが目に見えてるし、ここは「知ってるけど今さらそんな話題どうしたの」って顔して知ったかぶりしておこう。

「あー浜中ね、第七世代の」

「なんでお笑いなんだよ。浜中いつからそんなに有名人になったんだよ」

「え、違うの」

 どうやらやっちまったらしい。でも急に誰かの苗字出されたら有名人だと思うのが普通じゃないか。阿部って言われたら普通は阿部寛だし山田って言われたら普通は仲間由紀恵でしょ。……あれ、なんでいつの間にかTRICKになってんだ。

「全然違ぇよ浜中はクラスメイトだろうが」

「浜中? そんなヤツうちのクラスにいたっけ」

「クラスメイトの名前を覚えてないのも酷いしそもそも第七世代に浜中なんて名前の芸人すらいねえしあらゆる方面に失礼だわ」

 そうだったか。まあ私は「おはよう」って話しかけても返事してくれないヤツの存在は頭の中から除外してるから毎年クラスの中で二、三人は顔も名前も知らないヤツがいるんだよね。そいつらと話すときは毎回自己紹介から始める。私としてはオールウェイズはじめましてだから。相手からしたらビビるかもしれない。

「窓側の一番後ろに座ってるヤツだよ」

「ああ、返却されたワーク渡しに行ったら机に描いてたキス顔の女の子必死で消し始めたあいつか」

「忘れてやれよそんな話。今頃浜中くしゃみしすぎて肺が破れて死んでるぞ。というかそんなことより名前を覚えてやれ」

 机の上にキス顔描くなんて大胆にも程があるよなあ。百歩譲ってノートに描くでしょ。ちなみに私は小学生の時に机を鉛筆で塗りつぶそうとして三割くらい塗りつぶしたところで担任の先生に廊下に引っ張り出されました。別にいいじゃんね、机が黒いぐらい。手とプリント汚れるけど。2Bの鉛筆半分になったけど。

「で、その浜中がどうしたって?」

「それがさ……なんか妙なんだよな」

「何が? 急にドヤ顔で寒いボケを言い出すとか?」

「売れ始めてバラエティに出られるようになったからって調子乗って先輩芸人のツッコミを待ってる若手芸人かよ」

「じゃあ机をキス顔で埋め尽くし始めたとか」

「いい加減忘れてやれよ浜中が泣くぞ」

 キス顔でもないとすると一体何が妙だって言うんだ。まさか、キス顔では飽き足らず全身を描き始めたとか。いやでもあいつの画力のなさに限ってそんなことはないか。だとするともしかして自分自身がキス顔の練習を始めたっていうのか? 痛い! 痛すぎる! 右手に包帯巻いて「くっくっく」とかいう笑い方してるくらい痛すぎるよ浜中!

「……何を考えているかは知らんが多分お前の考えていることとは違うぞ」

「心の中まで見ないでえっち」

「あいつ、最近妙に上機嫌なんだよ」

「ほう」

「あいつってそんなに友達いないだろ? 学校でも常に一人だし」

「ほうほう」

「今までずっと一人でムスッとしてる感じだったのに、ここ二、三週間はなーんか表情が明るい気がするんだよな」

「ヨルノズク」

「人の話を聞け」

「いだっ、お前殴ったね私のことー! 女の子を殴ったね! いけないんだぞー! いでっ、殴ったね! 二度も殴った! 母ちゃんにも殴られたことないのに!」

「茶番はいいから本題に戻そうぜ」

「ウッス」

 急に明るくなったって、それはいいことなんじゃないの……って思ったけどいつも何も言わずに席に座ってるだけのヤツが急にニチャァって笑いだしたら気持ち悪いか。もしかして女子トイレに盗撮用のカメラでも仕掛けて夜な夜なそれを楽しんでるんじゃなかろうな。おのれ浜中、遂に犯罪にまで手を出してしまったのか……見損なったぞ浜中!

「……多分お前の考えていることとは違うぞ」

「心丸裸にしないでえっち」

「それでな、実は俺はこう睨んでるんだ」

「浜中のこと睨んでるの? あんたも変な趣味してんのねぇ」

「そうじゃねえよ、予想してるって意味だよ」

「ヨルノズク、じゃなくてほう」

「俺はな、あいつに恋人ができたんじゃないかって、そう睨んでる」

 それではまず材料をボウルに入れて混ぜていきます。マヨネーズは分離しやすいので特に気を付けて混ぜてください。そこによく水気をきったパスタを投入します。水が十分に切れていないとパスタソースが薄まってしまうので気を付けましょう。ボウルの中でよくソースを絡ませたらお皿に盛りつけて、お好みで大葉などを乗せて混ぜるだけ簡単たらこクリームパスタの完成です。

「……は?」

「その一文字を発するまで宇宙が一度滅んで再び誕生するくらいの時間が経過したな」

「ごめん、ちょっとよく聞こえなかったから繰り返してくれるかな」

「俺はあいつに恋人ができたんだと思ってる」

 あらかじめ卵を卵黄と卵白に分けておきます。卵黄に砂糖とホイップクリームを入れてよく混ぜます。ここではあまり必死に混ぜる必要はありません。このあと溶かしておいたバターを加えていきますが、少しずつゆっくりと混ぜていきましょう。バターが混ざったらふるっておいた粉類をもう一度ふるいにかけながら

「そんなわけないじゃん! 何言ってるのさあんた!」

「また恐竜が絶滅して哺乳類が栄華を極め、猿人が初めて道具を手にしたくらいの時間が経ったぞ。心なしか三分クッキングの曲も聞こえる」

「あいつに限ってそんなわけあるはずないって! あのド陰キャだよ? 流石にあのクソザコナメクジに心開くような女いないって! 百歩譲っていたとしても四股、いや八股女だね絶対! うん、絶対そうだ!」

「興奮のあまりただのタチの悪い暴言になってるから。それ以上言ったら各所を敵に回すから」

 いやだってあり得ないって。私みたいな元気でかわいいコミュ力も高いスーパー完璧ガールが未だにお一人様で、ぱっとしない窓際でニチャニチャしながらキス顔の落書きなんかしてる底辺ド陰キャに彼女がいるなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか! 我美少女ぞ?

「あ、というか普通にゲームとかでいいことあったとかじゃないの? そうそう、きっとそうだ!」

「他にもそう思う根拠はあるんだよ」

「嫌だー聞きたくなーい」

「な、何も聞きたくないからってイヤホンで音割れポッターを最大音量で流すなよ。鼓膜消滅するぞ」

「だあああうるせええ! 誰だよ最大音量で音割れポッター流したヤツ!」

「お前だよ」

 クソーイライラするなあ。イライラするからあとで亮のうちのトイレットペーパーを掃除のときに使うコロコロの芯に換えといてやろう。それでケツでも拭いてケツ毛全部むしり取れちまえばいいんだ。

「たまたま見ちゃったんだけど、あいつこの前スマホで誰か女子と二人で写ってる写真を見てたんだよ」

「どうせ妹かいとこかはとこかはとこのいとこに決まってる!」

「それもはやほぼ赤の他人では」

 女子との写真なんて調子に乗りやがって! 私ですら男子と写真を撮ったことなんて亮としかないんだからな! この馬面としか写真撮ったことないなんて本当に私って男子との交流ないんだな。ほんとこいつどこの世界初男性バーチャルYouTuberだよはっ倒すぞ。一周回って自己嫌悪に陥りそうだわ。

「とにかくそういうわけだからさ、ちょっと気にならん? 浜中のこと」

「気にならないと言ったら嘘になりますね」

「何そのストレートに言うのが幼稚だと思ってちょっと言い方を変えてみたけど結果的に中身のない発言になったアスリートみたいな言い方」

「本当に付き合ってたら物理的に爆破する。今から火薬の作り方を調べておかないと」

「浜中逃げて超逃げて」

「爆弾の作り方で検索したらamazarashi出てきたんだけど」

「amazarashiさんファインプレー」

 なあにがファインプレーだラフプレーでもなんでもしてやるわこの際。

「それにしてもどうやって確かめるのさ。まさか直接聞くわけじゃあるまいし」

「尾行する」

 寂れて誰も来ないような商店街の真ん中にある宝くじ売り場の前で私は顎を外した。いやいや、どこの探偵やねん。なんならA室さんですらカーチェイスはするけど尾行はしないからな。明智小五郎とかそのレベルの古典的な探偵がすることだよそれ。

「俺ね、一応あいつの家知ってるんだよ」

「いよいよヤバいヤツじゃんか。浜中ガチ恋勢?」

「中学が同じだったんだよ知ってて当たり前だろうが」

 別に同級生だからといって必ず住所を知ってるわけじゃないと思うんだけども。それこそ私は挨拶を返さないヤツは名前と顔すら記憶から消去しているし。卒アル見た時にリアルに「誰だこいつ」ってなるからね。メガネかけてて大丈夫かってくらいニキビだらけのヤツとか、工場で大量生産されたみたいなポニーテールにぱっつん前髪のテニス部に入ってそうな女子たちとか、あとはカビゴンみたいなヤツとか。住所なんか覚えているはずがない、というかそもそも知らない。

「浜中は一つ向こうの通りを通って帰るから、とりあえずそっちに移動しよう」

「やっぱりお前ストーカーだろ」

「純粋な探究者と言ってほしいな」

「いややっぱりストーカーだろ」

「そんなことはどうだっていいんだ……あ、いた、あそこだ」

 それはどうでもよくないことだとは思うんだけれども。しかし目の前に話題の浜中がいるんじゃあ見るしかないよな。あーあー、後ろから見てもいつも通り陰気なカッコだなあ。パーカー着とけば万事解決と思ってるだろお前。想像以上に周りから浮いてるからなそれ。

「あ、自販機に寄った」

 浜中は商店街の唯一の本屋の前にある自販機の前で足を止めて何か飲み物を買った。なんでスーパーじゃなくてわざわざこんな意味分からないところで買うんだか。スーパーの方が安いし品揃えいいのに。緑茶51円なのに。近くにスーパーあるのに自販機とかコンビニで済ませようとする人、まじで理解できないわ。

「浜中のヤツ、妙ちくりんもの買いやがったな」

「何を買ったかなんて興味ないんだが」

「チェリオの緑色のヤツだ」

「小学生かよ」

 確かに男子小学生ってチェリオのメロンソーダと日本一のサイダー好きだよね。駄菓子屋に行ったら男子がみんなあれ飲んでたような気がする。しかもあれ何故か駄菓子屋とかごく一部の自販機でしか売ってないからな……大手のスーパーとかコンビニで見たことないよ。そしてなんで浜中はそんなものをわざわざ買っとるんや。確かにそれは妙ちくりんだわ。

「しかも二本」

「しかも二本??」

 謎が深まりすぎでしょうよ。一本でも謎なのに二本って。……まさか例の彼女に渡そうってんじゃないだろうな。彼女も彼女で急に小学生男児の飲み物渡されたとて困るだろうよ。なんならそれ渡してげんなりされて顔面フルスイング平手打ちされて「死ねっ」って言われて別れてしまえ。

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めっちゃ面白い書きかけ 前花しずく @shizuku_maehana

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