第六話 楽園・子供部屋

 時刻は午後二十一時半を過ぎ、周辺には島もなく漁船や旅客船の船影もなかった。離島の周囲には暗い闇が広がり、目的地の城塞の窓から漏れる灯りは遠い。


 特製の極小インカムを着けると瑠璃夜の声が鮮明に入った。

『周囲に航空機及び船舶なし。念の為、カモフラシールド掛けます』

「おう。そうしてくれ」

 カモフラージュ・シールドは、衛星とネットにつながる監視カメラの映像への介入を行う。こちらの船の船影は残し、甲板上での人の動きだけをデータから削除する。


『幸人、環境条件のデータ送ったから確認頼む』

「ありがとう、瑠璃夜」

 手際良くを超え、慣れた手つきで射出砲のコンディションを整えた幸人が、肩に担いで照準を定める。

「データ確認、照準クリア。……射出します!」

 射出砲によって放たれたドローンは、島に近づいた所で翼を開き、減速しながら風に乗った。海風が複雑に吹く状況にも関わらず、狙撃並みの精度を見た光正が軽く口笛を吹く。

「すげえな」

「瑠璃夜のデータのおかげです」

 賞賛の声に淡く微笑みを返した幸人は射出砲を置き、スマートグラスを掛けた。左腕にベルトで巻かれたハンドヘルドコンピュータのキーボードを叩き、ドローンから送られてくる映像を素早くチェックしている。幸人自作の超小型コンピュータの中身は、最新型の超高速マシン以上の性能を持っている。


「瑠璃夜、画像データを共有するよ」

『おう。準備出来てる。任せとけ』

 ドローンは城塞の周囲を数回飛び回った後、幸人の手に戻ってきた。

「幸人、制御箱パンドラボックスは見つけられたか?」

「はい。八個すべて確認できました。全部本物です」

 その箱が何を目的としていのかは、想像がつく。今回は、使うことはないと思うが頭の片隅に入れておいてもいいだろう。


『警備会社の警備システムに接続完了。記録画像書き換え開始』

「〝メデューサ〟接続完了。現時点で動作なし。沈黙しています」

 これで作戦行動を始める準備は整った。後は……。

「瑠璃夜、警備員の状況見えるか?」

『見える見える。余裕余裕ー。……あー、一人は仮眠室で……仮眠中。二人が警備室にいて……いいのかよ、これ……一人はスマホでゲーム。一人は……エロ動画見てやがる。警備する気ねーじゃん』

 離島に訪れる客もなく、表向き出入りするのは使用人のみという状況で気が緩んでいるのだろう。最低ランクの格安料金では、何か事件が起きても現場を確認して警察に通報するだけの契約で、夜間見回りもなし。正規の警備訓練を受けたことのないバイトが派遣されている可能性が高い。

「警備員は完全にお飾りか? 楽な仕事だな」

 海外では軍経験者が殆どを占める『楽園』の警備が、ここまで薄いと逆に警戒心も出てくる。日本では人を排してAI警備システムのみというプランが主流になりつつある今、わざわざ人を置く意味があるのだろうか。


『わかった。こいつら、荷物運びに使われてる。家事使用人のじーちゃんばーちゃんじゃあ、重い物持てないからな。今朝屋上のヘリポートに届いたデカい段ボール箱を五個運んで……執事から何か貰ってる…………あー! そんなとこで万札広げるなよ。プロ意識の欠片もねーじゃん』

 過去画像をチェックしていたのか、程なくして瑠璃夜が俺の疑問に答えを出した。

「あー、成程なー。荷物運びにする為か」

 城内で働く家事使用人に運ばせず、外部の警備室から人を呼ぶのは、その存在を意識から切り分ける為だ。箱に入った荷物があれば、中身が何なのか知りたくなるのが人間。常に城内にいる家事使用人なら、その中身を覗こうとする者も出るだろう。城内に立ち入る機会が限られた警備員に運ばせて、現金を渡すことで荷物から意識をそちらに向ける。


「城の主と執事はどうだ?」

『それが……部屋に監視カメラはないんだよな……衛星からの熱探査は建物の壁に特殊鋼板入ってて使えないし。廊下には誰もいない。エアコンはつけっぱなしで、照明とテレビは消えてる』

「早めに就寝している可能性が高いか。……子供部屋はどうだ?」

『そっちもカメラはない』

「子供部屋の監視は〝メデューサ〟が担っているので、制圧前に見るのは難しいです」

『〝メデューサ〟のモニター監視者は誰だ?』

「監視権限の登録者は城の主と、執事二人です。ここのシステムはDEEDとは切り離されていることは確認しています」


「じゃあ、繋がってるのはWPWOか?」 

「いいえ。それが……ネットには繋がっていますが、どこにも連絡先が設定されていません。スタンドアローン孤立状態で使用されています」

「あ? 何だそりゃ。DEEDともWPWOとも連携してないってことか?」

 海外の『楽園』の警備システムには様々な種類があったが、必ずWPWOと連携していた。〝メデューサ〟を使用していることで、DEEDとの関りがあるのかと考えていた。

「竹矢、ここはあくまで試作の『楽園』ってことじゃないか? 平和ボケした日本で、どこまで無茶が出来るのか、試してるとか」

 光正の指摘が正しいように思われた。

「……あいつらがやりそうなことだな。ネットに繋げているのは、いざという時にデータを取る目的と、上手く行った場合に本格連携する為かもな」

 トカゲの尻尾切りは、WPWOが良く使う手口。


「幸人が〝メデューサ〟を制圧した後に子供部屋へと突入する。他は予定通りだ。皆、用意はできてるか?」

 暗視スコープを掛け、ドラゴンウイングが収納されたパックを背負った俺の問いに、全員がそれぞれの声を返してきた。

「作戦開始!」

 肩ベルトのスイッチを押すと、特殊薬剤の固形燃料を使ったジェットエンジンが始動して、体がふわりと上昇。海上から約十メートルの位置で翼が開き、飛行が始まる。金剛寺グループが作ったドラゴンウイングに手を加えた特製品は、最高時速三百キロを叩きだすが、今回は六十キロに抑えて飛ぶ。

 後から飛び立った幸人の姿を確認すると、何ら問題なく付いてきていた。横に光正が並んでいるのは、心配している為か。


 城塞を取り囲む二重の外壁を超え、中央の建物屋上へと降り立つ。折り畳まれた翼はパックに収納され、燃料が切れるまで繰り返し使うことができる。


 俺と光正、幸人とガブリエルは二手に分かれて、別々の非常階段を駆け下りる。さほど巨大ではない建物にも関わらず、隠された非常階段や出口が複数作られているのは、万が一の際に顧客を逃がす為だ。

 幸人から連絡があるまで、四階の非常扉前で息を潜める。待つ時間の長さにイラつきを感じ始めた時、到着予想時刻から八分で連絡が入った。

『〝メデューサ〟の制圧完了! そちらに向かいます!』

「よし、入るぞ」

 非常扉を開き、子供部屋目指して廊下を駆け抜ける。子供向けのファンシーな室内装飾は、暗視スコープで見ると不気味な異世界のように感じる。


 目的の扉を開くと広い部屋の中央に、銀色のスーツケースが倒れた状態で五個並んでいた。

「あれは臓器運搬用のケースに似てる。まさかもう、処置済みなのか?」

 顔色を変えた光正が、止める間もなくスーツケースに向かって走って行く。側面のカバーをスライドさせると液晶画面が現れ、グラフと数字が表示された。

「その数字は?」

「バイタルサインだ。……電子錠が掛かってる。くそっ!」

 いつになく焦りを見せる光正を落ち着かせ、俺はポケットからタロットカードを取り出した。


「確認するが、開いていいんだな?」

「ああ、頼む」

 数回のシャッフルの後、一枚を取り出して電子錠へと近づける。

逆位置リバースザ・ムーン、起動」

 俺の武器であるタロットカードには、様々な仕掛けが組み込まれている。『月』を逆位置で使用すると、隠された暗号を開くためのプログラムが起動する。

『起動承認。サーチ開始……完了シマシタ』

 電子音声の宣言の後、カチリと音がして錠が開いた。壊しそうな勢いで光正がファスナーを開けると、中には膝を抱えた状態でクッションに包まれ、長袖のパジャマで穏やかに眠る幼い少年の姿が現れた。

「ライトを使用する!」

 暗視スコープを外し、光正はライトを咥えて少年の状態を確認し始めた。照らされた顔は、六歳の少年と一致。大南山おおみなみやまたくみは、親に売られた子供だ。

 光正が安堵の息を吐くと同時に、匠が目を覚ました。眩しそうに何度も瞬きを行う姿はあどけなく子供らしい。

「……ここ、どこ?」

「悪い奴らのいる所だ。俺たちは助けに来た」

 光正の言葉を聞いても、匠は不安な顔を俺たちに向けた。暗がりの中、ライトに照らされた匠からは、俺たちの姿は影になっているからだろう。構わず、光正は匠を特殊繊維で出来た保温シートで包み、片腕に抱き上げる。

「ここでスーツケースを開けるより、そのまま運んだ方がいい。臓器運搬装置を使って冬眠状態にしてある」

 ケース内部からは、冷やりとした空気が漏れ出している。薬を投与するのではなく、低体温にして冬眠状態で運んだのは子供の体調の為ではなく、商品価値を棄損しないことが目的だろう。


「中身が確実に子供かどうかわからないだろ?」

「……開錠して、顔を確認したらすぐに閉じる。それでいいか?」

 完全に覚醒してしまった匠はすぐに戻せないのだろう。俺の同意とほぼ同時に静かに扉が開き、幸人とガブリエルが姿を見せた。

「お待たせしました」

「ガブリエル。この子を預かってくれ」

 光正は匠をガブリエルに渡すと、残りのケースの開錠を求めた。


 残り四つには、誘拐された子供たちが眠らされていた。光正と俺で顔を確認し、スーツケースを元通りに閉める。

「一人一つずつ、このケースごと運ぶぞ。……ガブリエル、それでいけるか?」

「はい。問題ありません」

 片腕に匠を抱え、片手には子供が入ったスーツケース。かなりの重量ではあるが、異世界の騎士として戦場経験があるガブリエルは、負傷した仲間の騎士を甲冑ごと運ぶこともあったらしく、平然としている。

「……私の服をつかんで、しがみついてくれると助かる」

 ガブリエルの言葉を聞いて、匠は素直に従った。五歳にして、この異常な状況でも大人しい理由を想像すると切ない。無名に引き渡した後、他の四人は返されても、匠はどうなるのか。

「地下の船着き場に哲一が迎えに来てる。走るぞ!」

 俺たちは子供たちを連れて、子供部屋を出た。


      ◆


 階段を駆け下り、一階のエントランスへとたどり着いた。エントランスはうす暗い照明が点いた状態で、天井の豪華なシャンデリアが幻想的に光を反射して煌めいている。

「瑠璃夜、どうだ?」

『執事の一人が起きたみたいだ。照明が点いて、ネットで〝メデューサ〟に接続してる。城の主も起きた』

「そうか」

 エントランスを横切り、地下の船着き場への入り口を通り抜ける。警戒するも、あっさりと船着き場へとたどり着くことができた。


「はーい。お帰りなさーい」

 哲一の呑気な声に迎えられ、スーツケースを運び込む。光正が匠を受け取ったことを確認し、俺はガブリエルに声を掛けた。

「ガブリエル、ちょっと俺に付き合ってくれ。哲一、すぐに出発していい。俺たちは後から追いかける」

 ドラゴンウイングの燃料はまだ十分に飛べるだけ残っている。

「はーい。わっかりましたー」

 哲一の声に見送られ、俺とガブリエルは来た道を引き返した。


      ◆


 廊下を走っていると、ガブリエルが口を開いた。

「これから、どこへ?」

「悪ぃな。個人的な用件で、城の主に挨拶したい。フェイスシールドを装着してくれ」

 暗視ゴーグルはスイッチ一つで変形し、顔を覆う仮面に変化する。声も加工され、記録が取られていても判別不能となる。


『おっさん! 機械犬マシンドッグが壁から出てきた!』

「瑠璃夜、数わかるか?」

『……十五……いや、二十一機。火焔放射タイプと捕獲網タイプ……マシンガン搭載のが二機いるぞ』

「おー、そうかー。よく持ってこれたなー」

 軍用に開発されたマシンドッグは、日本では完全に違法とされていて所持も禁止されている。パーツにして持ち込んで、どこかで組み立てているのだろう。

『おっさん……危機感ないのかよ……マシンガン搭載のは、ネットに繋がってるから撃てないように制御する。後のはセンサーで発射するから、こっちでは手を出せないぞ』

「おう、それで十分だ。よろしくなー」


「ガブリエル、マシンドッグは知ってるな。青い炎を口から吐くのと、背中の箱から網が出るヤツ」

 金剛寺グループの軍用武器開発試験の際、用意されたマシンドッグをガブリエルは初見で叩き壊した経験がある。異世界の魔物に比べると弱すぎると笑っていた。

「はい。潰せます」

 ガブリエルが使う武器といえば特製の手甲のみ。人間が対処できないスピードも、異世界の騎士の動体視力は難なく捉える。

「俺は流石に銃を使うかー」

 タロットカードを使っても良いが、二十一機のマシンドッグ相手では余裕が無くなる。9mm拳銃を改良し、デザインを一新した|Speed Striker Japan-9《SSJ-9》を俺は愛用している。


『おっさん、城の主と犬がエントランスで待ってるぜ』

「ほー、城の主自ら、客の出迎えか」

 何のつもりか知らないが、こちらの戦力は十分ある。銃身を指先で軽く撫でてホルスターに戻し、エントランスへと駆け込んだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Beasts & Flowers ヴィルヘルミナ @Wilhelmina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ