第五話 洋上・ターゲットの条件

 時速百二十キロで進む水中翼船の船内は揺れもなく、開口部を閉めると静寂が訪れた。操舵中の哲一さといちを除いた光正とガブリエル、幸人と俺の四人で向かい合う座席に座り、テーブルを囲む。

「今回の作戦内容を確認する。瑠璃夜、島の全域図と建物の設計図を表示してくれ」

『了解』

 間髪入れずに船内の巨大モニタへ地図と設計図が表示された。


「目的は子供五名の救出。人命優先で頼む」

「ん? 『楽園』は潰さないのか?」

 光正の言葉には、不満が現れている。海外の『楽園』での救出作戦を経験した者ならば、完全に破壊したいと思うのは不思議なことではなかった。それほどまでに『楽園』で行われる数々の所業は、おぞましく悪逆非道。

「今回は子供の安全が最優先だ。……まぁ、子供を助けた後は、何が起きても俺たちには関係ないな」

 無名からの依頼は子供の救出だけで、『楽園』潰しは範囲外。それでも建物全体に再建が必要なダメージを与えておきたいとは思う。

 

『家事使用人は午後二十時発の船で全員いなくなる。島に宿泊してるのは、城の主と執事二名、警備員三名。警備室は城の入り口に作られてるから、城の中にいるのは三名だけだ』

「ほー、それはいいことを聞いたな」

 瑠璃夜の言葉を聞いて、光正が目を輝かせた。

「光正、ここは一応日本だぞ。殺しは不可だ、不可。狙うなら手術設備か建物だけだ」

 海外では合法でも、日本では無抵抗の人間を殺すことは許されない。あくまで相手が武器を持って抵抗してきた時だけというのが建前だ。実際は、特務中に殺人を犯しても罪には問われず闇に葬り去られる。


 本音を言えば、城の主を捕まえて〝教授プロフェッサー〟について問いただしたい。どんなに些細な情報でもいい、正体を知る手がかりだけでも入手したい。


「島への上陸は空と海。どちらにするかは二十キロまで近づいてから周囲の状況を見て判断する」

 空の場合はジェットスーツとハンググライダーを掛け合わせて小型化したドラゴンウイングと呼ばれる飛翔装置を使用。海の場合は水上バイクを軍事用に改造したウォーターゲイルと呼ばれる乗り物を使用する。


「ドラゴンなら、幸人を運ぶのは俺か?」

 特殊航空機に分類されるドラゴンウイングの使用には、航空機操縦免許二種が必要になる。メンバー全員が取得しているが、学生二人は一月前に取得したばかりだ。前回の作戦では光正が瑠璃夜を運んだ。

 光正の問いに答えようとした時、幸人が声を上げた。

「訓練はしています。自力飛行の許可を頂けませんか?」

「そうか。それなら俺の出る幕はないな」

 俺よりも先に答えた光正の顔は完全に面白がっている。光正は知らないが、幸人は昔、無免許状態で何度もドラゴンウイングを使用していたので夜間操縦でも問題はないだろう。今、思い出しても幸人と瑠璃夜の喧嘩は規格外で非常識だらけだった。


「竹矢さん、島へ到着する前に無人航空機ドローン射出砲ランチャーを使用してもいいですか?」

「おう。自由に使え。ドローンで何をするんだ?」

「建物外観の横からの詳細撮影と、向こうから見えるこちらの船影の撮影を行います。僕が作った〝メデューサ〟は、衛星から見えない建物外壁に八個の制御箱パンドラボックスを設置することになっていますので、その位置確認をさせて下さい」

 当時十四歳だった幸人の作った警備システムは相当厄介なもののようだ。衛星の死角まで考慮に入っているのか。


「そうか。船影の方は、瑠璃夜がAI生成の偽画像を流し込む予定だろ?」

「〝メデューサ〟には、AIキャンセラーを組み込んであります。AI生成された画像を感知すると、自動で逆生成して、さらに別の隠しカメラが起動します」

『うげ。めんどくせえ!』

 幸人の言葉に反応して、瑠璃夜が叫び声を上げた。

「ごめん、瑠璃夜。外部も内部もリアルタイムで映像書き換えやってもらわないと〝メデューサ〟本体が起きるんだ。僕が制圧するまで頼むよ」

『リアタイで制御? お前、何つーめんどくせーモノ作ってんだよ! あー、それは五年経っても使用されるのわかるぜ。どーせ、対AIの自動学習プログラムも入ってるんだろ?』

「そのとーり。ごめん、瑠璃夜」

 ただの学生のやり取りに見えても、世界でもトップクラスのハッカー二人の話は興味深い。


「瑠璃夜、そのリアタイ制御とやらは出来るのか?」

『作戦の確認が終わったら、十分でプログラム組む。そっちは俺に任せてくれ』

「よし。頼んだぞ」

 瑠璃夜の言葉に迷いが一切感じられないのが頼もしい。雑に見えても慎重な瑠璃夜の性格なら、実際の作業時間は五分というところか。


「建物への侵入は、空なら屋上。海なら地下の船着き場か」

 島の船着き場とは別に、地下を経由する船着き場が二カ所、設計図には記されている。『楽園』へ訪れる客たちは、屋上のヘリポートか、地下の船着き場を使う予定だろう。


「俺とガブリエル、光正と幸人の二手に分かれて目的地……四階の子供部屋へ向かう予定だが、幸人、作業はどこで行う?」

 偵察衛星による熱源と音響探査は建物全体に施された特殊鋼壁で弾かれた。海外の『楽園』をいくつか潰した経験によると、攫われた子供たちは全員が子供部屋に集められて『飼育』されている。

「地下一階の食料貯蔵室の配電盤からシステムに直接接続します」

「〝メデューサ〟を黙らせるのに掛かる時間は?」

「……十五分です」

 幸人の返答の中にある一瞬の迷いを俺は見逃さなかった。実際はもう少し掛かるのかもしれないが、自分の言葉には責任を持ってもらう。

「じゃあ、俺と光正が組みで先に子供部屋に入って、救出準備を行う。幸人は〝メデューサ〟の制圧。ガブリエルはその間、幸人の護衛に入ってくれ。終わったら子供部屋に集合だ」


「光正、子供用の麻酔は可能か?」

 十五分の貴重な時間は、子供たちの状態確認にあてることにした。

「ああ。準備はしてる。念の為、本人と両親、親族のカルテを見ておきたいんだが」

 子供本人は健康優良児でも、親や親族にアレルギーや薬の副作用がある場合がある。検査設備のない現場でのいきなりの麻酔は危険を伴う。金剛寺グループの製薬会社が作る特殊麻酔は、他の麻酔に比べて格段に安全と言われていても、子供への投与はどうしても慎重になる。


『光正さん、カルテの用意できてるんで、端末に送りました』

「早えな、瑠璃夜。……そうだ。今朝運ぶ時に投与された薬の種類はわからないよな」

『そーれは流石にわからないなー。ヘリの出発地周辺の病院の記録にはないし、睡眠薬や麻酔薬を紛失したり破棄した記録もなし。個人で薬を使った場合はネットに上がってこないんで』

 国民番号制度によって、病院での医療行為やカルテの記録はすべて電子化が義務とされている。何の指示をしていなくても、そこまで調べていたのかと内心驚く。


「子供部屋の子供を麻酔で眠らせて運ぶ。四階に窓はないから、三階の窓から脱出だな。この船を子供部屋から近い位置に接岸させておくとして……」

 子供部屋からは、どの船着き場も距離がある。地図を見ていた俺に、光正が抗議の声を上げた。

「おいこら、竹矢。俺やガブリエルはともかく、幸人が三階から麻酔直後の子供抱えてロープで降りるのは俺が許可しねえぞ。一階まで足で降りるルートにしてくれ」

 光正の意見で不満そうな顔をした幸人も、逡巡の後に同意したと頷く。鍛えているとはいえ、まだ十九歳。子供の命を預けるにはまだ未熟さがあるか。


「じゃあ、一階……となると、エントランスを突っ切るルートになるぞ?」

「その頃には警備システムが制圧されてるだろ? 子供さえ確保できてれば、なんとかなる」

 それはそうか。

「何かあったら、何とかしてくれよ、光正」

「おう。俺の逃げ足に付いてきてくれ」

 軽口を叩いても、光正とガブリエルがいれば戦力としては十分以上。


「脱出ルートは、一階エントランスを突っ切って……あー、子供の安全優先だと地下の船着き場まで哲一に迎えに来てもらう方がいいか」

 建物を出ると二重の外壁が脱出を阻む。出入り口を目指して走り回るよりも単純に破壊しても構わないが、穏便に済ませるとなると直接迎えに来てもらうのがベターではある。


「何だったら、正面玄関から出て、表の船着き場に走るっていうのもありだぞ」

「そっちは正門前の警備員室があるだろ。警察に通報されても面倒だ」

 主に光正と俺のやり取りで詳細が決まっていく。他のメンバーがいれば、もっと違った形になるが、異世界の騎士だったガブリエルと、新人の幸人は黙って承諾するだけだ。


「――ということで、ルートは頭に入れておいてくれ。万が一の為に、建物全体の構造と逃げ道は覚えておけよ。……幸人、どうした? 何か意見があるなら言ってくれ」

 計画を再度確認した時、幸人が戸惑いの表情を浮かべていることに気が付いた。

「いえ。意見はありません。……その……DEEDでは、秒単位で作戦行動が決められていたので、随分違うなと思っていました」

「秒単位の作戦行動は軍隊ではよくあることだ。だが、俺たちは軍隊じゃないからな。俺は個人が考えて動くことを要求してる。だからざっくりとした計画でもやっていけるって訳だ」

 公安に所属はしていても軍隊ではない。軍のルールを適用していては、非常事態への対処が難しい。

「肩の力抜いて、気楽に行こうぜ。お前ら二人に今更常識なんて、意味ないだろ?」

「……そうですね」

 苦笑する幸人の背を叩き、俺は笑いかけた。


      ◆


 出発から数時間が過ぎ、船内は作戦前の静寂が漂っていた。ガブリエルと光正は腕を組んで座席に座り、目を閉じて休んでいる。

 瑠璃夜からのデータをチェックしていた俺の視界の隅で、タブレット端末を閉じた幸人が息を吐いたのが見えた。

「準備は終わったか?」

「はい。あとはドローンを飛ばすだけです。……今回の子供たちは、何故選ばれたのでしょうか」

 ためらいがちな言葉に、幸人の心の傷が見える。幸人と瑠璃夜は十歳の時、それぞれがゲーム感覚で世界中の企業にハッキング行為を仕掛けていた。その行為は驚異的なものであり、全世界の政府と軍が二人に目を付けた。

 瑠璃夜は偶然俺の保護下に入ることになり、幸人は誰の保護も受けないまま、世界平和福祉事業団WPWOに誘拐されて、犯罪組織DEEDに売られた。


 ハッカーの能力もない幼い子供が、何故誘拐されたのか。幸人としては知りたいことだろう。


「健康優良児ばかりだからな。臓器か養子。あるいは『供物』にする為に誘拐されたんだろう。何故というか、どうやって選ばれたのかは、今回は親のSNS投稿が原因だろうな」

「SNS投稿?」

「そう。SNSで子供の写真をアップしてる親ばかりだった。あれは犯罪者にとって便利なカタログにしかならない」

 瑠璃夜の調査によると、五人の親たちは子供の成長をSNSで晒していた。昔なら、子供可愛さの親馬鹿行為として笑って済ませられることだったが、今は違う。


「子供の顔を隠していなかったということですか?」

「いや、隠していたのもいる。顔でターゲットを絞るのは、その辺にいる小児狙いの性犯罪者くらいだぞ。ガチでヤバい奴らが重要視するのは肌の色ツヤや爪、健康な手足だ」

 健康的な肌、栄養状態が如実に出る爪。親が食品添加物を気にして、子供の食生活をしっかりと管理している場合は、さらにターゲットになる危険度が増す。添加物に侵されていない綺麗な臓器は、かなりの高値で売買されている。

「内臓目的だと、顔はどうでもいいってことですか。でも大抵自動で肌が綺麗に写るフィルターが掛かってますよね」

「撮影されたスマホの機種が判れば、カメラの特性もわかる。逆フィルターを掛ければ本来の肌も見る事ができるだろ」

「……そうか……それは簡単ですね。そんな利用方法は考えたこともありませんでした」

「便利な技術は悪用もできる。せめて子供が成人して、自分の意思で写真をSNSで公開するかどうか決められるまで自重しろよとは思うが、自分の子供を自慢したいという気持ちもわからんでもない。……結局は犯罪者が一番悪いんだがな」

「それを言ってしまうと全部終わりますよ」

「確かにな」

 悪人が完全に滅びることはない。平和な世界という理想を唱えながら、裏では犯罪を行う集団もいる。


「はーい。そろそろ目的地が見えて来ますよー」

 哲一の気楽な声が、船内の空気を引き締める。光正とガブリエルが目を開く。

 周辺の気象条件を確認し、島への上陸方法を空からと定める。

「幸人、射出砲の発砲許可を出す」

「はい。任せて下さい」

 約三キロ、長さ一メートルの砲身を抱え、幸人は船上へと向かった。

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