第5話 年高みかしらに雪を積もらせて

   老人述懐


年高み頭(かしら)に雪を積もらせて


        古りにける身ぞあはれなりける             


             西行    (聞書集) 


佳寿(かず)は姿見の前に立って最後に帽子をかぶった。


さあこれでお出かけの準備は整った。


帽子を被るのは、白髪染めに行きそびれて、くっきりと白髪と黒い染毛の部分が分かれるのが見苦しいからだ。


駅に着いた。


佳寿はホームをよろよろと歩いた。


自分でも信じられないほどよろめいた。


なぜこんな歩き方になるのだろう。


こんなはずはないと思って普通に歩こうとするが、どうしても普通に歩けない。


ホームの狭い部分では、線路に落ちるのではないかと、細心の注意が必要だった。



佳寿は老人優先座席に座って目を閉じた。


龍宮城で遊んでいた過去の想い出が蘇ってきた。


高膳に盛り付けられて運ばれてきた数々の御馳走。


鯛や平目の刺身、水底の洞穴で醸造された酒にあわび。


それらを捧げつつ運んでくれた妖精たち。


龍宮城の神様が与えて下さった天の羽衣の着物を着て、


妖精たちと踊り暮らした日々。


ある日はこの妖精と、またの日はあの妖精とと、水を切って踊り暮らした日々。


佳寿は今白髪を頂き、足元おぼつかなく街をさまよう。


妖精たちが泡粒となって水底に消え果てた龍宮城を胸に秘めて。



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西行の和歌 葉っぱちゃん @bluebird114

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