蜜の城

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話

 深い深い森の奥、人のめったに入る込まない森の奥に、魔族の住む蜜の城があった。魔族の城に住む魔族の領主は、八十人の娼妃を抱えて、優雅に日々を過ごしていた。魔族の領主は名を、ディアスポラといった。ディアスポラは毎日、娼妃をとっかえひっかえしながら、余生を楽しんでいた。

 ディアスポラの蜜の城は、森中の花という花から蜜を集めてきて、それを吸い込んで稼動しているので、森を衰退させる一因となっていた。ディアスポラの蜜の城が稼動するために、森中の花が枯れてしまう。そんな恐ろしいことが現に森で起こっているのだった。

 森を守るためには、ディアスポラを倒さなければならない。森の住人たちは、協力して、ディアスポラを倒す方策を練ったのだった。

「ディアスポラは恐ろしい魔術の使い手だ。下手に手を出したら、どんな仕返しを受けるかわからないぞ」

 森の住人、狐のパーンはいった。

 明らかに魔族の領主ディアスポラを恐れていた。

「しかし、このまま森が衰退するのを放っておくわけにはいかない。誰かが立ち上がらなければ」

 熊のボンズがいう。力の強いボンズのことだ。魔族退治には頼りになる味方だといえた。

「このままでは森は滅んでしまうのだろう。ディアスポラを斬り殺すしかあるまい」

 人のディーンがいう。森の中では肩身のせまい人たちだが、勇士ディーンは剣の名手で、森の仲間にもその腕を認められていた。

「ディーンが行ってくれるのならば、これほど心強いことはないが」

 梟のボカンスがいう。

「だけど、蜜の城は森中の力を結集しているんだろ。真っすぐに突っこんでも、勝てるとは思わないけどなあ」

 やはり、人のジーンがいった。やはり、魔族の領主ディアスポラを恐れていた。

「ジーンはついては着てくれないのか」

 ディーンが尋ねる。

「おれはちょっとディアスポラ退治は遠慮しておくよ。魔族なんて、一朝一夕に倒せるものじゃないしさ。ディーンとは別の道から、魔族退治を追ってみることにするよ」

 ジーンはうまくはぐらかして、魔族退治に同行するのを断ることに成功したのだった。それで、人のディーンと、熊のボンズ、梟のボカンスが協力してディアスポラ退治に出かけることに決まったのだった。

 三匹は決断すると素早かった。次の日には、もう、蜜の城に乗り込む旅に出かけたのだった。三匹の旅に、この森の命運がかかっている。決して負けることは許されない。

三匹とも、心に強く勝利を決意しての旅だった。

 しかし、魔族の領主を退治しようとする旅だということで、その行く手を阻むものが次々と出てくるのだった。巨大蝙蝠の群れや、死霊の騎士たちの群れがディーンたちの行く手を阻み、立ちふさがる。

 しかし、そこは世界に十人といない剣の使い手のディーンのことである。ディーンの剣の腕で、一匹一匹敵を退治していって、苦労して蜜の城にまで辿りついたのだった。

 ディーンたち三人は、蜜の城を正面から堂々と乗り込んでいったのだった。

 突然の闖入者に、蜜の城は騒然となった。

 八十人の娼妃が、いったいどんな剛の者がこの城に乗り込んできたのかと見学に来る。

「まあ、素敵な男ね」

 八十人の娼妃は口々にディーンを褒め称えた。

 門番の巨人を打ち倒したディーンのもとに、噂を聞きつけた城の主が姿を現した。

 魔族の領主ディスアポラの登場である。

 八十人の娼妃から、いっそう大きな歓声が沸き起こる。

「森を滅ぼす悪の領主ディアスポラよ。今すぐ、この城を閉じ、蜜を集めるのをやめるのだ。それができなければ、今、ここでお前を打ち滅ぼす」

 ディーンがいった。

 それを城の領主は嘲笑して見つめ返した。

「面白い。この城を閉じるなど、もとから無理な相談だ。乗るわけにはいくまい。する と、お主が余を打ち滅ぼすというのだな。面白い。やってみるがよい」

 ディアスポラはいった。

「甘く見るな。行くぞ」

 ディーンと熊のボンズが魔族の領主に向かって間合いをつめる。

「串刺しになるがいい」

 ディアスポラが棘の魔法を放って、ディーンとボンズの身体を巨大な棘で串刺しにした。必死に痛みに耐えるディーンとボンズ。

「あまい。それしきで死にはしない」

 棘の魔法に耐えたディーンがディアスポラの前へと歩み出た。

「ここまでだ、ディアスポラ」

 ディーンが一刀両断にディアスポラに斬りつけた。

 体を斬りつけられ、ディアスポラの体から青い血が流れ出す。

「げほっ」

 ディアスポラが青い血を吐いた。致命傷だ。人の勇士ディーンが魔族の領主ディアスポラに致命傷の一撃を食らわせた。力つきて、倒れるディアスポラ。戦いの勝ちは、明らかにディーンのように見えた。

 勝ち誇ったディーンは、勝利を示すために剣を高々と掲げた。

「森の蜜を搾取する悪なる領主ディアスポラは、今、ここに退治された。これからは蜜の採取をやめて、普段通りの生活に戻るのだ」

 ディーンが高々と勝利を宣言する。

 確かに、ディアスポラは死んだように見えた。しかし、

「あまい、あまい。そのようなことで、血の盟約に守られし余の命を奪うことはできんぞ」

 死んだはずのディアスポラが立ち上がっていた。

 そして、新たに作り出した巨大な棘で、ディーンの体を串刺しにした。

 ディアスポラは不死なのか。

「げほっ」

 今度は、ディーンが倒れる番だった。

 さすがのディーンも力つきて、もう立ち上がる力がない。

 ディーンがやられてしまうと、熊のボンズと梟のボカンスはあっという間にやられてしまった。

 やはり、世界でも十本の指に入るといわれた剣豪ディーンのいなくなった穴は大きい。

「ははははははっ、所詮、その程度の腕で余に逆らうとは、無駄なあがきだったのだよ」

 ディアスポラは笑った。

 こうして、魔族の領主ディアスポラを退治に出かけた三匹の勇士はやられてしまったのでした。


 一方、その頃、魔族退治から逃げ出したジーンはというと、森から遠く逃げ出そうと、森から離れようと離れようとしていた。この森は魔族に支配されてしまった。魔族を退治するなんて、とても無理だ。だったら、森から逃げ出すしかない。

 ジーンは、森から逃げ出そうと、蜜の城から遠ざかっていた。行く手を阻むものは、動く茸や弱弱しい蜘蛛ばかり。ディーンの剣の弟子であったジーンにとって、そんな雑魚は楽勝だった。

 ジーンが森の離れにまで来た時、一件の麗しい木の小屋が立っていた。

 木の小屋の不思議な雰囲気に引かれて、ジーンは思わず足を踏み入れた。

 すると、中にいたのは、一人の美しい魔族の女だった。その妖艶な魅力に引かれてしまうジーン。

 こいつは、噂に聞く優しい魔女ではないか。

「まあ、珍しい。旅の人がわたしを訪ねてくださったのね」

 魔族の女はそういって、ジーンを招きよせ、体を合わせたのだった。

 魔族の女は名をリーンといった。その妖艶な魅力で完全にジーンを虜にしてしまうと、数日間の情事を楽しんだ。

「まあ、わたしのダーリンほどではないけど、魅力的な方ね」

 リーンはそういって、ジーンを誉めた。

「あなたのダーリンというと、あなたには他にも愛する方がいらっしゃるのですか」

 ジーンが聞くと、リーンは答えた。

「まあ、これは大切な秘密だもの。愛しいあなたにしか教えられないわね。蜜の城の主ディアスポラがわたしの情夫なのよ」

 意外な秘密をリーンは喋った。

「何やら、深遠な秘密があるようですね。失礼ですが、おれはあなたを斬り殺すべきなのかもしれない」

 ジーンがいった。

「ディアスポラは森を荒廃させているわ。なら、わたしの命を狙ってくるものが心正しき勇士。そんな勇士がわたしは好き」

 リーンがいった。

「ディアスポラを殺すには、彼と命の盟約を結んだわたしも同時に殺さなくてはならないのよ。ディアスポラを倒そうとする勇士は必ずわたしの元を訪れるはずだわ」

 リーンがいう。

 なんということだろう。ディアスポラを殺すための鍵が、こんなところに眠っていたとは。これでは、ディアスポラを退治に行ったディーンたちも苦戦しているはずである。

「それじゃあ、ディアスポラを倒すために、あなたの命を奪ってもかまわないというのですか」

 ジーンが聞いた。

 リーンは簡潔に答える。

「かまわないわ。わたしの命を狙ってくるものこそ、心正しい勇士なのよ」

 それで、ジーンは唐突に、魔族退治に目覚めたのだった。

 今、ジーンはディアスポラの命の秘密を握っている。

 ディアスポラを殺せるかもしれない立場に立っているのだった。

「リーン、おれと一緒に蜜の城に行ってくれないか」

 ジーンはリーンに頼んだ。

「まあ、わたしに死ねというのね。そういう勇士をわたしはずっと待っていたわ」

 こうして、ジーンは突然、魔族退治を始めたのだった。

 リーンの魔法に守られて、蜜の城への旅は案外、簡単に進んだ。

 巨大な蝙蝠や死霊の騎士も、ジーンの剣の前に倒されていった。

 そうして、ジーンとリーンは二人で蜜の城に辿りついたのだった。

 またしても、魔族退治にやってきた勇士を八十人の娼妃が迎えた。

 そして、魔族の領主ディアスポラも出てきた。

 今度は、いつものように陽気ではいられなかった。

「これはこれは、我が最愛の妃ではないか。久しぶりに逢瀬を楽しみに着てくれたのかな」

 ディアスポラがリーンをうやうやしく迎える。

「まあ、間の抜けたことをいわないで。ディアスポラ。あなたを倒そうという勇士が着てくれたのですよ」

 リーンが大袈裟にジーンを紹介する。

 紹介されたジーンも困ってしまう。ただ、剣を構えて、身構えただけだ。

「余を倒すというが、余の命は命の盟約によって守られている。我が最愛の妃が無事でいるのなら、我が命が傷つくことはない。それをお忘れか、最愛の妃よ」

「忘れてはいないわ。わたしとあなたは、婚儀の時の盟約によって、ひとつの命を共有している。お互いの命が尽きるまで、永遠の愛を誓った仲。わたしが死ぬ時も、あなたが死ぬ時もそれは同時。死が二人を分かつことすらないわ」

 リーンがいう。

「わたしは長いこと、待っていたの。あなたを倒す勇士が現われるのを。それが今日なのよ」

 リーンは短刀を持ち出して、自らの胸に突き刺した。

「死になさい、ディアスポラよ。我が愛とともに」

 リーンが突然、自殺したことにより、ディアスポラを守る命の盟約が効果を失いつつあった。

 ディアスポラとリーンのひとつに共有された命が、今、死の危険にむき出しになっていた。

 ディアスポラを倒しに来た勇士ジーンが剣を構える。

 ディアスポラは圧倒的に狼狽して油断している。

 斬るなら今だ。

 バサッと、ジーンの一太刀がディアスポラの体を切り裂いた。

 倒れるディスアポラ。

 永遠に続くかと思われたディアスポラの支配が終わりを告げていた。

 八十人の娼妃が慌てて荷支度を始めた。

 ディアスポラは死んだ。命の盟約に守られていたディアスポラは、その妃リーンとともに命を失ったのだ。

 婚儀の約束の通りだった。二人が死ぬ時は一緒。

 こうして、勇士ジーンによって、蜜の城の支配は崩されて、森に平和が戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蜜の城 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る