怪獣だけが僕を許してくれる。

 圧倒的な筆力を感じた。怪獣に憧れた一人の男の話が、こうも悲しく、狂おしく、愛おしく感じるのは作者の緻密な表現によるところだと思う。怪獣映画に憧れる男性のエッセイかと思いきや、最後には立派なSF作品に仕上がっている。しかし、それもまた――狂気なのかもしれない、と予想させるところが良い。キリキリと張りつめられた状況で男が目にしたのは怪獣という巨大で慈悲なき存在である。しかし、それは彼にとっては紛れもない救済なのである。

 怪獣映画に惹かれる男性のいたいけなまでの探求の先には、全てを破壊したいという衝動が潜んでいた。しかし、それは具体的な人間を傷つけたいという剣呑な衝動ではない。あくまで社会や世間が組み立てたシンボルを破壊することで、そこから爪はじきにされた自分自身を赦すための、のっぴきならない意味が隠されているのだ。怪獣は全てを壊すが、そこに主人公が救済されるための唯一の道が隠されているのだ。

 主人公は狂気の世界に踏み入っている。しかし、その後ろ姿に悲哀を感じずにはいられない。いつか大きな存在に飲み込まれ、踏み潰され、整えられることを望むのことは罪ではない。彼にとって怪獣こそ神に近い存在なのだろう。故に破壊の先には救済が待ち構えている。たとえ、巨大な怪獣の足に踏み潰されることになろうとも彼にとっては救いなのだろう。鬱屈とした社会の中できりきり舞いをしながらも、その日が来るまで懸命に耐え続ける主人公の後ろ姿に強く惹かれた。

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