異世界のぞき見珍道中
@kazukazu824
第1話
後に『薬師』と呼ばれるAランク冒険者の、初めての「冒険」の話。
「ふー、今日はこんなもんね」
たっぷりと薬草のつまったカゴの中身を確認し、ミハルはそう息をつく。
辺りに点々と生える巨大樹の向こうには、もう赤く沈みかけた夕日が見えた。
「よっこい、せっ」
カゴを背負いなおし、迷わず街道へと続く草原の方に歩き始める。
ミハル19歳、テトロポリスの街のはずれに住む女の子。職業:冒険者。
冒険者になってもう3年、なのにランクは未だにD。
最初はDから始まり、魔物の討伐実績によって上がっていく冒険者ランクは、何年も生き残って冒険者をやっていれば、いやでも上がっていく。
ではなぜ、ミハルは未だにDランクなのか?
簡単だ、まだ1匹も魔物を倒していないからである。
正確に言えば、冒険者になるための試験の時に、スライムは一匹だけ倒したが。
では一体なぜ、一匹も魔物を倒していないのか?
それも簡単だ。だって怖いじゃん。斬ったら血とか出るし。かまれたら絶対痛いし。
スライム(手のひらサイズ)を倒したときですら、ナイフの切っ先が震えたというのに。
だからこうしてミハルは、『薬草の採取依頼』だけを受け続けている。
そのせいでこの前、ギルド職員のお姉さんたちの間で『例の草の子』と呼ばれていたりもしたのだが。まぁ、魔物と戦う羽目になるよりは100倍マシである。
「うーん、もう大分日が落ちるのが早くなってきたなぁ。もうちょっと切り上げる時間早めないと」
もはや通い慣れ過ぎてコブの形すら覚えている最後の木を通り過ぎると、途端に視界が開けた。
まばゆい夕日に目を細め、段々と目が慣れてくると、そこに広がっているのは膝くらいの高さの草が生えたいつも通りの草原ーーーではなかった。
300メートルくらい先だろうか、ここから見ると豆粒くらいの大きさのところに人影が見える。
1、2、3人。
それと向かい合う、獣じみた形の影が2つ。
「冒険者か」
自分も冒険者であることを棚に上げ、ミハルはそうつぶやく。
彼らのいる位置は、ちょうど街道に戻る方向の途中だ。
ほとんど活躍する機会のない腰のナイフー孤児院を出るときにもらったものだーに手を当てて、少しだけ立ち止まる。
「まぁ、適当に横を通り過ぎればいっか」
しばしの思考の末、そう結論づけた。
日中ずっと一人で草と戯れているせいで、めっきり増えた(本人に自覚はない)独り言をつぶやきながら、ミハルはカゴを背負いなおして歩き始める。
そのまま通り過ぎようと思ったのだがーーー近づいて見てみると、どうも様子がおかしかった。
彼らとの距離は40メートルほど、もう彼らの様子ははっきりと見える。
自分よりもさらに4つほど年下だろう、男の子が2人に女の子が一人。
一人の男の子は身軽そうな革鎧に剣を構え、女の子は短剣、
そしてもう一人の男の子はーーわき腹を押さえて、後ろで膝をついていた。
彼の押さえた手の周りで、革鎧が血で赤く染まっているのが微かに見える。
そして、彼らと向かい合っているのがーー
「ーヴェアウルフ」
そう呟いた自分の声に、お腹の奥でどろりと重たいものが生まれるのを感じた。
黒色の毛並みに、しなやかな流線型のフォルム。それだけなら普通のオオカミと変わりはないが、彼らの額に生えた鋭い角と、対峙する冒険者たちと比較しても明らかに大きいその体は、それが間違いなく魔物であることを示している。
「どうしてこんな所に……」
冒険者たちと、対峙する2匹の魔物はお互いをにらみ合っていて、まだこちらには気付いていないようだった。
助けに入らなければマズイ。それはすぐに分かった。
3人のうち一人は手負いで、残りの二人も装備を見るに駆け出し。あれは、駆け出しが1対1で向かい合っていい魔物じゃない。このままだと、きっと彼らは……
頭の中の冷静な部分はそう一瞬で判断を下し、彼女に決断を迫ってくる。
ただミハルには、自分があそこに入ってどうにか出来る未来が、全く浮かばなかった。頭に浮かぶのは、初めて受けた討伐依頼のこと。予期せぬ魔物の乱入、こちらを睨みつける刺すような殺意、べっとりと鎧についた仲間の血、冷たい手足、冒険者、仲間、助けなくては。ぐるぐると色々なことが頭の中で周り、その場から一歩も動けない。
そんな彼女の怯えに、気づいたわけでもあるまいが。
ヴェアウルフのうちの一体が、ぐるりとこちらに頭を向ける。
気付かれた。この距離で見えるはずもないのにーー記憶の中の真っ黒な瞳が、じっとこちらを睨みつけているのが分かる。
ダッ、と。
ヴェアウルフがこちらに向かって、いきなり全速力で駆け出す。
30、25、20メートル。
その距離まで近づいて、微かに開いた口からのぞくキバの、ぞっとするような鋭さを見て。
やっと、体を縛っていたものが解ける。吹く風の中にまざる草のにおい、腰のベルトにかかったナイフの重さ、そして何より目の前まで迫った魔物の存在が、スローモーションの世界の中で急激にリアルに知覚される。
ベルトにささったナイフを、右手で引き抜く。
魔物が、走ってくる勢いそのままに飛び上がった。
振りかぶったナイフと、魔物のツメが交錯する。
「痛ったー!!!!」
なるべく姿勢を低くして受け流したのにも関わらず、腕にしびれるような衝撃が走った。
ヴェアウルフはミハルの後ろに着地した後低くうなり、もう一頭の仲間の近くへと駆け戻っていく。
いやもうマジで無理、私帰る、彼らだって冒険者なんだし、自分で何とか出来るでしょ!!っていうか、絶対骨にヒビとか入ったし!!
心の中で高速の泣き言を垂れながら、その動きを追って視線を動かした、その先で。
ミハルは、いつの間にかこちらを見ていた女の子と致命的に目が合ってしまった。顔いっぱいに浮かぶ心配と不安と、何より縋るような目線。それが、孤児院の妹たちと同じくらいの年齢の、まだ幼さが残る顔立ちに浮かぶのをはっきりと。
「あっ……」
思わずもれたのは、自分の声だったか、その女の子の声だったか。
じんじんと痺れる腕と、さっきからずっと震えが止まらない脚。
それらを確認したうえでーーミハルは覚悟を決める。
ナイフは構えたまま、背中に背負ったままだったカゴをどさりと落とした。
中に詰まっていた薬草が、足元にこぼれ落ちる。
「貴方たち!!奥の一頭を押さえてて!手前の一頭を私がやる!!」
声が震えていることは自覚しながら、なるべく自分が頼もしい冒険者に見えることを祈る。
「っ、はい!!」
少年がそう叫び返すのが聞こえたが、そのときにはミハルの視線はもう魔物の方へと向いていた。
先ほどミハルに飛び掛かった一頭は、ちょうどミハルと冒険者たちの中間くらいの位置で、こちらを睨みつけている。
「やるっていってもねぇ……」
なんたってこっちは、討伐実績:スライム(手のひらサイズ)である。ギルド公認の、安心と信頼の『例の草の子』だ。
「それでもまぁ、やるしかない。やるしかないんだけどさ」
久しぶりの「冒険」に、ミハルは熱に浮かされたように思考を続けていく。
自分の攻撃手段はナイフだけ、魔法は……あるにはあるが、アレは今の状況では全く役に立たないので除外。後の選択肢は……
そう思案しながら、無意識のうちに一歩下がろうとして。つるりとしたものに足を取られて、ミハルは転びそうになる。慌てて足元を見れば、そこにあるのは先ほどこぼれた薬草の山ーーその中に混ざる「粘草」と呼ばれる薬草だった。
新鮮な状態では、強いぬめり気を帯びることで知られているその薬草を見て、ミハルの中にひとつのアイディアが生まれる。
視界の奥では、三人の冒険者たちが魔物と向かい合っている。あまり迷っている時間はなかった。
こちらを睨みつけるヴェアウルフから視線を外さぬまま、足元の薬草の山から粘草だけを探し出し、急いであたりに散らす。
大丈夫、多分気づかれてはない。
でも本当にこれでいけるのか、もし失敗したら……
「こっちだ!!かかってこい!!」
恐れを押し殺して叫ぶと同時、ミハルはヴェアウルフに背を向けて駆ける。
3歩、5歩、7歩。振り向くと、もうすぐそこまで魔物は迫っていた。
跳躍のため、魔物がさらに姿勢を低くする。ミハルの仕掛けまで、もうあと少し。
「来い……!!」
今にも飛び掛かろうとしていた魔物の体が、何かに足を取られたように前に倒れる。
そのまま草の上を滑ってくる魔物の体。それを”どう”するのかまでは考えていなかったミハルは、夢中でナイフを振り上げてーー魔物の首に突き刺した。
「ヴォッッ!!」
叫び声をあげて、魔物が腕を振り回す。爪が当たったのか、足にするどい痛みが走った。それでも、さらに深くナイフを押し込む。
振り回される魔物の手足が、段々と力を失ってくる。
そのまま魔物の抵抗は弱くなっていき、やがて動きを止めた。
「はぁっ、はぁっ」
荒い息をつきながら、自分が今殺したそれを呆然とながめていたミハルはーー自分の目的を思い出し、奥の冒険者たちの方に目を向ける。良かった、多少の傷は負わされたようだが、3人とも無事に立っている。
そして彼らと向かい合っていたヴェアウルフの視線はーー仲間を倒したミハルの方に向けられていた。
差し込んだナイフはすぐには抜けない、今来られたらもう戦う手段はない。
じっとこちらを見ていたヴェアウルフは、しかし体をひるがえすと、逆方向に駆け出していく。
それが視界の外へ消えるのを見送ったミハルの体から、一気に力が抜ける。
しかし本来の目的を思い出し、冒険者たちの方へと駆け寄った。
「大丈夫っ⁈」
「はい!その、本当にありがとうございます!!」
こちらに深々と頭を下げる女の子の頭で、ぴこりと狐の耳が揺れていることに今更気づいた。
もう一人の剣を構えていた男の子は、わき腹をやられていた男の子に包帯を巻いていた。出血の度合いからして、ひとまずは大丈夫だろう。
魔物を倒して感謝されるという初めての経験に、さっきまでとは違う方向の緊張が湧き上がってくるのを感じたがーーけが人がいるのに、ここでさよならというわけにもいかない。
こちらに気づいた男の子が、もう一人に肩を貸しながらこちらにやってくるのを見て、ミハルは口を開く。
どうせなら精一杯カッコつけて、でも嚙まないように気を付けながら。
「私はミハル、せめて街道に着くくらいまでは送るわ。あなたたちの名前は?」
本日の成果
・討伐実績:ヴェアウルフ1頭
・新人冒険者3人に懐かれた
次回
ミハルが、今回の異常事態に関して、森での調査依頼に巻き込まれる
制約:一緒に同行する3人の冒険者を、絶対に忘れられないキャラにする
(次の短編で、主人公として描くため)
異世界のぞき見珍道中 @kazukazu824
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