第八話(エピローグ)

 最後の歌は大合唱になった。すぐにカレーの空き皿がカウンターの前に山積みになる。

全員が肩を抱き合い、歌の合間にビールをあおる。腕を組んでビールを飲む騎士団と銃士隊の若手、お行儀よくビールを飲む会計課や総務課の人たち──魔法院の事務方は一般にひどく真面目だ──、次々と空いていくビアジョッキの山。

 リリィも大いに楽しみ、アンコールの声に『遠くの国から来た少女』、さらに『ライ麦畑とポニー』、『箒のポルカ』や『アップルパイの歌』まで歌ってしまった。

 さすがに疲れた。

「じゃあ、これを本当に最後の曲にします。最後にもう一度、『一杯、二杯じゃ物足りない!』、みんなで歌いましょう!」


 リリィが歌い終わっても合唱し続ける観客に囲まれながら、リリィはダベンポートの隣に座った。いつのまにかに気を効かせた誰かが椅子を置いてくれたらしい。

 ダベンポートの左腕に腕を回し、肩に頭をもたせかける。

 なんか大胆。だけど今日はいい、そんな気がする。

「よかったよ、リリィ。今日は特に楽しそうだったね」

 笑顔でダベンポートがリリィの艶やかな頭を撫でながら労う。

「はいッ! 今日はとっても楽しかったです!」

 リリィはダベンポートの肩に頭をもたせたまま、にっこりと笑った。

「いやあ、堪能しました。リリィさん、噂通り本当に天使の歌声ですね」

 ふいにダベンポートとリリィのあいだからリチャードが顔を出した。

「これなら先代もさぞかしお喜びのことでしょう。私もこれからちょくちょく顔を出しますよ」

「ああ、これからは僕もここで夕食を取るようにしようかな」

 とダベンポート。

「でも、たまにはちゃんとおうちでも食べてくださいね」

 冗談めかしてリリィが言う。

「そりゃもちろん。リリィが家にいる時は当然二人と一匹で食事をするさ。でもリリィが店に出ているときはこちらで食事をすることにする。それならいつも通りだろ?」

「そうよ、リリィちゃん。旦那様をちゃんと大切にしないとね」

 ビールのハンドポンプにもたれながらサンドリヨンがウィンクを飛ばしてくる。

「はいッ」

 思わず笑顔が溢れる。

 一方のダベンポートは新たな謎を発見してにんまりしていた。

 リリィを巡って口論になった時、なぜか『パシフィズムの結晶』はまったく効果を発しなかった。

(これは一体どうしてなんだろう)

 と、ふいにダベンポートはグラムにぐいと引っ張られた。

「おい、ダベンポート、リリィちゃんを独り占めするなんてずるいじゃないか。お前もこっちに来て一緒に歌え!」

 グラムはすでにベロンベロンに酔っ払っているようだった。

 騎士団と銃士隊はひとかたまりになって浴びるようにビールを飲んでいる。

 ダベンポートはグラムに手を引かれて無理やりその輪の中に引きずり込まれてしまった。

(ああ、そうか、恋煩いは闘争心とは違うのか。それじゃあ『パシフィズムの結晶』でも止められない。でもじゃあなんで今この連中はこんなに幸せそうなんだ? これはサンドリヨンの料理の魔力か)

 すぐにヒューが新しいエールをダベンポートの手に握らせる。

(いや、違うな)

 すぐにダベンポートが思い直す。

(これは、この店の魔力だ。この店は誰でも仲良くなるとても素敵な、でも不思議なお店なんだ)

「よしダベンポート、まずは歌うぞ!」

 ふいにグラムがダベンポートの首に腕を回してきた。

「いや待て待て待て、僕は歌はダメなんだ!」

 嫌がるダベンポートに構わず、騎士団と銃士隊が一斉に『一杯、二杯じゃ物足りない!』を歌い始める。

「♪ビールを一口、すかさず二口、みんなでビールをどんどん飲もう! いつかは彼女に出会うため! そしていつかは結婚しよう! 一杯二杯じゃ物足りない……」

 店内ががなり声で充満する。

 居心地の良かった椅子から引きずりだされ、気がつくとダベンポートも合唱の渦に巻き込まれてしまっていた。

「おいおい、勘弁してくれよ……」

 それでもダベンポートが歌い始める。

 ひどく単調な、そして低い声で。


 結局、カフェ・シンデレラから聞こえる歌声は夜明けになって全員が酔い潰れるまでいつまでも風に乗り続けていた。


──魔法で人は殺せない 第21話:カフェ・シンデレラ 完──

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【第五巻:事前公開中】魔法で人は殺せない21 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

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