裸の勇者の伝説。 ~異世界から来たという最強と謳われた勇者は、全裸でした。~
ヤマタケ
あいみょんの曲名をもとに思いついたんです、この話。
「ふふふふ、よく来たな、勇者よ」
外で吹雪がうねる魔王の城の最奥。玉座に座る、長身の女――――――魔王ステラは、ここまで来た勇者に対し、感嘆の笑みを浮かべている。
「よもや、わがしもべである魔王四天王をこうもたやすく倒すとは。さすが、神々のお気に入りと行ったところだな」
炎、水、雷、岩。四つの属性をそれぞれ得意とした四天王が歯も立たないとは。この男が、どれほどの強さであるかがよくわかる。
四天王一人で、この世界の大国を一つ、落とすことができるというのに。
「まあ、それだけの実力があれば、余と戦うこともできるであろう。せいぜい楽しませてもらうぞ?」
そう言い、ステラは魔王の装束を翻し、玉座から立ち上がる。そして、両手にそれぞれ、光と闇属性の凄まじい魔力を込めた。この魔力だけで、この城が吹き飛ぶほどの破壊力を秘めている。
「――――――時に、勇者よ」
そして、ステラは勇者をじろりと睨む。その視線が集中するのは、勇者の整った顔の、少し下の方。
「――――――貴様、パンツくらい履いたらどうなんだ?」
勇者の姿は、文字通り一糸まとわぬ姿である。表現に困るが、勇者の股ではむき出しの男性のシンボルが、ステラの魔力の風で微妙に揺れていた。
一方の勇者も、目を閉じてふっと笑う。
「――――――断る!!」
「いや、履けよ!!」
我慢できずに、ステラが魔力を解いた。その表情は、さながら生娘のごとく真っ赤である。
「気になるわ!! そんな……その、おち、おち……!! ペニスなんぞ、仮にもおなごに見せおって!!」
ステラは指をさして、やいのやいのと騒ぐ。ペニスなど、父親である先代魔王と一緒に風呂に入っていた時期から久しく、生で見ることなどなかったのに。
「……それは、あれか!? 装備なんぞなくとも、私を簡単に倒せるという、おちょくりのつもりか!?」
「いや。そんなつもりは一切ない。俺だって、お前ら相手には本気で挑まざるを得ないからな」
「だったらなんで素っ裸なんだ! ――――ええい、貴様なんぞに、魔力を使うのも馬鹿らしい!!」
ステラは、勇者に近づくと、両腕を上げて拳を構える。
「貴様なんぞ、力でねじ伏せてやるわ!!」
ステラの構えに対し、勇者も拳を上げる。ステラは知る由もないが、これは勇者の故郷の世界での、ボクシングという格闘技の構えだ。
(!! コイツ……)
構えた時点で、ステラにはわかる。
この男、はったりではない。
互いに距離を取り、間合いを測る。
そしてその間、ステラの視線は常に下を向いていた。
何を狙っているのか、勇者には手に取るようにわかる。
「――――――――はああっ!!」
ステラは素早く飛び出すと、素早い拳を繰り出す。
連打される拳に、勇者は腕のガードをがっちりと固めた。
(……かかった! これで、気づいても防げまい!!)
その一瞬で距離を取り、ステラは右足を大きく振り上げる――――――。
グシャアッ!! という鈍い音が、魔王城の玉座の真に響いた。
ぽたぽたと、勇者の股部分から血がしたたり落ちる。
だが。
「―――――――え?」
潰れているのは、蹴った方のステラの右足だ。足の甲から、血が滴っている。
少し遅れて、ステラの脳に骨折の激痛が襲い掛かってきた。
「――――――ぐああああああああああああああ!!? ば、バカな!?」
足を押さえてうずくまる直前、勇者の股間を見た。
彼のペニスは、蹴られて潰れるどころか、一切の腫れなどもない。いたって通常の状態だ。あり得ない。父親の先代魔王だって、股間を蹴ったら悶絶していたのに。
ふと気配がして、上を見上げる。そこには、右こぶしを振り上げた勇者の姿があった。
(しまっ……避けられな――――――)
勇者の振り下ろされた右ストレートが、ステラの顔面に突き刺さる。吹き飛ばされたステラは、意識が寸断されそうになる。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああ!!」
だが、足の激痛が、彼女の気絶を許さなかった。
「ぐっ……こんな、奴に……!!」
負けられない! その決意のもと立ち上がろうとするが、今のパンチの影響か、足が言う事を聞かない。踏ん張りがきかず、膝も笑っている。立ち上がろうとして、無様にこけた。
一方の勇者は、全裸のままファイティングポーズをとっている。やる気は十分らしい。
(どうする!? 金的も効かないというなら、他の部分はより頑強!! 魔力込みでもダメージが入るかどうか……)
一番もろい部分であろう金的で、まさか自分の足が潰れるとは。どんな肉体の強度だ。
こいつは、間違いなく強い。全裸だけど。今まで戦ってきた中でも、最強だ。全裸だけど。
「――――――だが、私だって諦めるわけにはいかん!! 魔王として、この世界の神と戦わなければならないのだから!!」
ステラは、自分もファイティングポーズをとる。勇者は驚いたようだったが、構えを解かないまま、じりじりと距離を詰めてくる。
(負けん、負けん、負けん、負けん!!)
こんな全裸の男なんかに、負けるわけにはいかないんだ!! 神々との戦いを起こし、無念のうちに死んだ、先代魔王のためにも――――――!!
ステラと勇者の、拳が交差する。互いの顔面に拳が刺さるが、ダメージが大きいのはステラの方だった。膝の力が抜け、崩れ落ちる。
(まだ、まだ―――――――っ!!)
それでも必死に立ち上がろうとするステラの姿に、勇者にも変化があった。
ぽたりと、彼の顔から液体が垂れる。
それは、涙だった。
「……嫌だ」
「――――――何?」
勇者の顔からは、涙と鼻水が流れ落ちていた。
「……もう、女の子を殴りたくなんてない――――――!!」
魔王を倒すために、異世界から召喚された勇者。
彼は、一人の男であり、プロボクサーであった。
*********
気が付いた時には彼は全裸であり、目の前にはほぼ裸の美しい女の人がいた。彼女は、自分を女神だと言った。
「あなたは死にました。もう元の世界には戻れません」
いきなりそう言われ、絶望に叩き落とされた。プロボクサーとして、試合をして、ゆくゆくは日本、いや、世界を背負うボクサーになろうという、そんな時に。
「……ぼ、僕は、どうなるんですか」
「……普通なら、輪廻転生し、来世を生きるのです。ちなみに、あなたの来世はイソギンチャクですね、あなたの世界で言うところの」
「い、イソギンチャク!? 嫌です、そんなの!!」
勇太が必死そうにそう言うと、女神はにこりと笑った。
「大丈夫ですよ。生き返りはできませんが、あなたの魂を別の世界に移動することができます。いわゆる、転生というものですね」
「ほ、本当ですか?」
転生は、漫画やアニメで見たことがある。何をバカな、と思っていたが、実際こうなるとありがたい。イソギンチャクよりはマシだ。
「い、行きます!! 異世界に!!」
「そうですか。でも、ただで、というわけにはいきません」
「え、何ですか?」
「ふふふ。……わかるでしょう?」
女神はそう言うと、薄い自分の纏っていた布をすとんと落とす。そして、舌なめずりをした。
「……へ?」
「もとより、別の世界に行くには、別の世界の要素――――――つまり、私を、あなたの魂に混ぜる必要があるんですよ」
女神はそう言いながら、にじりにじりと勇太に近づく。その表情は、恐ろしいと思う微笑に満たされていた。
「大丈夫。――――――おとなしくしていれば、すぐに終わりますからね?」
「え、えええええ―――――――」
そうして、女神の力を宿した勇太は、この世界へと転生してきたのだ。
*********
「……僕、初めて、だったのに……なんかもう、気絶するまで止めてくれなくて――――」
勇太はあの時の恐怖を思い出して、さめざめと泣いていた。自分の上に乗った女神の表情は、今でも夢に見てうなされる。
「あー……そういえば、あの女神、そんな性癖があるって、父上が言ってたな。若い男を好き好んで食う、とか。アイツの神殿、若い男しかいないって」
泣き出してしまった勇太により、戦いは中断された。というか、戦いという雰囲気ではなくなってしまったのだ。まあ、ステラもボロボロだったし、願ったりかなったりではあったが。
「気が付いた時には、この世界に来ていました。でも、最初からもう、こんな恰好で」
「なんか履こうとは思わなかったのか?」
「思いましたよ! 裸じゃ、町なんて入れないじゃないですか!! でも……」
「でも、何だ」
「……襲わないでくださいね?」
勇太はそう言って、玉座の近くにあったステラの剣を握る。
それと同時に、勇太の身体が急にしなびて、倒れた。
「お、オイ!? どうした!?」
倒れている勇太が、プルプルと剣を握る手を離す。
その瞬間、勇太の身体が再び膨れ上がり、元の健康で筋肉質な身体に戻った。
そして、むくりと起き上がる。その顔色は悪い。
「……どうやら、僕は呪いを受けているようで」
勇太は恨めし気に、転がっている剣を眺めた。
「僕は何かを装備すると、一気に弱くなってしまうようなんです。逆に、何にも着ていないとすごく強くなって……」
「じゃあ、お前が全裸なのは……」
「ええ。服なんか着ようものなら、歩くこともままならないですよ」
「あの、変態女神……!!」
仮にも力を貸してもらう立場だというのに、なんという能力を与えているのだ。
「……ん? じゃあ、まさかお前、この吹雪の中、裸で来たのか!?
「吹雪どころか、火山地帯や毒の沼地だって、全部裸ですよ」
「嘘だろ!?」
そんな強靭な肉体なのか。それなら、あの戦闘能力も頷ける。
「……しかし、人間の国の連中は大変だな。こんな奴が勇者だとは」
「……人間の国に、僕の居場所はありませんでした」
「何?」
勇太の顔に、陰りが浮かぶ。
「裸じゃ、町の中にも入れない。仕方なく服を着て、動くのも辛い身体を引きずって王様のところまで行こうとしても、僕が勇者なんて誰も信じてくれなかった」
「まあ、貧弱野郎が魔王を倒すなんて、普通は信じんよな」
「かといって、人前で脱ぐなんて、僕にはできなかった。……なんで、脱がなくちゃいけないんですか。人前で裸なんて、死ぬほど恥ずかしいのに……!!」
つらい記憶だったのだろう。勇太は再び泣き出してしまう。
「お、おい、泣くなよ……」
羞恥心を感じていないわけがなかったのだ。きっと、ここまでの旅路も、人に見られないように必死にやってきたのだろう。その神経のすり減らしようは、先の戦いなど比べようもなく困難で大変だったはずだ。
「僕だって、色々試しましたよ。せめて股間くらい隠せないかって。でも、ダメでした。葉っぱ一枚で隠しても、身体は貧弱になってしまって……」
何より勇太を苦しめたのは、貧弱になる瞬間と、元に戻る瞬間だ。急激な肉体の変化に、身体が拒絶反応を起こし、強い嘔吐や下痢に襲われる。
「こうなったのも、魔王のせいだ。魔王を倒せば、元に戻る。そう信じて、ここまでやって来ました。でも……僕には、できませんよ。魔王とはいえ、女の子を殴るなんて。そんなの、ボクサーじゃない」
ボクシングを始めたきっかけは、強い男になりたかったから。強い男になりたかったのは、幼い妹をいじめっ子から守れなかったのが悔しかったから。
勇太の戦うきっかけは、「女の子を守るため」にある。それが、魔王であるステラを殴ることで、勇者の使命をへし折ってしまったのだ。
「帰りたいよ……帰って、妹に会いたい……家族に会いたい」
勇太は、そのまま疲れ果てて眠ってしまった。涙の跡を残して眠る勇太の顔を、ステラはじっと見つめていた。
「……おい、誰かいるか」
ステラの声に、よろよろと見覚えのある筋骨隆々の男が現れた。魔王軍四天王の一人、炎を司る――――――。
「ああ、お前か。生きとったのか」
「はあ、他の者も、殴り倒されてはいますが全員生きています。勇者は……」
「こんな奴とは戦っておれん。こいつをベッドに運んでやれ。起きたら風呂にも入れて、飯を腹いっぱいに食わせろ」
「は……?」
「たった今、我々魔王軍は勇者と同盟を結んだ」
ステラは、そう言い、大きく身体を伸ばした。そして、隠れてうずくまるように眠るのが習慣になってしまった、勇太の姿を見やる。
「……まるで赤子よな」
母親のようなステラのまなざしに、魔王軍幹部は目を白黒させるばかりだった。
*********
それからステラは、速やかに人間と和平を結んだ。
魔王軍による侵略行為を行わず、資源の共有、貿易を条件とし、あることを徹底させる。
それは、女神の神殿の破壊であった。女神の力の源である信仰を、徹底的に弾圧させる。
教会の偉い連中は黙っていなかったが、息子を手籠めにされた母親たちの内なる怒りは、ステラに共鳴した。結果、大規模な宗教改革が行われ、女神はやがて、歴史の中で子供を食らう邪悪な魔王として知られるようになった。女神としての影響力を失い、世界にある彼女の力は弱まっていった。
そもそもとして、魔王が人間と争っていたのは、資源の奪い合いだ。
それを失くせば、争う理由などどこにもない。それでも、争い続けていたのは、何と愚かなことか。
そして、争いが集結して10年後。
元魔王・現魔族国家大統領であるステラは、人間の男と結婚した。
花嫁姿のステラを、微笑ながら迎えるのは。
白い花婿姿に身を包んだ、皇勇太である。
裸の勇者の伝説。 ~異世界から来たという最強と謳われた勇者は、全裸でした。~ ヤマタケ @yamadakeitaro
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