異世界バーガー狂騒曲

橘 永佳

第1話

「ハンバーガーとか食いてえな」


「な」


 ボソッと呟くダイチにシンヤがうなずく。

 対して、リコはいわゆるゴミを見る目になった。


「いやさ、ひっっっさしぶりに日本の食い物食べたらさあ、やっぱ色々思い出すわけよ」


 リコの冷徹な視線に腰が引けながらも弁明するダイチ。同じく逃げ腰のシンヤも、必要以上に大きく頭を振った。


「そうそう、こっちの料理がどうとかじゃないんだ、お馴染みの味が恋しいというか、ね」


 手振りを加えて同情を求めるシンヤへ、お情けの欠片もないリコの一言が返される。


「そのあまりに街を半壊にしたわけだ?」


「「うっ」」


「ラダの街は当分まともに機能しないそうよ。あの国の主要な交易都市だから、周辺まで影響が出てるわね。ギルド長のギースさんが頭を下げて回ってたのをもうお忘れかしら?」


「「ぐはっ!」」


 さすがに罪の意識がばっちりとあるシンヤとダイチは、もうぐうの音も出ない。

 その2人を半目で一別して、リコが「ふんっ」と鼻であしらった。


「自覚があるんだったら、この仕事をきっちりこなしなさい」


 はいと返事をする気力も刈り取られて、シンヤとダイチは首と方をがっくりと落とした。


 異世界から召喚された3人はそれぞれ称号持ちの猛者にまで成長したが、元々はただの高校生。人格まで一気に成長するわけではなく、先日盛大にやらかして大都市を半壊させてしまい、その代償として強制労働中なのである。


 課されたミッションは、世界樹を中心とするシルヴァリエ大森林で異常発生している魔獣の殲滅。

 この大森林自体がエルフの統治エリア、つまりは国家と同等なので、他国からの救援依頼に応じた派遣というわけだ。


 今日で野営2週間になる。ダブルホーンボアやらブルーロックリザードやらデスバットやら、中級~上級クラスの魔獣をひたすらに狩って狩って狩って狩って、ようやく落ち着きが取り戻せてきたような感じだった。

 とは、エルフ側の同行者兼案内人の美女オフィーリアの談である。


「いや、しかし、今この近辺に魔獣の気配は感じませんし、お三方のおかげで森の生態系もかなり平常時まで近づいたかと思います。もう一息ですよ、シンヤ殿、ダイチ殿」


 その容姿同様に穏やかで優しいオフィーリアのフォローに、2人が救い主を崇めるように見返した。


「ありがとうございます……」


「後光が差して見えるわ……」


 その2人を横目に捉えつつ、もう一度「ふんっ」と息を吐き捨てるリコ。

 その様子に、オフィーリアから「リコ殿も損な役割をされておられますね……」と同情されて、リコはため息混じりに「ありがとうございます……」と返した。


「この調子なら明日か明後日には一度街へ戻っても良いかと思います」


 索敵能力に関してはS級のオフィーリアの言葉に、3人の顔が綻んだ。


「よっしゃ、正直このレーションにも飽きてきたところだしな」


 ダイチが嬉々として口を滑らし、リコが「ちょっと失礼でしょ!」と慌てる。

 野営中の食糧、エルフ側から提供されるレーションは、様々な木の実などを砕いて混ぜているので栄養バランスは良いのだが、要するに固めたパンのようなものだった。

 エルフにとっては普通の食事らしく、オフィーリアが「うーん、他の種族の方には不評なんですよねぇ」と苦笑する。


 シンヤが慌てて口を挟んだ。


「いや、これはこれで美味しいですよ。ちょっと味に変化が欲しいだけで。肉でも挟めれば――」


「そうそう、挽き肉にして焼いて挟んで、なあ?」


 ダイチが乗ってくる。シンヤもテンションが上がる。


「で、ソースたっぷり乗せて挟んで」


「それな! あのソースがキモだしな!」


「だよな! アレがないとビッ○マッ◇にならないよな!」


「あ、そっち?」


「え?」


「いや、そうそう、あのソースじゃないとな」


 テンションがずれたことにシンヤが一瞬拍子抜けしたが、ダイチがすぐにノリを戻した。

 その上で小首を傾げる。


「つか、あのソースってどう作るんだろ?」


 言われたシンヤも首を捻る。


「さあ? そう言えばそうだよな」


「やっぱソースが再現できないと意味なくね?」


「うーん、確かに……」


 悩み出した2人にリコは完全に呆れていたが、完全に蚊帳の外のオフィーリアがリコへ助けを求めた。


「リコ殿、あのソースとは何なのですか?」


「えっと、挽き肉を円盤状に成形して焼いたものをパンで挟んだハンバーガーという料理がありまして。それに使われるソースの一種です。色々なハンバーガーがあってそれぞれ特色があるんですけれど、2人が言ってるのはソースがポイントなんですよ」


「貴重な材料を使っているんでしょうか?」


「いえ、私たちの世界でなら普通に手に入る材料だとは思うんですけれど、作ったことはありませんので……多分マヨネーズをベースにマスタードとかケチャップとか混ぜるんじゃないかなぁ……いや、ケチャップは使わないかも?……」


 後半は独り言になっていったが、しっかり全部聞いていたオフィーリアがさらっと言う。


「マヨネーズにマスタード、ケチャップならレシピはありますが」


「「「………………」」」


 オフィーリアへ視線が爆縮。


「「「あるの!!?」」」


 3人の食いつき具合に引け腰になりつつも、オフィーリアはうなずいてみせる。


「は、はい。私たちはあなた方よりも長命ですし、やや学者気質の強い種族でもありますので、これまでの召喚者の方々の情報も収集して記録していますから、たぶん再現できますが……」


「「ぃよっしゃぁぁぁああああ!!」」


 テンション爆上がりになるシンヤとダイチ。

 しかし、続く言葉がその2人を打ちのめした。


「マヨネーズはダメです」


「「何でえっ!!?」」


 シンヤとダイチに食いつかれても、今度は引かないオフィーリア。


「生卵を使うなんて危ない、食中毒になるじゃありませんか」


 硬直するシンヤとダイチ、一方でリコは「あー……」と納得した。

 そのリコの様子に気づいて、2人が振り返って目で問い質す。


「こっちの世界でもサルモネラ菌みたいなのがあるってこと。マヨネーズを自家製するときなんかは十分注意するようにって聞いたことあるよ」


 シンヤとダイチは口をあんぐりと開いたまましばし固まり、そのまま見つめ合ってから、頭を抱えて「「ぬおおおおおお」」と身悶えし始める。

 直前に天へ突き上げられてから叩き落とされた期待感の乱高下に、年相応の、いや若干幼児化したように見えるほどに裏表のない悔しがり方を披露する2人。


「まあ、神鳥や霊鳥の卵でもあれば心配ないんでしょうけれど」


 あまりの様子(惨状)に同情したオフィーリアが苦笑混じりに言い、リコが何気なく聞き返した。


「神鳥や霊鳥って、実在するんですか?」


「あ、いますよ? 例えば、この森の世界樹の頂点にはグリンカンビという神鳥様がおられます。概念上の存在ではなく、ある種の種族として存在するんです。よく通る鳴き声で夜明けを告げて下さるんですよ。今は番でおられる頃ですね」


 自慢げに少し胸を張るオフィーリアに、リコは「へー」と純粋な感動がこもった相槌を打った。


 が、残る2人は不純を通り越してもはや邪だった。


「シンチョウガイル……」


「ツガイ……タマゴ……」


 ギンッと剥いた眼がギラリと光る。

 ホラー映画のゾンビのパロディのような動きで、ゆらあっと薄気味悪く立ち上がるシンヤとダイチ。


「あ! ちょ――」


 リコが気付くも既に遅く、シンヤとダイチは爆発そのものの勢いで飛び出した。


「「トリィィィィィィ!!!」」


 目標の世界樹はこの大森林の中心にある。しかし、森林とはいえ国家並の規模を誇るシルヴァリエ大森林は最大直径2000km、4人が野営していた場所からでも500km以上離れている。

 また、狩りまくられて激減したとはいえ、未だに魔獣たちが通常よりも大量に跋扈している。

 ちなみに、この大森林は、元々“白銀の大魔境”の異名で知られたりしている。そこでさらに魔獣が大量発生していた状況だったのだ。


 要するに、即死レベルの危険地帯なのである。2週間全力で狩りまくって、それでもなお。


 この2人以外にとっては。


「惑え幻灯――妖炎・赫月渦ぁっ!」


 ダイチが振り抜いた刃の軌跡上に3つ、両手で抱えきれない程度の大きさの火球が現れる。

 表面にいくつもの渦が巻いていて脈動感があるが、奇妙な透明感もあって、『炎』というよりも『灯』のような印象だ。


 が、威力はそんな幻想的なものではない。

 短距離瞬間移動にしか見えない高速移動で、その軌道上の全てを瞬時に焼き切る。

 もはや、火球は『現実』を抹消する消しゴムツールだ。


 そして、狂乱したエディターと化したダイチが、シンヤの肩の上へと飛び乗った。


「雷速同期――サンダライズぅっ!」


 シンヤの体内に電気だけで構成される脳および神経回路が生成され、同時に筋肉骨格に大幅なバフがかかる。

 化学物質による伝達がないので処理速度が飛躍的に上昇、本来人間では追いつけない速度の世界でさえも、シンヤの目にはスローモーションになる。

 その世界の中で、シンヤが全力で駆けた。ダイチを担ぎながら。


 その結果。


「も、森がああああああっ!!?」


 オフィーリアが叫ぶ間に、瞬時にして消去されていく木々と魔獣たち。

 500km超の距離が見る間に詰められていく。


 救いを求めるようにオフィーリアが振り返る。

 ただ肩をすくめてため息を吐くのみのリコ。


「あーもう、あのソースは分からないって言ってるのに」


「そんな場合ですか!?」


「あ、ケチャップを再現できるんならトマトっぽいの有るんですよね?」


「え? ありますがあああそれどころじゃあああ!?」


 オフィーリアの返事が絶叫とごっちゃになった理由は、音速の20倍近い速度で進む『現実抹消消しゴム』が世界樹目前まで迫ったからだ。


 次の刹那、世界樹の頂点で眠っていた神鳥グリンカンビは、ただならぬ気配にカッと目を見開いた。


 その目前に、打ち上げられたかのように舞い上がる影。

 夜空の月を背負い、赤い月を3つ従えるソレは、胴が妙に長い。

 

 頭の位置にある顔の目が赤く、禍々しくギラつき、周囲には炎が生きているみたいに踊る。


 胴体の真ん中にある顔の目が金色に、刺々しくギラつき、体からは雷がバチバチと飛び散っている。


「トリハイネェガァァァアアア!!」


「タマゴオイテケェェェエアア!!」


 ――その時に響き渡ったグリンカンビの絶叫は永くエルフたちに語り継がれることとなる――


「ゴッ!? ゴゴゲヱェヱヱゴッッッゴォヲヲヲェアオオオ…………」






「「うっま!」」


 世界樹の頂点から肩を落として帰ってきた2人を待っていたのは、アルカイックスマイルを漂わせるリコと、その手が差し出すハンバーガーだった。


 我に返ったシンヤとダイチが目の当たりにしたのは、神鳥が恐怖のあまり逃亡し、タマゴもない巣と、自分たちが切り開いてしまった森の惨状だった。


 さすがにやらかしたことを痛感し、当社比80%に縮んでいたが、肉汁滴る分厚いパティとたっぷりのソースを挟んだバーガーは2人を瞬時に原状回復した。


「ミートソースたっぷりにトマトとタマネギがいいね!」


「俺、実はコッチのが好きなんだよな」


「そうだったのか? ダイチ」


「でも、よく作れたなコレ?」


 盛り上がりつつも壊れたテンションからは復帰しているダイチが首を傾げた。

 ダイチとシンヤの視線を受けて、リコが穏やかに答える。


「これはレシピ調べて作ったことがあったから。ホントはこれにもマヨネーズは挟むんだけど、ミートソースのインパクトとトマトとタマネギがあればそれっぽくなるでしょ?」


 満面の笑みで「なるなる! すっげえ美味ぇよリコ!」と夢中で頬張るダイチに対して、ダイチの好物をわざわざ『レシピ調べて作った』ことに、察したシンヤ。


「リコ――」


「黙れ」


「アッ、ハイッ」


 刹那、この森の魔獣全てを寄せ集めたよりも凶悪な殺気をぶつけられたシンヤが、腹話術の人形のように応答した。

 一人平和なダイチが、しかし、ばつの悪そうにリコを窺う。


「あー……でも、今回は怒らねえの?」


 ダイチへの返答も、リコは柔和な笑顔のままだった。


「今回は私の役割じゃないから」


「「へ?」」


 意味が分からず、反射的にリコへと顔を向ける2人。

 そのリコの背後に、ゆらりと立ち上がる影があった。


 いつも通りの、穏やかで優しい笑顔のオフィーリア。

 その後ろには憤怒相の不動明王が浮かんでいる。


「お二方、族長よりお話があります」


「「アッ、ハイッ」」


 2人とも人形となった。



(了)

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異世界バーガー狂騒曲 橘 永佳 @yohjp88

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