世界の真実

権田 浩

世界の真実

 古城の広間に辿り着いた男は目の前の闇を見据えていた。魔王を討つと誓って村を出た彼は、数々の冒険を経て、いつしか勇者と呼ばれるようになっていた。


 雷鳴が轟き、大きな窓から差し込む閃光が闇を暴く。玉座にいるのはローブ姿の男だ。人間のような形をしているが肌は漆黒で目は赤く輝き、背中にはコウモリに似た翼がある。座したまま、隙だらけだが、罠かもしれないと勇者は訝しんだ。


「よくぞ人の身でここまでたどり着いた。お前には世界の真実を知る権利がある」


「問答無用」と剣を構えた勇者に、魔王は手を伸ばした。「まずは話を聞け。俺を殺すのはその後でもできる」


 構えを解きはしないが、襲いかかっても来ない勇者を見据えながら魔王はゆっくりと語り始める。「……かつて、ウル=サリクという町に一人のコソ泥がいた。その日暮らしの小悪党だが、ある時、遺跡を探索するという冒険者の一団に雇われた。冒険者といっても怪物退治をする便利屋ではない。当時は墓荒らしや遺物泥棒といったほうが正確な生業だった」


 何の話をしているのか、と勇者は眉根をひそめたが魔王は話を続けた。


「その遺跡には世界を一変するほどの力が眠っているという言い伝えがあった。もちろん、魔法など信じる者はいなかったが……ああ、そうだったな、当時は魔法など存在しないと思われていたのだ。さて、コソ泥の役割は先行して罠を見つけることだったが、冒険者たちにとっては使い捨ての罠避けでしかなかった。そして、そのとおりになった。ただしその罠は通路全体を崩落させる仕掛けになっていたから、後ろに控えていた冒険者たちも巻き込まれた」


 雷光が広間を白く染め、向き合う二つの人影――魔王と勇者――を浮かび上がらせる。勇者は素早く視線を走らせた。伏兵の影は無い。この意味不明な話は注意を逸らすためのものではないようだ。ならば時間稼ぎだろうか?


「俺には運があって、やつらには無かった。地の底で冒険者たちは崩落した石の床に押し潰されて死に、俺は金貨の山に落ちたおかげで助かった。そうだ、そこには確かに世界を変えられそうなほどの金銀財宝の山があった。最初は大喜びしたが、そもそも穴の底からどうやって脱出するのか、という疑問が生じてそんな気持ちは消えてしまった。とてもよじ登れる高さではなかったからな」


 どうやら話に出てくるコソ泥が魔王本人らしい。そういえば、この地にはかつてウル=サリクという都市があったと、どこかで聞いたような。


「脱出に使える物はないかと財宝に埋もれた箱を片端から開けて回ったが、そのうちの一つが本物だった。本当に世界を一変させる力が封じ込められていたのだ。解き放たれた力はみるみるうちに俺の姿を変え、そしていまなお世界に影響を与え続けている。魔法とは、その力を利用する術に他ならない。こうして翼を得た俺は穴の底を脱出し、世界には魔法が生まれ、そして怪物が現れた」


 驚きに目を丸くしていた勇者だったが、気を取り直して剣を魔王に突き付ける。「それが本当だとしても、貴様が全ての元凶であることに違いはないだろう。罪の告白は終わりか」


「罪の告白か……そうかもしれん。財宝を使って城を造り、町を造り、怪物どもを受け入れたのは俺なりに責任を感じていたからだ」


「貴様がその箱から怪物どもを解き放ったのなら当然だ」


「違う。解き放たれたのはただの力だ。怪物は箱から生まれるわけではない」


「ばかな。では、怪物はどこから生まれると……」


 そこで勇者はハッとした。正解だとでもいうように魔王はうなずく。


「そうだ。俺と同じだ。怪物として生まれたものなど存在しない。やつらは箱から溢れ続ける力に曝されて変化した人間なのだ」


「うそだッ!」


 雷鳴でもかき消せないほどの叫びが広間に木霊する。ここに辿り着くまでに何匹もの、それこそ数えきれないほどの怪物を殺してきたのだ。それを真実だと認めてしまったら――。


「連中は浅ましい怪物だった! 人間性なんて無かった!」


「本当にそうだったか? 見ようとしなかっただけではないのか? なぜ怪物が人間の通貨や道具を持っているのか考えたことはないのか? 人間の姿をしただけの怪物などどこにでもいる。宮廷にも、都市の路地にも。王侯貴族、商人、庶民、人里で暮らせぬ者どもや冒険者……誰もが欲望を持って浅ましく生きている。それが外見に現れた者が怪物の正体だ」


「それは……」言葉に詰まった。それは真実だったから。


「ここまで世界の中心に近付きながら人の姿を保っていられたのは、お前の動機が純粋だったからだ。魔王を倒して世界に平和を、と本気で願っているのだろう。だが、そんなお前にも欲望はある。もっと強さを、もっと良い装備を、もっと金を……そのためにもっと効率よく怪物を殺す方法を。手段が目的に変わり、欲望は肥大化する。私からすれば、お前は人間の姿をしているだけの怪物だ。お前の力はもはや尋常のものではない」


「ちがうッ!」


 腰に力を溜め、剣先を前に、勇者は駆けた。雷の閃光が広間を照らすたびに魔王へと接近し、雷鳴の轟きとともにその腹へ剣を突き刺す。貫通した剣先は玉座にまで達した。ごふっ、と魔王が血を吐く。人間と同じ赤い血を。「……いま自分が、どんな顔をしているか、わかるか……」


 去りゆく雷光が勇者のぎらつく目と薄い笑みを闇に浮かべた。魔王を倒した。世界は平和になった。やつの戯言など忘れてしまえ。木の棒を手に旅立った故郷の村へ、勇者になどなれるものかと嘲笑した連中のもとへ、華々しく凱旋してやろう。魔王を倒した者にはどんな褒美でも取らせるぞと何人もの王が約束した。何もかもが手に入る。あの美しい姫君さえ。


「この玉座の下に、あの箱は、ある。ここが世界の中心――」


 魔王はこと切れた。勇者は剣の柄から手を離し、一歩、二歩と離れる。死した魔王の脚の間、玉座の下に箱が見えた。それでも、語られた真実が嘘だと証明する方法はある。燭台の一つを手にして、大きな窓へと近づく。遠雷の微かな瞬き。明かりに照らされて自分の姿が映る。


 そこにいたのは、浅ましい豚の顔をした怪物だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の真実 権田 浩 @gonta-hiroshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ