第4話 二度目の恋

 美波は何度も家で練習した綺麗な一礼をし、面接会場を出た。


 美波が面接を受けたのは以前、箱根で出会った春浦千聖の雑誌編集部だ。


 箱根以来は千聖に会っていないので今日の面接で会えるかもと少し期待していたが、面接官は千聖ではなかった。


 美波が一人エレベーターに乗っていると途中で止まり、人が入ってきた。


「え、千聖さん?!お久しぶりです!」

「たしかあなたは……箱根にいた美波ちゃんね。もしかしてここの面接を?」

「はい。私もライターになって同性愛者の人への理解が広がるような記事を書きたいんです」

「あの時私と会ったことでまさか美波ちゃんの将来が決まるとは思わなかったわ。そうだ、この後お茶でも飲みに行かない?」


 美波にとってまたとないお誘いですぐに承諾した。



 二人は近くの喫茶店に入り、千聖はブラックコーヒーと卵サンドイッチ、美波はカフェモカを頼んだ。


 美波が背筋を正して千聖を見つめているので千聖は思わずクスッと笑ってしまった。


「もう面接じゃないんだからリラックスしていいわよ。ここでのことは面接には関係しないわ」

「あはは……まだ面接モードが抜けてませんでした」

 美波は顔を真っ赤にしてカフェモカを飲み、気を紛らわした。


 二人は大学のことや千聖の会社のことを話した。


 しばらく話していると千聖は話題を変えて突然美波に質問した。


「美波ちゃんは今誰が好きなの?」

 突然の質問に美波はカフェモカを喉に詰まらせた。


「急過ぎますよ……」

「ごめんごめん。同性愛者ってことはどんな女の子が好きなんだろって。もしかして昔女の子が好きだったけど今はいない感じ?」

「はい。千聖さんと会った時はまだその子が好きだったんですけど今はその子結婚しちゃって、ずっと前に失恋はしてたのでいい加減諦めないとって思って諦めました」


 美波の表情は悲しげだが、どこか嬉しそうにしていた。


「美波ちゃん、本当にその子が好きだったんだね。その子が幸せになったことを心から嬉しそうに話すから」

「はい。その子、高校生の時から結婚した人のことが好きで、あっちから告白もされてたんです。でも夢のために今は付き合えないって判断してずっと付き合わずに、でも離れずにいたんです。そんな恋がやっと実ったんですよ」


 桜華のことを話しているうちに美波の顔はどんどん崩れていき、涙が止めどなく溢れていた。


 自分が同性愛者であることをたくさんの人に告白したが、桜華への想いを打ち明けたのはこれが初めてだ。


 今まで心にしまっていた想いを、誰ともできなかった恋バナを、美波は涙を流しながら、でも嬉しそうに話し続けた。

 千聖も最後まで相槌を添えて聞いてくれた。


「ごめんなさい。私だけ長く話しちゃって」

「いいのよ。恋バナって楽しいでしょ?」

「はい!」

「じゃあ今好きな人はいないんだ」


 美波は改めて考えてみた。

 知り合いの女性にこれと言って特別な感情を抱いたのは桜華だけだった。


 考えている時、ふと千聖と目があった。


 その瞬間美波の心拍数が上がり、先程まで目を合わせて話していたはずがまともに目も見れなくなってしまった。


 ――なにこれなにこれなにこれ……!!


 初めてではないが慣れないこの感覚に美波は戸惑いと動揺を隠せずにいた。


 そして正体不明の感情の決定打となってしまう、一つの答えに辿り着いた。


 ――もしかして私、千聖さんのことが……


「どっちー?いるの?いないの?」

 千聖がからかうようにニヤニヤした顔で美波を見つめる。


「い、います」

 美波はまだ、確証はないが口にしてしまった。


「へぇーどんな子?」

「それは言いません。というか千聖さんは、その、いるんですか?」


 もじもじと恥じらいながら聞く美波に千聖はあっさり答えた。


「今はいないかなー。あ、でも美波ちゃんかわいいよね。私のタイプよ」


 その言葉が美波にトドメを刺した。


「わ、私用事を思い出したので帰ります!お会計は私がするので千聖さんはゆっくりしててください!それじゃあ!」


 美波は顔を真っ赤にして荷物をまとめて慌てて会計をし、喫茶店を飛び出した。


「急にどうしたんだろ。でも奢ってくれたし今度は私がお礼しないとなー」

 何も知らない千聖はキョトンとした表情でサンドイッチを頬張った。



 二度目のこの感情。

 初めては高校一年生。

 あの時はいけない感情だと心の奥底に封印したが、二度目は違う。

 

 美波はこの感情を大切に心に閉まった。

 胸の高鳴りは美波に新たな道を示すように鳴り響いた。

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続・俺は平和な日常がほしい ムーンゆづる @yuduki8

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