第3話 決起
芹那はハルマと夕璃との打ち合わせを終え、編集長室に戻る途中に遥斗に出会った。
「お疲れ様です。芹那さん。今日は打ち合わせですか?」
「あぁ。『俺は平和な日常がほしい』の二巻の打ち合わせを今してきたところだ」
それを聞いた遥斗は嬉しい反面、悔しい表情を浮かべていた。
浮かない顔の遥斗を元気づけようと、芹那はある提案をした。
「遥斗、たまには二人で飲みに行かないか?」
「いいですね。お互い、溜まってる想いがありますもんね」
二人は出版社の近くの居酒屋に向かった。
二人が訪れた居酒屋はテーブルに鉄板が設置されていて、もんじゃや焼きそば、焼肉が焼けるようになっている。
日本酒も豊富で、ランチにも酒飲みにも来ることができる。
まずはつまみの枝豆やスルメイカ、馬刺しに、最初は二人とも生ビールを注文した。
生ビールがテーブルに運ばれると、二人はジョッキをぶつけた。
「夕璃の小説、本当に面白いですよね。いつの間にか出版社の顔になってますし」
「……悔しいか?」
「肩を並べていたライバルが凄い勢いで僕を追い越して行ったんですよ。とても、悔しいです」
遥斗の小説は新巻を出す度に洗練され、いい作品になっている。
だが、それを軽く上回るほど夕璃は成長したのだ。
夕璃は主人公になるために必要な魂からの想いと、何かを求めて走り続けることの大切さに気づいたのだ。
「あいつは私の助けも要らないくらいの完璧な主人公になってしまった。私達は夕璃のような主人公になれるのだろうか」
主人公になる――それがどれほど難しいことなのかは、一度作家の夢を諦めて編集者になった芹那が一番分かっていた。
「芹那さんの目指す主人公って、なんですか?」
「私は編集者という立場上、人の物語に寄り添うことしかできないんだ。自分の物語を紡ぐことなんて……」
「できますよ」
珍しく弱気の芹那の言葉を、遥斗は強く遮った。
「編集者だからこそ多くの人の物語が自分の物語に交わって、それがいつか自分の物語になるんです。どんな物語でも『これさえあれば』っていうものを求め続けて走っているのが主人公だと、僕は夕璃を見て思いました」
「そうだな。私の『これさえあれば』っていうのもか……遥斗にはそういうものがあるのか?」
芹那の質問に遥斗は一瞬、体を震わせて顔を赤くした。
何回も深呼吸をして、遥斗は小さい声で呟いた。
「……芹那さんです」
芹那も予想外の答えに不意をつかれて顔を赤くした。
「そ、そうか。まさか遥斗が私のことを好きだなんて知らなかったよ」
「芹那さんの『これさえあれば』っていうものはあるんですか?」
「私はまだそういうものがない。だから『これさえあれば』っていつものを見つけて、読者から人に寄り添う主人公になることが目標だ」
以前、夕璃が芹那に言った「みんな、誰かの物語の読者で、自分の物語の主人公」という言葉を芹那は大切にしていた。
「僕の目標は芹那さんと初めて会ったあの時から変わりません。僕は、主人公になりますよ」
それはもう、告白や挑戦状のようなものだった。
「自分が主人公になれたと思った時、もう一度私に想いを伝えてほしい。その時、私が遥斗に相応しい主人公だったら、その……つ、付き合おう」
二人とも照れてしまい、二人の空間だけ静かな時が流れた。
「ええい!こんな空気やめだ!今日は沢山飲んで明日から夕璃の背中を追い越す気持ちで頑張るぞ」
「はい!」
二人は勢いで度数の高い日本酒や焼きそば、焼肉にもんじゃなどを一気に頼んだ。
今にも吐いてしまうくらいお腹も膨れて酔いつぶれた二人は次の日、二日酔いのせいで主人公として走り出すのは二日酔いが収まったらにしようと決めた。
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