第3話 ウツビァク

「げっ」

 こともなげに言い放つ房橋。対照的に若い刑事はらしからぬ叫びを上げた。

「まあ、そんなことしなくても、血液を処分する方法はある。外に立つお巡りさんに現場へ持ち込むなと言われたので、廊下に置いたままなんだが、管理人室脇の壁に立て掛けてあった機械を持って来た。無論、断りを入れてだ」

 誇らしげに胸を張る房橋だが、社会人として常識だ。

「現場に持ち込めないのは納得できているから、君達が行って見てきてくれないか」

「言葉で説明できない物なのか?」

「いや、できる。ブロワーってやつさ。強風を吹き出して枯れ葉やごみを吹き飛ばす清掃道具の一種だな。ここにあるのはバッテリーでもコンセントでも稼働するタイプだ」

 それなら武藤達刑事にも容易に理解できる。

「現物がこのマンションにあった、そして誰もが自由に持ち出せたというのが大事なのだ」

「要は犯行に使われた可能性があると踏んでいるんだな。まさか強風に打ち勝つ逆風を起こすために、なんて馬鹿げた説じゃあるまい」

 半ば茶化すように武藤が言うと、房橋はがははと楽しげに笑った。

「それはそれでユニークだ。いいよいいよ。だが私が考え付いたのはそんなんじゃない」

「ちょい待て。ここで俺の話を聞く前に、ブロワーが犯行に使えそうだと思って持って来た? おまえほんとに警察無線を勝手に聴くのはやめろ」

「細かいことにこだわるな。他にも話を知るために色々やってる。それが公になったら、警察関係者何名かの立場が危うくなる」

「……この事件の犯人よりも、おまえの方が化け物に見えてくらぁ」

「一応、褒め言葉として受け取っておく。さて、ブロワーの他にもう一点、犯行に使った物がある。ビニールシート代わりになるし、血の受け皿にもなる優れものだ」

「そっちの現物は用意できてないのか」

「ああ。用意できていたら探偵イコール犯人になるじゃないか」

「やれやれ。安心したよ。続けてくれ」

「――それは巨大なゴム風船さ犯人は巨大風船にブロワーで風を送り込み、常に膨らませた状態を保ちつつ、その中で遺体の首を切断した。頭部を適度な大きさに分解したのも同様だろう。ブロワーの音は荒天にかき消されて、住人に気付かれることもない」

「……風船芸人が使うような、でかくすれば雪だるまみたいになるあれか?」

 遅ればせながら確認を取る武藤。探偵は大きく首肯した。

「そうだ。あの中で解体作業をすれば、血は中に溜まる一方で、他を汚す心配がない。使用後は適切なサイズになるまで空気を抜いて、口を縛れば血を入れた水風船、血風船になる。ボール状で投げやすい。いいこと尽くめだ」

「返り血は? いくら死後の切断とは言え皆無って訳にゃいかんだろ」

「ごまかしようはいくらでもあるが、推薦したいのは犯人自身も別のゴム風船に入って首だけ出して作業したって方法だな。作業終了後に風船を脱いでより巨大な風船の中に捨てればいい」

 荒唐無稽、大胆に過ぎるトリックの推定ではあるが、一応、筋が通ってしまっている。

「川を浚えば血の風船が見付かると思うか」

「確信しているよ」

「犯人はやはり葉山ひろみだと?」

「恐らく。その女性は被害者の幼馴染みなんだろ? 多分、高一で死んだ二人にも同じ予告状を送ってたんじゃないか。当初は笑い話にするつもりだったのかもしれないが、思い掛けず、誰も他人に話そうとしない。それどころか、二人が相次いで亡くなってしまった」

「うん? 過去の二件の死は他殺じゃないと?」

「知らんよ。想像を逞しくしているだけさ。原っぱの墜落死体なんて、よそで飛び降りた奴を移動させただけでできあがる。大方、高校の校舎から飛び降り自殺をしたが、見付けた教師が面倒くさがったか、世間から叩かれるのを恐れたかして、学校の外で死んだことにしようと思ったんじゃないか。墜死できるだけの高さの物がない場所に置けば他殺と判断され、生徒が死を選ぶような学校という目で見られることはなくなる」

「ではストーブに当たりながらの凍死は?」

「不思議なことかね。凍えそうな寒い目に遭ってストーブに当たる、当然じゃないか」

「あ、そうか。しかし、暖まっているのに凍死はやはり変だぜ」

「薬物をやっていて感覚が麻痺していたとかじゃないか。その高校生の親か何かがお偉いさんで、子供の薬物使用を隠蔽させた、なんて話かも」

「……嘘もでたらめもおまえが喋ると、ちと真実っぽく聞こえるな。ならば仮にそうだったとして、葉山は何で立田を殺す必要がある? 化け物にやられたかのような細工までして」

「恐ろしくなったんじゃないかね。遊びで出した死の予告状が続けざまに現実になり、これはもう三人目も死んでもらわねばという観念に取り憑かれた。成就しないときは自らが命を落とす、という考えに陥っていたかもな」

「ここまで来ると妄想推理だな」

 武藤がからかうと、房橋は真顔にちょっぴりシニカルな笑みを貼り付けて、推理に補足した。

「さしていい男でもない立田の恋人に、美人の葉山。不釣り合いだよな。葉山は立田をいつでも殺せるよう、なるべく近くにいることを心掛けていたのさ」

 さも真相らしく得意げに語る房橋。武藤は渇いた唇をひとなめし、思った。

(やっぱり化け物だ。早く化け物の殺人犯と直接対決させてえな。こりゃ見物だぜ)


 終

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ウツビァクは死を知らせる 小石原淳 @koIshiara-Jun

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