第4話 エピローグ 特典:AfterStory【悠】編

「悠、ここにいるんだろ。迎えにきたよ」


 拓斗の大声がドア越しに静かな図書室に響いた。


 俺は焦った。


「なんでここがバレた!? いや、仮にここにいるって分かったとしても近づいてこれないはずだ!」


 校内にいる5人のヒロイン。彼女たちのそばにいれば俺とのENDを狙っている拓斗は近づいてこれないはずなのに。


 そして何より。


「高峰……君?」


 目の前の少女、亜希さん。

 赤縁メガネをかけた黒髪ショートの美少女。いつも図書室で静かに本を読んで過ごしている読書少女。

 

 それでいて学年首席の優等生で理数では全国トップクラス。でも本当は子供の頃に出会った物語に憧れ小説家を目指していて、著名な科学者である両親の期待との間で悩んでいた18歳。


 自分の夢と周囲の期待ととのはざまで迷い、それに自分に小説家の才能があるかどうか自信が持てずに悩んでいた少女。


 それを拓斗の好きにすればいいという発言と、好きなものは全部手に入れるという常に有言実行の姿を目にして吹っきれ、自分の気持ちが分からないならそれを文章にすればいいというアドバイスで夢を追い求める覚悟を決めたというエピソードを持つヒロインの一人。


 亜希さんは主人公の声にドアに近づいた。


「待って、亜希さん」

 

 このままじゃ亜希さんと拓斗が結ばれるENDになってしまう。彼女のことをフラグ立てにしか思っていない拓斗との関係なんて防がないと。


 俺が彼女の前に割って入ったときだった。


「黙れよ陰気なガリ勉地味メガネが」


 ドアの向こうからの言葉に亜希さんがビクッと身を固めた。


「まさかと思うが、俺がお前との付き合いを求めてここに来たなんて思ってないよな。そんな独りよがりな妄想はパソコンにだけ書き散らしとけよ」


「えっ、高峰君、何を言ってるの!?」


 突然の亜希さんを貶めるセリフ。拓斗はさらに罵倒と侮蔑の言葉を続けていく。


 俺は叫んだ。

「やめろ拓斗!」


「な、なんで……物語を書きたいっていう私の夢を応援してくれてたんじゃ………」

「あんな薄っぺらいご都合展開の妄想がか? たしかに夢のお話だったよな」


「聞かないで、亜希さん!」


 こいつ、最悪の手段でフラグをぶち壊しやがった。顔を合わせる前にそれまでの親密度を一瞬でマイナスにするセリフをぶつけやがった!


 4択に用意された一発でバッドエンドになるあからさまな選択肢をあえて選ぶような行為。

 

 バンと両開きのドアが激しく開かれた。

 踏み入った拓斗がショックに膝をついている亜希さんを冷たく見下ろす。


「ふん、身の程知らずに俺のヒロインづらしたお前が悪いんだよ」

 一転して破顔した表情で言う。

「さあ、ボスは倒した。ハッピーエンドといこう、悠!」


 俺は無視して亜希さんに話しかける。

「ごめん、亜希さん。俺がここなら安全だって考えたばかりに。最終日に亜希さんが図書室にいるって俺が知っていたばかりに」


「えっ、悠くん、なにを……」


 俺の数回のプレイでずっと攻略をしていたのはこの亜希さんだったのだ。初回プレイではフラグが足らずに玉砕。二周目では手応えを感じていたものの、いよいよ最終日となったところで会社に呼び出されてそれっきりになってしまっていたのだ。


「ふん、コイツが悠のヒロインだったってわけか。だがそれも面白いかもな。かつて好きだった女の前で、自分が男じゃなくて女だと理解わからせる。…………くふっ、いいね。滾るよ。ああ、だから亜希。当て馬としてならそばにおいてやってもいいぞ」


「黙ってろ拓斗!」

 俺はしゃがみこみ、亜希さんの顔を見つめる。

「亜希さんの小説、実は俺も読んでるんだ」


「悠くん? えっ、高峰君以外に見せたことないのに……?」


「ごめん、初回限定特典で作中作の『紫雲のエルナーデ』を読んでて……えっと、何言ってるか分かんないと思うけど、とにかく亜希さんの小説、すっごく引き込まれた」


 自宅にすらまともに帰れない日々で、唯一ネットでシリアルコードを入れることで閲覧できた亜希さんの書いた小説は読み進めていた。


 それはその世界で誰もが持っている魔法の力を一人だけ持たずに生まれてきた少年の物語。皆に蔑まされて人生を投げ出していた彼がある少女と出会い、希望を取り戻しやがて世界を救うお話。


 何気なく読み始めてすぐに俺はその小説の虜になった。

 絶望に打ちひしがれ膝をつく少年に、上司にいびられる自分を重ね。少年が少女がさしだしてくれた手をとって立ち上がったときは我がことのように奮いたった。

 闇に覆われた世界であっても、だからこそ僅かな光はどこまでも遠く届く。そんなメッセージを伝えてくれた作者の女の子にも惹かれていたんだ。


 だから初回プレイは漠然とプレイしていたが、二週目はこの亜希さんと結ばれたいと思って必死に攻略してたんだ。


「いきなり訳知り顔になにいってんだって思うだろうけど、あんなふうに世界を力強く色濃く描くことができる亜希さんには絶対に才能あると思う。だからあいつが何言おうと、信じないで。亜希さんの書く物語には力がある」


 何せ社畜で会社にボロボロにこき使われていた俺に、それでも人生に少しは救いがあるんじゃないかって夢見させてくれたんだ。明日も何とか生き抜いて休日を迎えてあの娘とのエンドに辿り着こうって前を向けさせてくれたんだ。


「悠くん……」


 そんな俺達を面白そうに眺めていた拓斗だったが、突然腕を伸ばして俺の肩をつかんだ。


「待て、悠。なんだ、それは! お前の身体は!」


「邪魔するなよ拓斗。俺はいま亜希さんの力になろうとしてんだ。お前にはもうその気はないんだろ。これからは俺が支える。俺にとっちゃ今日からがゲームスタートなんだからな」

 一度はそんな資格はないって諦めたけど、本来支えるべき主人公がそれを放棄するんなら、俺が引き受けるさ。


「そんなことを言ってるんじゃない! なんだその喉は!」


 拓斗は俺の喉のわずかな突起に触れると、手を震わせ、強引にシャツを脱がせてきた。


 真っ平らな、申し訳程度の筋肉だけの、華奢だけど間違いなく男の上半身がさらされる。元の男に戻った身体が。


「なぜ……なんで!?……なんでだよおおお!」


 拓斗が抱きついてくる。俺は抵抗せずにやつの好きにさせた。


「さあ、どうだこれで。悠は女の子に……女に……あっ、ああ、なんで、どうして男のままなんだ!」


「俺がすでに亜希さんに告白したからな。もちろん振られたよ」


 メインヒロインのいる場所なら拓斗が近づかないと予測したが、『ささット』にハーレムエンドが用意されている可能性に気づいたんだ。


 だから俺は図書室に来てすぐに亜希さんに告白した。あわよくば、という思いはあったけどやはりサブキャラとしか見られていなかった悠はあっさり振られてしまった。


 だけどこの身体は男のものに戻すことができたんだ。なぜなら振られればノーマルエンドになるというのがこの世界のルールなのだから。


 今のこの世界はギャルゲーの行動様式でしか動けない。だったらそのシステムの裏をついてやればいい。難易度ハードモードのゲームなんて、まず裏技を編みだそうと考えるのはゲーマーだったら当然のことだろう。


「待て、だめだよ悠。お前はそんなことしちゃあダメなんだ。俺とのエンドが迎えられなくなっちゃうじゃないか!」


「もうノーマルエンドを迎えたんだよ。ああ、それじゃあ振られたモン同士慰めあって帰ろうか?」


 そして空気が変わった。下校のチャイムが聞こえる。通路の生徒の騒ぎ声がリアルな意味ある言葉として入ってくる。

 きっと校門は最初からそうであったかのように開かれているのだろう。


「あっ、あっ……ああっ、あああああああああああああああ!」


 拓斗は膝をついて頭をかきむしり、慟哭した。

 伏せた顔からこぼれた涙が床に光った。

 図書室に小さな嗚咽が広がる。


 やがて生気のない顔をあげると、拓斗はうつろな眼のまま外へと出ていった。


「じゃあな、拓斗」


 俺はその背中に決別の言葉を投げたが、返事が返ってくることはなかった。


 このあとアイツはどうするのか。

 ゲーム中で卒業後の進路希望が選択できたが、


『A:石油を掘り当てて石油王になる

 B:宇宙飛行士になって火星人と戦う

 C:南米に行って地底帝国を探検する

 D:ヤクザ狩ってみた動画でYoutuverになる』

 たしかこんなんだったか。


 今の主人公であるお前が何を選んだかは知らないが、仮にも全ヒロイン同時攻略なんてできたお前なら何にでもなれるさ。


 俺の方は裏設定によるならここから退魔アクションものになってくのか?

 まあ、それならそれでブラック企業の社畜リーマンよりかはやりがいもあるだろう。

 2人共せいぜい頑張ろうぜ。


 俺が拓斗との別離わかれを済ませ振り返れば。


「悠くん、説明してくれるかな」

 亜希さんが俺の目をまっすぐ見据えてきていた。


        ****


「そっか、何かおかしいとは思ってたんだよね」


 俺は亜希さんに問い詰められ、最終的には俺たち2人が転生者だとか、ここがゲームベースの世界なんてことまで話してしまっていた。


 そしてそれをあっさり受け入れた亜希さん。


 学年首席だからって飲み込み早すぎない? と思ったが、亜希さん自身も時折発生していた不可思議な現象を認識してたそうだ。


「どうりでアイツが女子とエレベーターに乗ると故障する現象が5回も起こるわけなんだ」

「あのイベント全ヒロイン使いまわしだったんだ」


「一年生のときに校庭に犬が迷い込んで2人で引き取り手を探してたんだけど、年々ワニとか裸のおっさんとかにグレードアップしてたのも」

「あれかな、やり込んでくとおふざけイベントとかギャグの選択肢が出てくるタイプのゲーム」


 ギャルゲーのシナリオライター、ちょっとハジケすぎだよねって俺も思うよ。


 亜希さんはあーあ、と天井を見上げて言った。

「まさか好意をもった相手が5股してたとか、それでも結局最後には男の子に負けたとか。あー、もうアイツ絶対次回作で悪役に活かすわ」


 さすがに内心ではショックを受けているだろうに、表面的にはあっさり振り切れたふうに振る舞う亜希さん。

 冗談めかして俺にほほえみかける。


「男は当分ごめんって感じなんだけど、もう逆に女の子だったらいけちゃうかも。どう悠くん、女の子になって私と付き合わない?」



―――――――なんて言ってたらねえ」


 亜希さんが苦笑しながら俺の巫女服を整えてくれる。


 その後に始まった退魔編。

 なんかの2つの気を合わせ持った俺は宝珠に最高の適正があったとかで、家業を受け継ぐことになった。


 しかも宝珠の力で最近のヒーローものみたいにフォームチェンジして男形態と女形態を入れ替えて、あらゆる種類の妖魔に対応することができるため、早くも歴代最強の呼び名をもらってる。


 うん、どうやら俺のトゥルーエンドはサブキャラらしいお遊びシナリオの色物エピローグだったみたいだ。


 でもまあ、慣れると女の子になるのも悪くはないかなって思うよ。おかげで亜希さんとも付き合えるしね。

 取材用のカメラとノートをかまえて物陰に隠れた亜希さんに手をふると、俺は宝珠を構えて叫んだ。


陰陽反転TS!」


         【TRUE END】

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ギャルゲーの主人公の親友キャラに転生したら、俺がヒロインとして狙われていた 笠本 @kasamoto

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