第3話 ◇主人公の独白(side:主人公)

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【Character Select】


 周防悠 

▷高峰拓斗

   

 高峰拓斗のストーリーに切り替わります_

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 消化器を投げつけてきた悠。

 華奢な細腕で放り投げてきた懸命な姿。


 ああ、なんて愛おしいんだ。


 必死に女になりつつある自分を否定しようとしている。


 いずれは愛し合う俺たちだが、TSの醍醐味である肉体の変化への戸惑いと恐怖の表情は今しか味わえないんだ。


 消化器をぶつけられた足の痛みすら、悠の女体化へのあがきと思えば気にはならない。


 もう我慢ができずにすぐにでも抱きしめてやりたかったが、俺はそれ以上悠に近づくことはできず、彼女がエレベーターで逃げるのを許してしまった。


「拓斗なの?」


 なぜなら、そんな言葉と共に保健室のドアが開かれようとしたのだ。


 中にいるのはこの世界のヒロインの一人、病弱で保健室登校をしていた聡美だ。


 俺がかつて紐なしバンジージャンプを完遂させたことで手術を決意。今は健康体となっているが、念の為に予後観察として保健室に毎日訪れている女だ。


「ふん」


 俺は彼女がドアから顔を出す前に柱の影へ。そのまま壁沿いに進んで階段を目指した。


 忌々しいが聡美は悠を手に入れるためにフラグを立てたヒロインの一人だ。接触してしまえばアイツとのENDになってしまう可能性が高い。そうなれば悠をヒロインにするのも完全に女の身体にすることもできないだろう。


「悠のルートを出現させるためだったとはいえ、今となっては完全なお邪魔キャラだな、あの女どもは」


 ここはギャルゲーである『ささやきのムエット』の世界だが、正確にはその移植版が原点となっている。

 元は昔セカ社のゲーム機で出ていたのが、最新ゲーム機に移植され、その際の追加要素が悠のヒロイン化&女性化TSだ。


 だがあくまで隠しヒロイン。悠ルートを出現させるには全ヒロイン攻略済みという条件があった。


 ゲームでは5周すればいいが、今は現実となったこの世界にセーブデータなんてものはない。幸いゲームとは違い同時攻略が可能だったため、5人のヒロインのフラグを全て立たせることはできた。


 そして無事にそれが悠のルート解放と見なされたわけだが、やっかいなことに他のヒロインのフラグも残ってしまっているのだ。


 つまり俺は他のヒロインと会わずに悠とだけ結ばれる必要があったわけだ。


 まあアイツらは最終イベントでどの場所にいるかは確定しているから、そこに近づきさえしなければいいわけだが。


 さっきはうっかり聡美のいる保健室の前で悠に追いついてしまったために焦ったがな。


 咄嗟に自分が服を脱ぐことで悠の脱衣を誘導し、それで女性化を確定しようなんて手を取ってしまった。

 喉仏が見えなくなったことでで女性化が進んでいると推測できたが、それだけじゃ決め手にならなくて、思わずその下を確認したくなってしまったんだ。


「くふっ」

 思わず笑いがこぼれる。


 だってしょうがないだろう。

 改めて目の前にした悠のあの身体。シャツの膨らみから推測すればTS化30%というところか。

 一度抱きつきかけただけでそこまで進んでいたわけだ。間違いなく今の俺は悠の女性化ENDに近づいている。


 次に会った時は固く抱きしめよう。口づけを交わそう。


 そうすれば悠の身体は女に成れる。そして中身も女にしてあげよう。俺の愛でじっくりと理解わからせてやる。


「でもゴメンな、悠。さっきの手は完全な悪手だったよ。今まで他の男にずっと見せずにいたお前の裸、その辺のモブ共に見せちゃいけなかったな」


 と、そんなことを考えながら2階に着いた俺はエレベーターまで向かい、悠が最上階の5階で止まったのを確認した。


 さあ、悠はここからどうするのかな。

 もう教師や他の生徒に助けを求めても無駄なことを理解している頃だろう。このまま俺と隠れんぼをするのかな。


 ゲームではたとえフラグを立てていたとしても、最終日で下校時間まで無駄に時間をつぶせば自動的にノーマルエンドになるからな。それを狙って必死に逃げ隠れするんだろう。


 でも残念。


 俺は悠がどこにいるか、分かっちゃうんだよな。


 悠、お前は気づいているか。イベントが発生するとモブ供はNPCとしての動きになる。

 その時のモブたちはヒロインの情報を吐く装置でしかないんだよ。


 だからさ、お前の居場所なんて簡単に知れるんだ。


「なあ、そこのモブ男くん、悠を見なかったかい?」

「悠? それなら4階に行ったよ」

 

 廊下で缶ジュースを飲んでいた男子生徒が、見えたはずのない悠の現在位置を教えてくれる。

 

「へえ、近づいてくるんだ。俺の裏をかくつもりかな」


 俺ははやる気持ちをおさえながら、悠を追いかける。

 場所を移動するたびに目撃?情報を聞いていけば、悠は3階の通路奥に向かっているようだ。


 俺は3階につくと、目についた男子生徒に数度目の問いかけをした。


「あの可愛い顔した男の子かい? それなら図書室にいるみたいだよ」


「図書室!? どけ、モブが。俺のヒロインを語ってんじゃねえよ!」


 俺は男子生徒を押しのけて図書室に向けて急ぐ。


 図書室だと?

 当て馬ヒロインの一人、小説家志望の亜希がいる場所だ。


 たまたまそこに逃げ込んだのか? いや、違うな。


 気づいたんだね、悠。

 俺が当て馬のいる場所にいけばそいつとのENDを迎えてしまうことに。そうなれば自分は逃げ切れるって。


 そこにいれば自分は安全だって。



 ああ、悠…………なんてなんだ。


「くっ……くふっ」

 愉悦の笑いが止められない。


 そんなことで俺から逃げられると思っているなんて。


 小さな胸を震わせて怯え隠れる悠の姿を思い浮かべ、俺は股間の滾りを抑えられなかった。


 急ぎ足でやってきた図書室。俺はドアに両手を叩き当てた。

「悠、ここにいるんだろ! 迎えにきたよ!」


「高峰……君?」


 中からは嬉しそうな亜希の声。


 ちっ、お前じゃないんだよ。

 

 今やお前はヒロインなんかじゃあない。愛しの姫をさらった魔王ラスボスなんだよ。


 ああ、でもこっちの方がゲームらしいか。

 麗しの美しき姫君を手に入れるための試練なんて、いかにもだ。


 なら、倒してやるよラスボス。

 そして俺は愛すると結ばれハッピーENDを迎えるんだ。 



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