第2話 閉ざされた学校
俺が脳内で過去ログを参照していたのは一瞬。
拓斗ががばっと抱きついてきたのだ。
「離せって!」
身体をよじって拓斗の腕から逃れた俺は距離をとる。
「どうしたんだ悠。もう俺たちを阻む障害なんてないんだぞ!」
「あるだろうが! 俺は男だ。そこは越えられないだろ! ゲームじゃ実は女って設定だったのかもしれないけどな、現実の俺は男なんだよ!」
「そうか、悠は『ささット』の全てを知ってるわけじゃないのか。たしかに元のセカタサーン版じゃあ悠の女の子設定なんてなかったよ。その隠し要素はリメイク版の特典なんだ。しかも他の全ヒロインを攻略した後じゃないとルートが解放されないっていうな。
だがな、逆に言えば条件を満たした者だけが悠を
悠との親密度を上げた状態で、他の女供を選ばない。そうすれば最終フラグがたつんだ。そしてハグをする。そこで俺はサラシに巻かれたささやかなCカップの柔らかさに気づくんだ。お前がこんなに愛らしい女の子だったことに。
俺は反省するよ。本当に愛すべき相手がここにいたって、何で今まで分からなかったのかって。他の女を口説いたせいでお前を苦しませてしまっていたことを」
そして拓斗は一歩近づいてきて両手を広げた。
「さあ、おいで悠。俺が女にしてあげる」
「なっ、なあっ!?」
俺は逃げ出した。
「おいっ、どうしたんだ悠!」
屋内へのドアを開けて飛びこんだ。急いでドアを閉め、定年間近の教師がいつも挿しっぱなしで忘れているカギをかける。
「やばい、アイツ、やばすぎる」
直後に拓斗が乱暴にノブを回し、ドアを叩く。
「なぜだい悠! ここを開けてくれ!」
「ふざけんな! 俺は男のままでいたいんだよ! 勝手にヒロインにするんじゃねえ!」
「ああ……そうか、悠。お前は女の子になりたくなかったのか」
「そうだよ。分かってくれたか」
俺は拓斗の言葉に安堵しかけたが違った。
「ああ、悠! お前はどこまで俺を喜ばせようっていうんだい。さっきまでの俺はただ
「なっ!? 何が内面を愛するだ! ただの性癖じゃねえか!」
俺はまだ何か騒ぎ立てている主人公を置いて走り去った。
目の前の階段を駆け降り、1階へとたどり着く。
手近な搬入用のドアを開けて校舎からとび出た。
外には早咲きの桜の花びらが風にのって舞い、絵になる風景が広がるが、風情を味わうような余裕はなかった。
本能があいつから逃げたがってるんだ。
教室にカバンを置いてきてしまったが、取りにいこうという気にはなれない。サイフとスマホは手元にある。なら今は学校を出ることを優先しよう。
校庭を突っ切って速歩きで進む。
だけど学校から外にでることはできなかった。
なぜか校門は閉められていたんだ。
「何でだよ……? まだみんな中にいるってのに」
卒業生も在校生も午後の今は自由時間だ。式が終わってすぐに親と共に帰ったやつもいるだろうが、部活やクラスでの付き合いがあるやつは何かしら残っているはずだ。
現に校舎にもこの校庭にもそれなりの生徒がいるんだ。
だけど不思議なことに閉じ込められたかたちになる生徒たちは、誰もこれを不審がってる様子はない。その辺りをぶらついていたり、ベンチに座ってダベってたりと時間を過ごしている。
「なあ、おい! この門は何で閉まってるんだよ!」
俺はそばの同学年の生徒をつかまえた。
「何でって、今が卒業式の日だからだろ」
何を言ってるんだと疑問顔の生徒。
「はあ? だって、これじゃあ帰れないだろ!」
「そりゃ下校時間になってないんだから帰っちゃだめだろ」
そう口にした生徒の顔に俺はぞっとした。こちらを見ているのに焦点が合っていない、意思がないかのような表情。
「くそっ、教師は何やってんだよ」
「愛海先生なら美術室に向かったのを見たよ」
そこだけはいきなり目の焦点を合わせてハキハキと答えてきた男子生徒。
「……ああ、分かった。ありがと」
ぞっとして背筋がこおりつき、俺はそれ以上質問できなかった。
生徒は軽くうなづいてまた校庭を適当にうろつきだした。
「NPCかよ」
彼の動き方にはやけに不自然な規則性があった。花壇沿いに数メートル進んで、何もないところでUターンして周囲をぼんやりと眺め、また進み。
まるでゲームでお馴染みのNPCの動き方。リアルな人間としてはありえない歩き方だ。花を愛でて校庭を散策するとか、普通の男子高校生がやるはずがない。
「そういうことか。今はイベント中ってことか」
今の生徒が口にした愛海先生は『ささット』のヒロインの一人だ。聞いてもいないのにその情報を伝えてきたってことはそれがNPCの役目だからってことだろう。
たしかに『ささット』は移動先は自由に選べるが、そこにヒロインが誰もいないと、名無しの生徒との適当な会話シーンが発生していた。
俺はますますここから離れなきゃという思いを強めた。
「だったら自分で開けて出てけばいい…………あれ?」
とにかく自力で門を開こうとして愕然とした。
カギが開かないのだ。かんぬき型で持ち上げればいいだけのシンプルなロックなのに。
まるで3Dゲームででこぼこのオブジェクトが実際は平面にはられたテクスチャで、近づいても触れることができないように。
「くそっ、なら乗り越えりゃあいいん……」
門の上に伸ばした俺の手が見えない壁に阻まれる。
「なんだこれ。バリアかよ!」
バリアとか結界としかいいようのないものが校門に沿うようにはられていた。
何も見えないが、たしかに固い壁のような感触が俺の脱出を阻む。
「完全にゲームじゃねえか」
ここからは出さない。この世界の意思ともいうべきものを感じ取って、俺は学校からの脱出をあきらめた。
「なっ!?」
そこで振り返れば拓斗が旧校舎の屋上から
俺は周囲にむけて騒ぎたてる。危険なことをしている、教師を呼んでくれと。
だが皆は「またあの問題児が無茶やってんなー」と、その程度のNPCコメントを残して、また日常パターンな動きに戻ってしまう。
「死ぬぞアイツ!」
俺一人が慌てるなか、拓斗はするすると雨樋を滑り降りていき、二階辺りまできたら一気に地面に飛び降りた。
着地してしゃがみこんだ拓斗はズボンをはたきながら膝をあげ、こちらを向いてにやっと笑顔を見せる。
いや、表情までは見えないが、絶対にそういう顔をしているはずだ。獲物を見据えて舌なめずりをしているはずだ。
いまはっきりと理解できた。ここは間違いなくゲームの世界だ。
もしもアイツにつかまって悠ルートの最終フラグたる2人でのハグ、これが発生すれば俺は間違いなく女にされてしまうと。
「うわああっ」
俺は新校舎に向けて走った。
このままここにいたら身体スペックの高い主人公に追い詰められる。校庭から外にはいけないのなら、せめて壁がある建物の中だ。
廊下をかける。華奢な肉体が悲鳴をあげるけど、無視して進む。
目指すは職員室だ。
だがようやく職員室のプレートが見えてきた俺の目の前で、窓ガラスがはじけ飛んだ。
窓を蹴破って拓斗が現れたのだ。
ホラーゲームのクリーチャーみたいな登場だった。
着地してからわざわざタメを作って立ち上がり、ゆっくりと顔を上げる拓斗。
その眼はかなりイッチまってる。
やつは周囲を見回すと、そこから動こうとはせずいきなり服を脱いだ。
「さあ、悠。俺と愛し合おう!」
乱暴にシャツを破き捨て、バトルもの主人公でも務まりそうな筋肉質な腕と割れた腹筋があらわになった。
力づくでこられたら絶対に勝てないと理解させてくる肉体。
俺は焦りに息をのむ。
だがそこで気づいた。どうすればこいつのヒロインポジションから逃れることができるかを。
なんだ、簡単じゃないか。
あいつのセリフだ。
『子供の頃からその素肌を誰も見たことがないから、実は悠は女の子かもしれない』って。
だったら、見せてやるよ。
「そうだな拓斗。男同士で裸の付き合いといこうか!」
後付で俺が実は女の子だったことにしようというのなら、その前に本物の男だと証明してしまえばいい。
周囲のNPCたる生徒たちで効果があるかは分からないが、拓斗に観測させてやればいい。
俺はブレザーの制服とシャツを掴み、一気にはだけようとした。
はじけ飛ぶボタン。だが非力な悠の腕力では拓斗みたいにうまくいかず、シャツのボタンがひっかかる。
決まらねえなあ。
俺は残ったボタンに手をかけた。だがそこで胸をおさえ、しゃがみこんだ。
「あっ……ああっ……そんな、嘘だろ……」
俺の胸が膨らんでいたのだ。
シャツの隙間から見えたほんのわずかな曲線。カップ数でいえばAもあるかどうか。
だが、たしかに女の子の柔らかなそれだ。
俺はすでにTSしてしまっているのか!?
拓斗とハグをすることで俺のルートが確定するというのなら、すでにさっき一瞬だけどその体勢になってしまっている。
「どうしたんだよ悠、男同士なんだから恥ずかしがらなくたっていいだろう」
棒読みでそう言った拓斗が一歩足を踏み出した。
「さあ裸の付き合い、しようぜ」
「うわああ!」
俺は慌ててブレザーを直しながら立ち上がる。
そして手近にあった消化器を放り投げた。
うまいことノズルが開いたことで消化液をまきちらしながらとんだ消化器が、ゴッと拓斗の足にあたった。
顔をしかめた拓斗が手を伸ばす。
「くそっ、待ってくれ悠!」
誰が待つもんか。
そのまま近くのエレベーターに飛びこんだ俺は必死にボタンを連打しドアを閉める。
最上階のボタンも連打。箱が上昇する。幸いどこの階にも止まることなく、エレベーターは昇っていく。
その間、俺は何度も股間を握りしめていた。
よかった……ある。
恐怖で縮こまっているけど、たしかに男の証の柔らかな感触。
「痛ぇ……」
力を入れすぎて痛みを感じたが、今はそれすら安心へと繋がる。
「まだ完全には女じゃない。きっとノーマルエンドを迎えればちゃんと男に戻れるはずだ」
ノーマルエンド、つまりどのヒロインと結ばれなかった拓斗と悠が男同士で寂しく帰るエンド。これなら男と定義されるんじゃないか。今はそう信じるしかない。
俺の初回プレイでは最終日に目当てのヒロインと結ばれることなく、下校時間のチャイムと共に自動的にそのエンドをむかえた。
下校時間まではあと1時間ある。
それまでの間あいつから逃げ切れれば俺は男として卒業できるはずだ。
「くそっ、やってやる」
エレベーターにすえられた鏡に決意を固めた俺の顔が映る。
キッと締めた表情のつもりが、それでも可愛いさの方が勝っている小顔。
「たしかに女の子っていった方が信じられるよな」
自分の喉に触れる。シミひとつない白い首筋はすらりとなだらか。
喉仏がなくなってるんだ。
ゲームのイラストじゃあそもそも男キャラにも描かれてないけど、現実になってる今はすごく小さいだけどたしかに喉仏があったはずなんだ。
「あいつ、ここで俺の女性化が進んでるって気づいたんだな」
いま思うとあいつがいきなりシャツを脱ぎだしたのは不自然だった。
あれは俺を誘導していたんじゃないか。
男であると確定させようとして裸になって、胸の膨らみを見られていたらごまかしようがなく女性化が確定してしまう。
それを狙っていたんじゃないか?
「いや、待て。何でそんなことをした? 普通に襲いかかって抱きつけばそれで終わりなんだろ?」
ガクンとエレベーターが止まり、チンと音と共にドアが開く。
箱から出たら壁にかかげられた校内見取り図が目に入る。
何かが気にかかる。
早くどこかに隠れなきゃ拓斗が追ってきてしまう。そんな焦燥感にかられるが。それでも見取り図から目が離せない。
そしてふと気づいた。
一階の部屋の配置。さっき俺が服を脱ごうとした場所。
そこは保健室の前だった。
「ああ……そういうことか拓斗。見つけたぜお前の弱点」
そして俺は他の階の見取り図をチェックし、自分が向かうべき場所を見つけた。
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