すべてがF○○になる

高黄森哉

不整脈

 冗談じゃない。全ての人は冗談を求めたがる。おいらは、ぶきっちょだから、冗談一つ言えやしない。だから友達もいない。

 動機がひどい。食い過ぎたのかもしれない。四畳半に広がる、カップラーメンの吸い殻は、おいらの質量と目測では同等だ。グフ、口からメンマが溢れた。逆流した、ナルトが喉をふさぐ。呼吸が出来ない、呼吸が出来ない。でもまあいいか。思い残すことはない。知り合いなんていないのだから。

 こうして、おいらの短い生涯は幕を閉じだ。齢、二十二歳だった。もう二度と、ここへ戻ってくることはないだろう。



 ◇



 目の前はパッと明るくなって、気が付くと、市役所か、そこらへんのカウンターの椅子に座っている。 


「はっ、ここは?」

「ここは、辺獄です」


 そこにいたのは、なにか、こう、受付の人だった。彼女はここが辺獄だと主張する。


「地獄ですかね」

「いいえ、違います」

「さいですか」

「しかし、あなたは食べ過ぎで死んだので、地獄へ行くこととなっています」

「いや、おいら、なにも悪いことは」

「七つの大罪を知っていますか?」

「いや、ははあ、しらないといえば、しりませんが」

「暴食に該当するので、これより地獄へ転送させてもらいます、印鑑をお押しください」

「おいらは、仏教徒なんだけどなあ」

「なにか、不満でも」

「いや。じゃあ、送ってください」


 すると、電話が鳴り響いた。赤色の電話だ。


「ええ、はいはい、了解しました。どうやら、空きが出来たようなので、異世界転生に変更になりました。印鑑を押したら、三番出口へどうぞ」

「いやあ、おいら、」

「印鑑は左手にありますよ」

「ははあ」


 おいらは、書類に目を通し、無数の印鑑を押していく。任意のスキル追加の欄には勿論ペケを付けた。それが何を意味するのかは知らない。三番出口の扉を抜けると、外は石畳の道だった。外はこんなふうになっていたのか。振り返ると、扉は消えていた。



 ◇



 それから仕事を見つけるまで一週間かかった。ギルドというシステムが存在し、酒場で仕事を受けられるのだ。酒場では、ギルドカードを発行してもらった。このカードは自分のステータスが記載されている。戸籍関連や、本人証明も兼ねているため、無くさない様、窓口のお兄さんに念を押されたのを覚えている。

 おいらは、そのカードを読む。不思議と、異国語なのにすらすらと内容が入ってきた。ここからが、その抜粋だ。


 力…弱い

 マジカ…ない

 金…ない

 ポイント…ない

 年齢…ゼロ

 魅力…ない

 スキル…太らせる程度の能力


 太らせる程度の能力!?

 これはなんなんだ。

 おいらは、試しに、あそこで女の子を虐めている不良を太らせてみた。みるみるうちに不良は贅肉を付け、まるでジャバザハットのような体になる。酒場にいた全員は立ち上がり、しばらくは無音が広がった。犯人探しが始まる前にここをでないとな、と思ったおいらは、酒場の戸を勢いよく、お腹の肉で跳ね飛ばし通りに出た。



 ◇



「まってください」

「うん?」


 通りで、おいらを引き留めたのは、さっきの女の子だった。


「あなたですよね」

「いやあ、それはどうかなあ、それはちょっとわからないし、だいいちに自分だとしても、モラルが」

「あっ! あの!」

「あ、はい」

「私、見えるんです。こう、力場みたいのが」

「へぇ、そうなんだ」

「私の腕を掴まれて、こう、奥の部屋に連れてかれそうになった時、なんかひょろひょろとした、オレンジの触手みたいのが、彼に伸びていって」


 おいらは、それはきっとあの時のインスタント麺だな、と思った。技名は、カース・オブ・ザ・インスタントラメーンなんてどうだろう。うん、なるほど。良いかんじだ。


「あの、私、野良なんです。パーティーに入れてもらえませんか?」

「うむ。どぞ」


 こうして、おいらと、彼女の二人旅が始まった。



 ◇



 そうして一か月くらいがたった。この世界に暦なんてなく、正確な日にちは忘れてしまったのだが、この世界にも、曜日の概念はあるらしく、今日は、来てから七回目の炊き込みご飯の日である。この日は、世にはびこるカルト宗教が、ご飯を振舞ってくれる。隣の彼女は、ここに入信しているので、おいらはその特典を享受できるわけだ。働かなきゃ生きていけない、この国でご飯が無料というのは、たとえ相手が不老不死を追い求める、ちょっとやばいカルトであっても、あり難いものなのだ。


「すまないねえ」


 なんと、今日は、ご飯は、用意されてなかった。この、ご飯というのはお米のような穀物だが、一つ一つに男性の顔のような模様がある。おいらは、このご飯を男白米と呼んでいる。正式名称は知らない。


「どうしたんですかね。もしかして、マカマカに喰われましたか」


 このマカマカというのは、大仏の妖精みたいな生物で、貴重なたんぱく源でもある。見た目が似ているだけで、我々とはまったく異なる生き物らしい。人と似た生態の節足動物なのだとか。こんな所でも収斂が起きることの感動を覚えなくもない。


「いいや、飢饉でね。それも、深刻で。作物の病気が流行ってね。たまらんねこれ」


 炊き出しのおばさんは、うんざりしていた。



 ◇



 それから半年がたったころ。皆、飢えていた。路上には痩せた人間が座り込み、骨と皮だけの死骸が齧られたまま、捨てられたりしていた。女、子供、老人の順に食べられていった。しかし、俺と共に生きる彼女は、生きていた。魅力が少ないからだ。おいらは好きだけど、飲み仲間からは不評である。口を付けたくないらしい。


「そうだ、おいらにはアレがあるじゃないか」


 おいらは、試しに自分を太らせる。すると、すっかり空腹が回復した。脂肪が増えたならば、また、エネルギーも増えたのだ。おいらは道を歩き、ありとあらゆる人間を太らせていった。おいらの後ろには、太った者たちの列が続き、おいらは野を越え、山を越え、次々に人々を肥えさせていった。おいらは、奇蹟を起こしたとして、新しい宗教の教祖となった。



 ◇



 しばらくたって、おいらは父親になっていた。二児の父だ。しかし、人生が順調に運んでいたとき、異変が起きた。息子が何者かに惨殺されたのだ。おいらは怒りに震えた。どこの誰がこんなひどいことをしたというのだ。

 犯人はすぐに判明した。それは、かつて妻が入信していた宗教の教祖だったのだ。彼は飢饉の際、役にたたなかったため、求心力を失ったという。その信者を、おいらが全て吸収したのだと。

 中庭で爆音が響いた。クレータが出来ていて男がしゃがみ込んでいる。それは、その教祖だった。息子を殺した張本人だ。


「ふふふ。全ての人間を殺してやる」

「なぜだ」

「ふむ、ゴッド・ラーメン。よくぞ聞いた。理由などない」

「なぜだ」

「理由がないからだ」

「やれ、おいらの召使ども」


 わらわらと出てきた、下僕が、ついに襲い掛かる。彼の身体は七本のやりで貫かれた。しかし、彼は笑っている。


「ぬははは、俺を舐める出ないぞ。俺はふじみなのだ」


 なるほど、遂に彼の夢は実現したのか。彼の宗教が掲げた不老不死を、達成したのだ。それから、一週間は、召使が、彼の相手をしていたが、だんだんと脱落したり、戦いで死んだ仲間の葬儀の関係で欠員が出たりで、やがて、おいらだけになる。


「お前の番だ」

「おいらの番か」

「そうだ、死ね」


 おいらの腹に大穴が開いた。霞む視界の中で、彼は槍をもって笑っている。


「ははははは。なんびとも勝てん。文字通り、死なんのだからな」

「くらえ」


 おいらは最後の力を振り絞って、スキルを発動した。コイツを止めないと、妻はどうなる、子供はどうなる。スキルはどんどん彼を太らせていった。


「無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!!!!!」


 家族愛に強化された、おいらのスキルは限界突破し、ついに百パーセントになる。すると、彼の声が止んだ。やったのだ、俺はやりとげた。

 おいらは駆け付けた妻に看取られる。おいらが死んでいく、ああ、おいらが死んでいく。まだ、やり残したことがあるはずなのに。



 ◇



 おいらは気が付くと、市役所にいた。彼が横に座っている。涙があふれて止まらなかった。おいらは受付にいく。受付の人、前回と同じ人だった。


「おいら、地獄ですか」

「あなたは、まだ死んでないみたいですね。あっちでいろいろしているうちに、病院で息を吹き返したとかなんとか。また、元の世界に帰ってもらいます」

「さいですか」

「書類です」


 おいらは、帰るのか。


「たまにごねる人がいるんですよね。それが植物状態なんです。あなたもそうですか」

「いいや」

「……………… しかし、見てましたよ。不死身の敵を倒すなんて。これは、久しぶりに見ました。ほとんどいませんから」


 卓上のモニターを見ると、おいらの人生が保存されていた。画面は、敵を倒す佳境の箇所だ。


「当分、退屈しそうにないです。ええ、受付なんてほとんど暇ですから」

「さいですか。それはどうも」


 おいらは四番出口の前に来る。この扉の先は現世だ。『待ってください』、後ろから受付の人に呼び止められる。


「しかし、どうやったんです。最後に、不死身殺しの方法を聞かせてください」

「脂肪にしてやったんです、彼をね」

「ああ、なるほど。スキルでね」


 合点がいったのか、彼女は、指を無茶苦茶に振った。そのジェスチャーの意味はないようだ。

 さて、じゃあ説明しようか。実のところ、おいらのスキルは、太らせるのではなく、厳密には、脂肪率を上げるスキルだったのだ。スキルのフルパワーにより、全てがFAT(脂肪)になった彼は、もはや彼ではなく、ただの脂肪の塊で、死んだもクソもないのである。おいらは、こうして、不死身の彼を撃破した。


「これが、ホントの、脂肪率百パーセント、なんつってね」


 これなら、現世でも冗談を飛ばせそうだな、と思った。


「会えるといいですね。彼女に」

「妻に会えるんですか」

「現世でも、いつか、きっと、」


 おいらは扉を開いた。

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すべてがF○○になる 高黄森哉 @kamikawa2001

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