鳥人間


「おーい、夏樹。今日は美味そうな幼虫が沢山いたぞ!」

 貧民街の外れ。俺と冬弥は毎日食料を探し回っていた。どんぐりなどの木の実やキノコ、虫などが主な食事だった。

 俺よりも冬弥の方が採集が得意で冬弥よりも俺の方が調理が得意だからという理由で冬弥が採集担当で、俺が調理担当だ。

「ありがとう。じゃあ今日はご馳走だな」

 虫を食べるのは成虫が多い中、幼虫を食べられる日は俺たちの中で特別な日だった。

「冬弥、今日幼虫採れたのはラッキーだったな。どっか穴場でも見つけたか?」

「いや、いつものとこら辺を掘り起こしまくっただけだ」

「なんだそれ。……まあでも、そのおかげで母さんにも食わせてやれるだけありそうだ」

 ”母さん”。もう三年も前に亡くなった俺たちの親だ。貧民街に捨てられていた俺たちを拾って、名前をつけて育ててくれた。

 俺たち二人の母さんはあの人一人だけだ。

「夏樹、マフラーと手袋どこ置いた?今日いるだろ」

「いつものとこ干してあるよ」

 今日は母さんの命日。俺たちは母さんから貰ったマフラーと手袋を大切にしている。冬には身につけ、夏には干して常に傍に置いている。母さんが貧民街に来る前、自分で編んだものらしい。それを、生前の冬、寒がっていた俺たちに譲ってくれた。

 それ以来、俺たちは記念日や誰かの誕生日など特別な日にはマフラーと手袋を手元に置いている。

「冬弥、できたよ」

「よっしゃ、なら食おうぜ」

 2人で食事を石で作られた簡易的な机の上に運ぶ。

「「いただきます」」

 今日はどんぐりのスープと幼虫の素焼き。いつもだとスープと葉っぱだけだからかなりのご馳走だ。

「うまっ!やっぱ夏樹は流石だよなぁ」

「それは良かった。そうだ母さん――」

 いつものように俺たちはご飯を食べながら母さんに今日の出来事を話していた。

 ろくな食料も衣服も家すらもない貧民街で過ごす俺たちにとって、三人で食事を取るのはとても幸せな時間だった。

 そんなことを思ったのも束の間、突然俺たちの元に大人が二人やってきた。

「君たちが夏樹くんと冬弥くんだね?」

「なんだお前ら」

 冬弥は大人たちが入ってきたことがわかった瞬間、以前、密輸船から盗んでおいた一丁の拳銃を構え、俺はナイフを手に取っていた。常に命を狙われる危険のあるこの貧民街では、生きていくために人を殺すことを余儀なくされる場面が幾度となく現れる。過去にも何度もあった。昔は母さんが俺たちを守ってくれていたが、今では二人で戦うときめている。

 大人たちはすぐに武器を持った俺たちを見て目を見開いた。

「まさか、こんな子供たちがこんなにも素早く武器を構えるなんて……」

「貧民街で、しかもあの女に育てられている。当たり前だろう」

 俺たちは大人たちが何を話しているのか見当がつかなかった。しかし、大人たちは二人だけで話を進め、話がまとまると俺たちの方へ向って話し始めた。

「――というわけで、君たちを引き取りたいという家がある」

 それは俺たちの里親候補がいる、という話だった。大人たちは母さんが貧民街に来る前の知り合いだったらしい。

「それって俺たち二人を一緒に引き取るってことか?」

「いや、一人ずつ別々だ」

 一人ずつ別々。その言葉に冬弥は顔をしかめた。

 それもそうだ。俺たちは二人で一つのように育ち、母さんと三人で暮らすことが幸せだったのだから。俺たちに、母さん以外の親なんていらない。冬弥はそう思っていたのだろう。

 だが、このまま二人でここに住んでいてもいずれ食料は底をつき、よくわからない組織に狙われ死ぬ可能性もある。それならば二人別々でもそれぞれ里親の元で暮らす方が断然いいだろう。

「わかりました。その家に行きます」

「は?おい夏樹、正気かお前」

「正気だよ。このままここにいても食料が尽きることも命を狙われることもあって、いつ死んでもおかしくない。母さんはそんなの俺たちに望んでない」

 それは確かにそうだけど……と呟く冬弥の手を俺は強く握った。

「大丈夫だ。生きていればいつか出会える日がくる。それに、俺たちには母さんのマフラーと手袋がある」

「……ああ。そうだな。わかった。長く生きてまたいつか俺たちと母さんで暮らそう」

 俺たちはそれぞれの家で生きることを決めた。

 それから大人たちは俺たちを里親に会わせ、諸々の手続きをしていった。

「今日から君は篠原家の一員だよ、夏樹くん。急にとは言わないが、いつかはちゃんと家族だと思えるように接していくから夏樹くんもなんでも言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 この日から俺は篠原夏樹として生きることになった。篠原さんたちは優しく、俺が昔から篠原家の息子であったかのように接してくれた。

 一応年齢が十六歳という事だったので学校にも通った方がいいだろうと言ってくれた。とりあえず中学卒業までの学力はつけてから高校に行くということになり、半年ほど勉強を教えてもらった。俺は吸収能力が高いらしく、教えたことをすぐに自分のものにしていた俺を見て篠原さんが驚いていた。

 その頃には新しい家にも慣れ、俺は篠原さんたちをお父さん、お母さんと呼べるようになっていた。

「夏樹は飲み込みがとても早いね。これなら高校でも安心だ」

「そんなことないよ。お父さんのおかげだよ」

 そう言うとお母さんにも夏樹の実力よと褒められた。

「来週頃から学校へ行けそうね」

「うん。ありがとう」

 来週からまた新しい環境へ出ていく。不安と期待が折り重なって少し複雑な気持ちでいた。

 この半年、俺は充実した生活を送っていたが、冬弥はどうしているだろうか。あいつは少し荒い性格をしている所があるから少し心配だけど、適応能力も高いから大丈夫だろうと思っている。

          〇

 その週末。俺は両親に入学祝いに何が欲しいかと尋ねられていた。

「もう冬だし防寒具とかいいかもね」

「部屋に飾るものとかでも良くないか」

「あ、マフラーとかどうかしら。夏樹が持ってるのもうボロボロだし」

「マフラーはいらない!!」

 せっかく二人が考えてくれていたのに俺はつい大声をあげてしまった。母さんの形見のマフラーは絶対に手離したくない。

「あ、ごめん。急に大声出して」

「ううん、こっちこそごめんね。大切な物なのね」

「うん。……入学祝い、もう少し考えてもいいかな」

「もちろんだ。ゆっくり考えるといい」

「ありがとう」

          〇

 月曜日。俺の初めての学校生活が始まろうとしていた。

「まあ、夏樹。制服とっても似合ってるわね」

「そうかな」

 お母さんに褒められ、俺は少し照れくさくなってしまった。

「ちゃんと朝食はとったか?忘れ物はないか?道覚えているか?」

「もう、お父さん心配しすぎだよ。俺だってそんな子供じゃないんだから」

 俺は初め、お父さんは厳しい人だと思っていた。だが、実際はかなりの心配性というだけだった。

 それじゃ、いってきます、と二人に声をかけ、家を出た。学校までは一キロメートルほどしかなく、新鮮な気持ちで歩いているとあっという間だった。

 学校に着いて職員室へ行くと、担任がSHRで紹介するからそのつもりしておいてねと話しかけてきて、思わず

「自己紹介か……」

と声が漏れてしまった。幸い、周りに誰もいなかったので誰かに聞かれるということはなかったから安心した。

 担任の後ろについて教室まで移動して、ドアの前で少し待っていた。

「SHR始めるから席ついて。今日は転校生を紹介する。入ってきて」

 担任がそう言うとクラスからまた?先月も来たじゃん。うちのクラスだけ多くない?男子ならイケメン希望!などと声が上がっていた。とりあえず中に入り、自己紹介をする。

「篠原夏樹です。よろしくお願いします」

 クラスからは拍手とよろしく~という声が聞こえてきた。しかし、その中で一人、ガタッと大きく音を立てて席を立った。

「おい、佐々木。どうした?」

「……な、つき?」

 その、聞き覚えのある声に俺は驚いた。

「え、冬弥……?」

「ほんとに夏樹か?」

「お前こそ、本当に冬弥だよな?」

「ああ!夏樹、元気にしてたか?」

 まさか同じ学校、しかも同じクラスに冬弥がいるなんて思ってもいなかった。

「佐々木と篠原は知り合いかもしれないが、今はSHR中だから後にして。とりあえず篠原の席は佐々木の後ろな」

「あ、はい。すみません」

「じゃあ連絡は……」

 無事にSHRが終わると同時に冬弥が後ろを振り返り、クラスの何人かが寄ってきた。

「夏樹もこの学校だったんだな」

「俺も、まさか冬弥がいるなんて思ってなかったよ」

「おい、佐々木。篠原とどういう関係だよ」

 冬弥がそう問われ、俺の方を見て

「兄弟みたいなもんだよ」

と答えた。

 一緒に育ったとか?と笑い混じりに聞かれ、そうだけど悪いか、と答えた冬弥は少し恥ずかしそうにしていた。

          〇

 その日の帰り、俺は冬弥と久しぶりの会話を楽しんだ。それぞれの家に引き取られてからの話、先に学校生活を始めた冬弥の話など、家に着くまでずっと話していた。

 家と学校との距離は俺の方が近かったが、冬弥の家もすぐ近くにあった。

「こんなに近くに住んでたのに半年も会ってなかったのか」

「逆にすごいよな」

 家に着いても話し足りなかった俺が家に泊まらないかと提案すると冬弥は嬉しそうに賛成した。

「ただいま。お母さん、今日一人泊めていい?」

「おかえり夏樹。良いわよ。もうお友達できたの?」

「いや、兄弟」

 さらっと兄弟と言った俺を冬弥は恥ずかしそうにチラチラ見ていた。

 そう……え、兄弟?とお母さんは驚いていたが少し考え込み、あの時の子ね……と一人で納得していた。

 その日は二人でずっと話していた。貧民街での思い出話なんかもした。二人とも母さんのマフラーと手袋を傍に置いたまま。

「そうだ、冬弥。入学祝いって何貰うべきだと思う?」

「あー、それ。俺も未だに迷ってんだよね」

 二人で悩んだ挙句、出した結論は防寒具だった。俺たちは母さんのマフラーと手袋をそれぞれが持ってるだけで俺は手袋を、冬弥はマフラーを持っていなかったから貧民街での育て親の思い出と今の親を大切に、そしてお互いを忘れないようにという願いも兼ねて。

 その後、俺は両親に入学祝いに手袋が欲しいと伝えた。二人は喜んで一緒に買いに行ってくれた。俺は母さんのマフラーの柄と似た柄の手袋を選んだ。

「ありがとう、二人とも。大切にするよ」

          〇

 あれから無事に高校を卒業し、俺は大学へ進学、冬弥は就職とそれぞれの道を進んでいた。俺は建築系の大学で学び、建築関係の職場で働いていた。

「――もしもし、冬弥。そろそろあの計画、実行に移せそうだ」

 ”あの計画”とは、俺が建築系に進み、二人で稼いだお金で家を建て、三人で暮らすという計画だ。これから設計図を書くというところだから実現まではまだまだかかりそうだが、計画が現実になりつつある。

 それから何度も冬弥と相談し、自分たちの思い描く家を完成させることが出来た。

 俺は篠原家に沢山お世話になったお礼を言い、以前から話していた引越しをすると伝えた。

「そうか。またいつでも戻っておいで」

「私たちはいつでも夏樹の帰りを待ってるわ」

「ありがとう。……もし良かったら二人も新しい家に遊びに来てね」

 俺はそう言って家を出た。少し寂しい気持ちもあったけれどお父さんもお母さんもずっと大好きで、大切なのは変わらず、俺の心にいてくれている。そう考えると不思議と寂しさはなくなっていた。

 新居の前で冬弥と出会った。俺たちはなんだかおかしくなって少しの間笑っていた。その後家に入り、帽子掛けにマフラーと手袋を掛け、その隣の棚の上に母さんの写真を置いた。

「今日からここが俺たちの新しい家だよ、母さん」

          〇

 数ヶ月後。

「冬弥兄ちゃん、勉強教えて!」

「夏樹兄ちゃん、料理教えて~」

「冬弥兄、夏樹兄何か届いたよ」

 たくさんの子供たちに囲まれて楽しく暮らしていた。俺たちの家は貧民街の子供たちを集め、読み書きを教えたり、ご飯を食べさせたりと孤児院のようになっていた。

 家を建てる計画をしていた時、俺は冬弥と孤児を助けてあげたいと話していた。母さんが俺たちを助けてくれていなかったら俺たちは今ここにいなかったかもしれない。だからこそ、俺たちも子供たちを助けてあげたいと思った。だからある程度大きな土地を買い、広い家を建てた。貧民街を訪ねた時、子供たちは初め、殺されるのかと思い怯えていたが、今ではすっかり懐いてくれている。

 夕食の準備をしているとふと写真を見つけた一人が聞いてきた。

「ねぇ、この人誰?」

「その人は俺たちの母さんだよ。そこにかかってるマフラーと手袋を俺たちにくれたんだ」

 貧民街で俺たちを育ててくれた大切な母。母さんに繋いで貰った命を今、マフラーと手袋と共にこの子たちに繋いでこの先も生きていく――

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鳥人間 @Toriningen

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