掌編小説・『プロレス』

夢美瑠瑠

掌編小説・『プロレス』

(これは、2019年の「プロレスの日」にアメブロに投稿したものです)


掌編小説・『プロレス』


 『女子プロレス最強タッグ決定戦』という横弾幕が張られた「格闘技の殿堂」・日本武道館は、10万人の群衆でごった返して、興奮と熱気でさながら超特大のサウナが突然出現したような騒擾な空間になっていた。

 その現代版コロッセオの中央には、眩しいライトを四方八方から浴びて光り輝いている、真新しいプロレスリングが配置されていた。

 高らかなファンファーレと共に、四人の美女プロレスラーが、颯爽と現れた。

 稀代のヒール、覆面も衣装もヒョウ柄、すごい肉体の『エンジェル正美』と、人気抜群のベビーフェイス、キュートで清純な美少女タイプ、『ハニー鈴木』のタッグが、肩を組んで登場して、赤コーナーに陣取る。

 ハニー鈴木のコスチュームは、いつものように、紺色のスクール水着で、これを観たさに見物席に来るマニアックなファンも多かった。

 エンジェル正美が腕を振り上げて雄叫びを上げると、割れんばかりの歓声と五色の紙テープが、「美女と野獣」のような「ミスマッチコンビ」に降り注いだ。

 青コーナーには人気も実力もナンバーワンで、人呼んで『デストロイギャルズ』、

長髪で端正な美貌、お姉さまタイプの『長夜百恵』と、ボーイッシュな武闘派、『タイガー明日香』のタッグが囂々(ごうごう)たる歓声を浴びつつお揃いのシルクのレオタードをキラキラさせながら陣取って、笑顔で手を振って黄色い嬌声にこたえる。

 予選を勝ち抜いていよいよ頂上決戦に臨む両タッグは、一億円のファイトマネーをめぐって、興奮の坩堝(るつぼ)と化した武道館の最中央で、死力の限りを尽くして雌雄を決する戦いに挑むのだ!

 雌雄を決しても相変わらず肉体は女性のままだが、?勝者の証として贈られるチャンピオンベルトには、雄々しい獅子の咆哮する姿を象った黄金のエンブレムが描かれているのであった!

 それは女子プロレスラーにとっては最高の栄誉なのであった。…



  プロレスの醍醐味は肉弾戦の中のテクニック、スピード、そうして体力、力、そうした様々の要素の目にも止まらぬせめぎあいである。汗が飛び散り、逞しい肉体が盛大にぶつかり合う、そうしたギリギリの全力勝負が観客に胸のすくようなカタルシスを与える。

 強いものが勝つ、それは当然だが、勝者と敗者を分けるのは日ごろの鍛錬と練習の量や科学的合理性、そうして結局はレスラーの闘志や精神力の充実、優劣かもしれない…


「カーン!」とゴングが鳴り、エンジェル正美と長夜百恵がリングに飛び出す。

 いきなり俊敏な長夜がタックルを掛けて、大柄なエンジェルをリングにひっくり返した。

 少したじろいだエンジェルの隙を狙ってコブラツイストを掛けようとする。

 しばらく揉み合いが続いて、立ち直ったエンジェルが長夜にブレーンバスターをかました。「ドーン!」と長夜が脳天から粉砕されてふらつくような様子を見せつつ、

タイガー明日香とタッチした。

 見せ場を作るためにエンジェルもハニー鈴木とタッチした。

 小柄なJKのようなハニーは、勇を鼓す、という感じに相手に挑んでいったが、すぐにつかまってベアハッグをされる。

「ううう…」と呻きながら、ハニーは苦悶の表情を浮かべる。

 この「いじめられる美少女」という場面は一種の女子プロレスの名物で、少し残酷だが、カルト的な人気があって、場内には少し淫靡な空気が流れる…

… …

 そのうちに、四人は少し、身体に妙な異変を覚えだした。

 カッカッと全身が妙に火照るのだ。視界が霞むような、そうしてピンク色のもやがかかるような不思議な違和感に襲われる。

 そのうちに美女レスラーたちの目つきがトロンとして、焦点が定まらなくなり、全身が紅潮する。

 そうして身体がふにゃふにゃして、何だか強烈に発情するような気分になってきた!

(どうしたんだろう…大事な試合中なのに…ハニーがすごく可愛く見えてきたわ。我慢できない…)

 長夜は鮮烈な欲望に我慢できず、ハニーを組み伏せて、胸元を愛撫しつつ、濃厚なキスをし始めた。

(うーん、むずむずするう…タイガーちゃん、なんて綺麗なの…)

エンジェルも、ふわふわするような興奮を抑えきらず、タイガーと抱き合って、

胸元をまさぐり始めた。

「?」

 観客は訳が分からず、静まり返って、事の成り行きを注視した。



  …異変を感じたレフリーや関係者が慌てて駆け寄ろうとしたが、それよりも素早く観客席に潜んでいた5,6人の黒い覆面姿の屈強な男たちがリングに乱入して、レフリーたちを殴り倒して、リングマイクを手にもって大声でしゃべり始めた。

「観客ども!いいか!おれたちが試合前にこの女たちに催淫剤を飲ませてメロメロにしてやったんだ!これからこの女たちを掻っ攫って逃亡する!行く先は言わぬが花だ!ククククク。この女たちにはメス奴隷になる運命が待っている!あばよ!」

 そう言ってからマイクを放り出して、男たちはぐったりしている美女レスラーたちをてんでに抱きかかえて逃げようとした。万事休すか…?

「待てっ!!!」

その時だった。

「タイガーマスク」が疾風のような勢いでどこからともなく現れて、リングに飛び込み、男の一人に勢いよくロケットキックをかました。

「ぐふっ!」大男が一撃で吹っ飛んだ!

「悪者ども!!卑劣な真似は許さんぞ!食らえ!」

 タイガーマスクは痛烈な空手チョップや足技を繰り出して、目にも止まらぬ早業で次々と男たちをぶっ飛ばした。

 まさに俊敏極まりない、獰猛な虎のような迫力だった。

 1分もかからずに男たちは全員のびてしまい、駆けつけた警官たちに連行された。

「大丈夫でしたか?お嬢さん方?」

 タイガーマスクは選手たちに解毒剤を飲ませて助け起こし、優しく声を掛けた。

「ありがとう。ええ…大丈夫です。危ないところをどうも」

 ハニー鈴木が顔を赤らめてお礼を言った。

「偶然見物に来ていたんです。間に合ってよかった。多分、反社に雇われたならず者のレスラー崩れでしょう…試合は後日に延期だそうです。もう今日は帰りましょう」

「は、はい」

 選手たちはタオルにくるまれて控室に戻った…

 二時間後。

 タイガーマスクと二組のタッグの5人は、夜の街に出てバーで一杯やった後、歩きながら歓談していた。

「お嬢さんたち、今日は大変でしたね。どうですか?これから僕とお口直しに一夜を共にしませんか?ホテルの部屋を予約してあります」

 マスクを取った「伊達直人」は、ハンサムな顔に笑顔を浮かべて、美女レスラーたちに誘いをかけた。

 彼は実は大変な好き者で、この四人の大ファンでもあった。

「正義の味方」が誘えば、簡単に陥落すると思っていたのだ。

(ククククク。今宵は念願のアイドルレスラーのハーレムか…)

 狼のように内心ほくそ笑んでいた。

女子レスラーたちから「ええ、喜んで」という答えが返ってくるか…と思いきや、

あっ!エンジェル正美がいきなりドーン、と伊達直人を突き飛ばした。

「?」

後ろ向けに尻もちをついた伊達直人は、目を白黒させた。なんだ?

「ふざけんじゃないよ!」

エンジェル正美が目を怒らせて大声で叫んだ。

「このドスケベ野郎!黒子を仕込んで私たちをたぶらかそうとしてたんだろ!解毒薬を持ってたり、タイミングよくリングコスチュームで現れたり、吉本新喜劇じゃあるまいし、そんな三文芝居に引っかかるもんか!とっくにお見通しだよ!」

 伊達直人は真っ蒼になった。

「そうよそうよ!」

 長夜百恵も美貌の柳眉を逆立てて罵った。

「ヘンタイ複数プレイがしたかったらそっちのクラブへでも行きなさい!黙っててやるから二度と私たちに近づかないで!なぜ黙ってるかって?それはね、私たちにレズビアンの愛戯の素晴らしさを教えてくれることになったからだよ!これから私たちは四人でホテルに行くんです。エッチな伊達ヒーローはとっとと消え失せろ!」

「くそっ、畜生、覚えてろ!」

化けの皮を剝がれた伊達直人は起き直して、どこへともなく逃げていった。

あはははは!バーカ!と、美女たちは指さして大笑いした後、二人ずつ肩を組んで夜の雑踏の喧騒の中に消えていったのだった…

 

「前半の虎、後半の狼」という話でございましたw


めでたしめでたし。


<了>


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