第4話 自称探偵登場

 大聖堂付近のとある店内

 

 今回は案外簡単だったな。これであの男とも縁が切れたかと思うとせいせいしたわ。女心をもてあそんだ罰よ。あとは、これを片付ければ証拠も残らず万事成功ね。その女性は何人かの人物を頭に思い描きながら、次はどうやって殺そうかしらと思いにふけっていた。


 すると店のドアが勢いよく開き、数人の警官が入ってきて、その女性をいきなり取り囲んだ。


「えっ、なに?」

「転落事故のことについて、少し尋ねたいことがある。」

「尋ねるっていうより、囲んで圧力かけてるじゃない。」


警官は店内を物色し始め、いくつかの容器を持ち出そうとしていた。

「ちょっと、なにするのよ。」

「ケイティさん、素直に従った方がいいですよ。」


 ケイティと呼ばれた女性は、なぜ警官が自分の名前を知っているのか、それよりもなんで警官がここにいるのか、さっぱりわからなかった。ひとしきり店内の調査が終わると、ケイティはパトカーに乗るよう促された。それを無視してケイティが逃げ出そうとした時、警官の一人がケイティの腕をつかんだ。


「放しなさいよ~。」


大聖堂前


遠くの方で女性の悲鳴が上がった。


 声の方を見ると、さっき竜崎がジェラートを買った店の店員が警官に取り押さえられていた。いったい何が起こったんだろうと、俺たちは状況が呑み込めないでいると、私立探偵の名乗る男が呆れた様子で状況を説明し始めた。


「さっきの転落死の殺人犯なん。」

「警官に取り押さえるよう指示したん。」


すると論田が話に割って入った。

「はあ?それ根拠あって言ってんでしょうね?」

「そもそも事故なんでしょ?犯人ってどういうことよ?」


 私立探偵は論田をさげすむような眼でみると、論田の服についたジェラートのシミを指さした。


「ビスタチオか。」

「ストロベリーだったら死んでたん。」


「それってジェラートに毒が混入されてたってこと?」


その会話を聞いていた竜崎が話に入ってきた。

「えっ、ストロベリー売り切れって言われたんだけど。」

「ストロベリー食べたかったから間違いないよ。」


 まだ説明しないとわからないのか、と言わんばかりにめんどくさそうな表情で、私立探偵は話をつづけた。


「最後のストロベリーに薬物を入れたん。」

「空になったジェラートの容器を処分すれば証拠隠滅と考えたん。」

「そして殺されたのは店員の恋人のひとりなん。」

「何味を注文するかあらかじめわかっていたん。」

「健康状態も把握していて、薬物の過剰摂取で薬の回る時間もわかっていたん。」


あまりの一方的な話に、論田は思わず声を荒げた。

「だから、それって証拠あるの?」

「妄想じゃないの?」


「妄想で警察は動かないん。」

「証拠はいま押収されているん。」

「死んだ男の服についたジェラートからも証拠がでるん。」


自称探偵は疲れた様子で論田を見ると、

「まだ話が聞きたいなら話してやってもいいん。」

「でも、しゃべりすぎて喉乾いたん。」


すると竜崎が気を利かせて、カフェに案内しようとした。

「ここじゃ暑いし、この先にカフェあるんで案内しますよ。」


「はあ?こんな得体のしれない人に媚び売ってどうすんのよ。」

「とはいえ、私も喉乾いた。蒼汰案内して。」


 俺は状況がよく呑み込めないままに、論田や竜崎と共に大聖堂を後にした。竜崎はどうやらベッキオ橋の先にあるカフェに向かっているようだ。道中ずっと論田は自称探偵に話しかけ続けていたが、探偵は論田を気に掛ける風もなく無言で歩いていた。


 ベッキオ橋はアルノ川にかかるフィレンツェで最古の橋である。橋の上には宝飾店が並び、さらにその上にはかつてのメディチ家が使っていた回廊がある。そして見た目にもカラフルで観光名所になっている。


「マコさんは宝石とかアクセサリーに興味ないんですか?」

「めんどくさいでしょ、つけたりするのが。」

「そうなんですね、宝石なんかより自分のが価値あるからって理由だと思ってました。」

「はぁ、そういうところもめんどうね。」

「くさなん。」

「おい、話聞いてたのか?私の質問にも答えろ!」


 俺たちはカフェに入り、改めて自称探偵から話を聞かせてもらうこととなった。

「そういえば、名前聞いてなかった。」

「日本語話してるけど日本人なの?」

「そもそも日本人の探偵がこんなとこで何してるの?」


 自称探偵は運ばれてきたコーヒーに砂糖を大量に入れて、論田の話に興味がないかのごとく、激甘のコーヒーを飲み始めた。


「山田次郎」


ぼそっと探偵が名乗った。


「はあ、それ本名じゃないでしょ?」

「ご想像にお任せするん。」


「依頼主から頼まれたん。」

「エジプトに行くはずだったのが、解決していたので次のイタリアに来たん。」

「エジプトの事件は、その人が関わってるん。」

と俺の方を見た。


「えっ、アオイが?」

「いったい何の事件を起こしたのよ、相変わらずブラッドオレンジなんか飲んで。成長しないな。」

 この時、論田はワインをグラスで2杯飲んでおり、かなりいい感じにテンションが上がっていた。


 初めて会うこの人がなんで俺のことを知っているのだろう。それもつい先日の出来事だ。ニュースには俺もデニーさんも葉山さんも、関係者の名前は一切公表されていない。依頼主ってまさかLF教団なのだろうか。


 論田はすっかり酔ったようで、椅子にもたれ掛けるようにして眠ってしまった。いつの間にかついてきていたペルも論田の膝の上で寝はじめた。


 俺は、俺のことを知るこの探偵に興味がわき、さっきの事件のことも含めて話を聞かせてもらうことにした。


 山田の話によると、さっき捕まえたのは偶然発見した殺人鬼で、山田が本来追っている連続殺人犯とは別とのことであった。


 ジェラート屋の店員をしていたケイティは、複数の、どうやらジェラートの味と同じだけの恋人がおり、それぞれの持病に使う薬をジェラートに練り込んで過剰摂取させ、死に至らしめていたらしい。

 

 さっきの転落死した男性は狭心症の持病があり、治療薬の類を大量にのませることで意識を失わせた。手すりにはあらかじめ細工をしておき、男をその手すりに誘導した。おそらく、上から写真を撮ってきてほしいとか言ったのだろう。万が一、検死されても普段飲んでいる薬が多めに検出されるだけなので、殺人の疑いは持たれない。


 この時に一般観光客が事故に巻き込まれることも十分考えられたが、ケイティはそんなことは気にしていなかったようだ。


「それにしても、なんで殺人鬼ってわかったんですか?」

「そんなの見ればわかるん。」

「殺された男にジェラートを売るときのしぐさ、視線の動き、話し方。」

「ストロベリー味を注文した時の反応もわかりやすいん。」

「それに同じ指輪をしてたん。」

「言い出せばきりがないん。」


 どうやら、殺された男にジェラートを売っているところから観察していたようであった。


「どうしてジェラートの味ごとに恋人がいて、殺そうとしているってわかったんですか?」

「昨日も不審死があって、その死体にジェラートが付着していたん。チョコ味の。」

「今追っている連続殺人との関連性を調べるうちに、あの店に行きついたん。」

「たんなる偶然なん。」


 山田の言う通り、後日ケイティは全ての殺人を認めた。全部で10人の恋人がおり、順番に殺していく計画だったという。殺人の動機はそれぞれに浮気をされていると思い、全員が信じられなくなったからだという。なんとも恐ろしい。


「ところで、こんなに話してやったん。」

「ちょっと手伝うん。」


 山田は俺に協力を求めてきた。どうやら今追っている連続殺人事件の手伝いをしろということのようだ。


「犯人の目星はついているん。」

「ただ証拠を残さない賢いやつなん。」


「ちょっと殺されてくれなん。」


「えっ?」
























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花香る国の殺人 小泉葵 @Zorro-Fiore

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