その4

 小説投稿サイトで人気が出た頃にも書籍化が叶わなかったシコ娘だが、ここに来て商品化へ動き出そうとする営利企業が現れた。作中に四股名しこなの使用がなくなったことで、当時よりも商業化のハードルが下がったと判断されたのだろう。

 しかし、シコ娘ユニバースを商業化することは困難を極めた。すでに原作者の多治たじ氏のみならず、多くのクリエイターたちの手が入ってしまっているシコ娘は、作品設定やキャラクターデザインに関して複数人の人間が複雑に関わりすぎていたため、著作者が不明であり、これを特定するのに相当な努力を払う必要があるとわかったのである。

 万が一、強引に話を進めれば、多くの批判と炎上が起こることは自明の理である。ネット上は乾燥した草地に等しく、悪評という火がつくと瞬く間に燃え広がるのである。その火災は企業にとって深刻なダメージとなりうる。

 実際、シコ娘をドル箱と見て、相撲を取るために生まれた美少女たちという設定の「スモ娘」なるオリジナル美少女キャラクターを商標登録しようという愚行を犯した企業は、まるで焦土作戦にでも遭ったかのように跡形もなく消え去った。

 シコ娘の商業化はもはや手遅れだった。シコ娘は非営利の創作物であり続けたのである。


 その後も、シコ娘ユニバースの広がりはとどまるところを知らなかった。

 動画サイトでは、シコ娘のイメージソングを作曲し、音声合成ソフトを使ってコンピュータに歌わせる音楽系クリエイターも現れた。タイトルは「どすこい伝説」。楽曲は、十五日間に及ぶ過酷な戦いに向かう少女たちをイメージしているというが、やたらと耳に張り付くキャッチーでキッチュなメロディと、一聴しただけではなにを歌っているのかわからない詰め込み型の独創的な歌詞が特徴で、その麻薬的な魅力は多くの中毒者を生み出した。

 これをきっかけに、作曲も静かなブームとなり、アニメのオープニング、エンディングをイメージした楽曲から、各シコ娘のテーマソングなど、多様な関連楽曲が生まれた。

 各地の大規模同人誌即売会では、シコ娘のコスプレに身を包むコスプレイヤーたちがぞくぞくと現れた。そのほとんどはスポブラパンツではなく、勝負ドレスと呼ばれる衣装を着ていた。

 勝負ドレスとは、シコ娘たちが土俵入りする際に着る特別な衣装のことで、実際の力士で言うところの化粧廻しに相当するものである。

 ドレスといっても、そのデザインはさまざまで、フリルだらけのアイドル風のものから、スタッド&レザーのロックアーティスト風のものまで、どの勝負ドレスも各シコ娘のキャラクターの特徴を捉えてデザインされていた。

 中には自分の考えたオリジナルシコ娘のオリジナル勝負ドレスを身にまとう者もおり、それは一体誰のなんなんだという声も上がった。

 実はこの「土俵入りするときは勝負ドレスを着る」という設定は、シコ娘の胸のサイズと同様に、後付けで生まれた設定である。

 漫画「アームド・アンド・レディ」の作者、道重みちしげなお氏は、熱心なシコ娘フォロワーであり、SNS上にウルフちゃんや、ハワイ出身の巨乳シコ娘ボノなどのイラストを公開していたが、ついには氏オリジナルの漫画を公開するに至った。

 道重氏は趣味の落書きですと断っていたが、実際は、氏が考え出したタカミサというオリジナルのシコ娘を主人公に据えた、読み切り一本分の本格的な内容だった。

 タカミサは入幕二場所目、取組中に全身骨折という生死の境をさまよう大怪我を負うも、大好きな相撲を続けるために、体中の骨を特殊な金属フレームの骨格に変えた相撲サイボーグとなって帰って来るという衝撃的な設定を持ち、その曲がったことを嫌う生真面目な性格も相まって、「シコ娘界のロボコップ」という異名を取るキャラクターだった。

 作品は、スピード感溢れる戦闘描写を得意とする氏ならではの圧巻の取組シーンなど、見応えのある一作となっており、無理とはわかっていても書籍化を求める声が多く上がった。

 シコ娘人気は国内にとどまらず海外のヲタク勢にも波及していった。擬人化、美少女化というジャンルは日本発のカルチャーとして海外でも受けており、日本古来の伝統的カルチャーである相撲と、新たな日本のカルチャーとなった美少女化の掛け合わせは、外国の人々の目には特に刺激的に映ったようだった。

 シコ娘を知った外国人の中には、最近、日本では美少女アイドルたちの相撲が生で見られるらしいと勘違いしている人々もおり、実際に来日して悲しい思いをしたという外国人観光客もいた。

 彼らは勇み足という言葉を覚えて母国に帰っていったという。


 そしてついに、シコ娘は現実の相撲界に影響を及ぼし始めた。シコ娘のブームで逆輸入的に相撲人気が再燃したのである。シコ娘から相撲に興味を持ったという若い層が増え、場所中の夕方には、SNSのトレンドに相撲関連のワードが並ぶようになった。

 バンドTシャツを着てロックコンサートに向かう音楽ファンよろしく、シコ娘のキャラクターをプリントしたTシャツ――シコT――を着て、相撲観戦に向かうファンもいた。もちろんシコTはファンたちの自作である。

 さらには、現役力士の化粧廻しにウルフちゃんが登場した。関脇の昇風しょうふう関が締めた化粧廻しである。原作のウルフちゃんが関脇で優勝したことにあやかり、後援会が用意したものだった。

 横綱の取組に懸賞をかけ、ウルフちゃんの顔を刺繍した懸賞旗を土俵に上げた者もいた。後に判明したところによると、これは、熱心なシコ娘ファンだという、システム関連企業カカトシステムズの代表取締役社長が、自らのポケットマネーで行ったことだった。

 こういった相撲人気の盛り上がりによって、初期から一貫して厳しい態度を見せていた相撲協会も、もはやシコ娘を無視するわけにはいかなくなっており、いくらか柔和な態度を取るようになっていた。


「私には良さを理解するのが難しいが、多くの若い人たちが相撲に興味を持つための入り口になっていることは、評価しなければならないことだし、素直に喜ばしいことだと思う」


 これは相撲協会理事長の言葉である。

 たったひとりの投稿小説から始まり、多くのクリエイターを巻き込み、賛否を巻き起こしながら成長した特殊なコンテンツが、ついに本家に認められた瞬間だった。


 さて、それ以降に見られた新たな動きとしては、クラウドファンディングでアプリゲームを制作しようという同人ソフトウェアグループが登場したことだろう。シコ娘プロジェクトで積極的に考察を行っていたフォロワーたちが結成したグループで、「シコ娘・初場所制作委員会」と名付けられている。

 プレイヤーは相撲部屋の親方となり、シコ娘たちを育成して十五日間の場所を戦わせるという内容とのことだった。無料の同人ゲームとしてどこまでのクオリティが出せるのか未知数ではあるが、シコ娘の世界観についてかなり詳しいメンバーによって制作されるため、非常に大きな期待がかかっている。

 配信日はまだ決まっていないが、多くのシコ娘フォロワーたちが、今や遅しと完成を待ちわびている。


 以上、これまでのシコ娘が辿った変遷をまとめた筆者も、作品からのインスパイアを受け、新たな物語の執筆に向かおうと思っている。タイトルは「マン娘」。異世界に存在する実在の漫才コンビの名前を受け継いだ美少女たちが大喜利バトルを戦い抜くというストーリーだ。キャッチフレーズは「もっと激しくツッコんで!」

 シコ娘は個人から始まる小さな創作物に夢を与えた。筆者はそんな奇跡がすべてのクリエイターたちの、あらゆる作品に起こることを願って止まない。もちろん、自作の物語にも。


―了―

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シコ娘 三宅 蘭二朗 @michelangelo

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