最終話
次の日、駐車場で河内は声をかけてこなかった。それどころか姿も見なかった。
けれども会社に出勤はしていた。僕を見て「おはようございます」とあいさつをしただけだった。
仕事中も何かあるのではないかと警戒していたが、何も起こらなかった。
河内の様子を常に気にしてみたが、特に変わったことはなかった。
いやそれよりも、河内は仕事のスピードが速い。こんなに仕事が出来る奴だったのか、知らなかった。
そろそろ仕事のチーム編成の時期だ。僕は次期チーフに決まっていた。チームのメンバーを選ぶことが出来る。
河内は仕事以外で話しかけるなと言った。つまり仕事で声をかけるのはいいのだ。河内は優秀な人材らしい、僕のチームに欲しいと思った。
次の日、僕はいつもより早く会社の駐車場に着いた。そしてそのままスマホを見ているふりをして車に乗っていた。
河内が来た。ピンクと白のツートンカラーの車に乗っている。女子に人気の車だ。
河内は僕に対面する側に車を停めた。会社のルールでは駐車場に来た順に、端から停めることになっている。
僕はスマホを見るふりをしてカメラ機能を立ち上げて河内を見ていた。
河内は駐車したあと、スマホを確認して車を降りた。誰かを探す素振りも見せず会社に向かった。僕は河内の車のナンバーを見た。
〇〇xx x 77―51
なな、こい……。菜奈に恋? やばい、僕まで毒されているのか。
違う、僕は仕事のチームメンバーに河内が欲しいだけなんだ。
それから僕は、少し早く駐車場に来ては河内の姿を確認する日々が続いた。
なぜか声をかけることは出来なかった。
休日、ツタヤで駐車スペースを探していると見つけた。
ピンクと白のツートンカラー。ナンバーは77―51。河内の車だ。
河内が駐車している場所と対面のところがちょうど空いたので、僕はそこに車を停めた。
少ししたら河内が来た。隣に怖そうな男の人がいる。背が高くて鋭い目つきをしている。彼氏だろうか。
河内は僕を見つけ、隣の彼氏に何かを言った。河内の彼氏がこっちを見る。
やばい、何を言ったのだろう。河内の彼氏が近づいてくる。
河内の彼氏が運転席の窓に顔を近づけてきた。隣には河内もいる。僕は仕方なく窓を開けた。
「お兄さん、まさか菜奈のストーカーじゃないよね? 会社でも菜奈のことをよく見てるんだって? なんなら場所変えて話し合おうか?」
「ぼ、僕はストーカーではありません。菜奈さんを見ているなんて誤解です。でも気に障ったならすいませんでした、以後気をつけます」
怖かった。言い訳でもなんでも謝るしかなかった。
「菜奈、こう言ってるけど」
「そう、誤解なの。ならいいんじゃないかしら。失礼しました、佐々木さん」
意外にもあっさりと、河内と彼氏はツタヤの駐車場から出て行った。
助かった……それにしても怖い人と付きあってるんだな。
最近疲れることばかりだった。そういえば美雪の実家に行ってないな、久しぶりに行ってみることにした。
予定日まであと二週間ほどだった。それから僕は、毎日美雪の実家に寄った。
「最近、毎日来てくれるね」
美雪が嬉しそうに言った。僕の心も癒された。
僕は本当に、なんて馬鹿なことをしていたんだろう。
「あっ! 思い出した、あの人」
「どの人?」
「ほら、デパートとかツタヤでよく会ったあなたの会社の人。髪型が外巻きのオシャレな人。河内さんだよね」
河内が美雪とどんな繋がりがあるのだろう。心臓が早まる。
「高校時代のクラスメートの妹なのよ。
美雪がスマホで写真を探す。
みんな笑顔でピースをしたり肩を組んだり愉しそうだった。
先日ツタヤで河内と一緒にいた怖い男の人が映っていた。彼が河内幸之助だと美雪が言う。なんだ、彼氏じゃなくて兄だったのか。
「けど、いつ妹のほうの河内に会ったんだ?」
「去年のクラス会の時、幸之助の忘れ物を届けに来たのよ。オシャレな子だったから印象に残ってたのよね」
河内、もしかして僕を
不倫なんて馬鹿なことをして、今度は河内を追っている僕の目を覚まさせるために。
ありがとう河内。僕は家庭を大事にするよ。そして仕事では河内をチームに引っ張るよ。僕はこれから感謝を返すよ。
〇〇〇
「ありがとう、お兄ちゃん」
「おう、困ったらいつでも言ってくれ」
佐々木さんが私につきまとっているからと、お兄ちゃんに手を貸してもらった。
嘘は言っていない。佐々木がさんがよく私を探していたのは本当。
気づかないふりをするのは辛かった。私を求める佐々木さん、嬉しいけれどそれじゃ駄目なの。
辛いけれど私たちの恋のためには一旦離れないといけないの。
これでまた、佐々木さんを追うことが出来る。
私、愛されるよりも愛したい人間なの。今度はもっと慎重に、確実にあなたに近づくわ。
42ー51 青山えむ @seenaemu
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