第十九話 アルケ村の解脱祭(終)


壊れた身体を引きずるリツトを囲む多数の解脱者に対し、ピヨ爺の空間を千切り取るような拳撃が飛ぶ少しばかり前。

リツトが2度目の死に抗っていた時のことである。


アルケ村から家へと結ぶ道すがら、志半ばで力尽く小さな姿があった。


「ごめ゛ん゛、な、ざい……ごっめ゛んなっざい゛……」


昼下がりの太陽が草木の影を落とし、温暖な気候とは裏腹に涼しげな雰囲気を醸す森の道で、ホイミィは動かなくなった身体を地面に委ねたまま、さめざめと泣きこぼしていた。


血と臓物を贅沢にあしらった惨劇が幼い心を乱暴に引き裂き、惨劇の中で命を繋ぐ最愛の兄の為に燃やした体力は、目的を達する前に底をつく。


気力も体力も出し尽くしたその身体には現状に抗う術はなく、許されるのは頬を濡らすことだけ。


父に持たされた魔獣除けのお守りも壊れ、完全な無防備となったホイミィ。



―――そこへ一つの小さな影が現れた。


それは、ホイミィの様子を遠巻きに伺うような素振りを見せ、少しずつ近づいてくる。

ホイミィは依然として泣き続け、そのことには気付かない。


それはホイミィの足元をうろついた後、横たわる姿を沿うように顔の方へ向かう。


「!」


ホイミィの視界にそれが侵入し、全貌を露にする。


―――それはぶち模様の、コロコロと太ったまん丸アザラシであった。


否、正確に言うとアザラシではない。それにはアザラシではないことを示す2つの特徴があった為、アザラシのような魔獣、とするのが正しい表現である。


そのまん丸アザラシは、短く小さな4つの脚を使ってポテポテと歩き回り、その脚には、泳ぐ為のひれとしての機能は無いように見える。


どこまでか頭でどこからが背中かも形容しがたい丸いフォルムであるが、辛うじて頭頂部であるかと推測される部分から、細い茎が生えていた。

それは青々とした若草のような色合いで、それが根を張るアザラシ本体よりも高く背を伸ばし、その自重により折り返した先で葉っぱが揺れている。


無論、アザラシなど聞いたことも見たこともないホイミィにとって、その魔獣がが何に似ているかなどと考える余地はなく、ただただ変ちきな生物にしか映らない。


憔悴したホイミィにはそれが危険かどうかも分からず、それまでと変わらず涙ながらの謝罪を続ける。


「ミ゛ッ!」


魔獣が鳴く。「おっさんが無理して女声を出した」ような汚い音。

変なパーツを付け加えられていることを除いて、水族館で売られる愛らしいぬいぐるみのようなその魔獣から出ているとは信じ難い、それはそれは汚い濁音。


すると魔獣は自分の体をこすりつけるようにしてホイミィの涙を拭き、そのまま小さな径の円を描くようにして再びホイミィの正面に立つ。


「……?」


その短い毛に覆われた弾力のある身体を顔面で感じたホイミィは、繰り返していた謝罪の言葉を止め、腫らした瞼に包まれた蒼い宝石は曖昧に揺れる。


「ミ゛ッ!」


「……?」


「ンミ゛ッ!!」


それは2、3回鳴いて、ホイミィの眼前をうろついていたが、何やら思いついたように身体を翻し、走り出す。


魔獣はその短い足を懸命に回し、森の道をひた走る。

しばしば足がもつれて前方に転がるが、自身を鼓舞するかのように鳴いては立ち上がって走り出す。


身体は次第に汚れ、疲れからか口からはよだれが滴る。

それでも決して足を止めず、ボロボロになりながら何かを目指す。


数分が経過した頃、魔獣の足が止まる。

そこには小さな家があった。

その小さな家の前で、魔獣は必死に泣き喚く。


「ンミ゛~ッ!! ンミ゛~ッ!!」


足を懸命に伸ばして丸太を切り出した階段を登ると、小さな身体をドアにぶつけ、音を立てる。


すると、突然ドアが開き、踊り場にいた魔獣は階段をころころと転がる。

そこから現れたのは、大柄な老人であった。


「なんじゃあ? お前さん」


「ミ゛ミ゛!?」


魔獣はその巨躯が発する存在感に萎縮し、くぐもった声を漏らす。

身体は強張り、逃げろと本能が叫ぶ。


しかし、それを堪えてその脅威に近づき、必死に鳴き続ける。


「ん~?どうしてほしいんじゃあ?分からん……」


老人は強靭なその手で白髪を携えた頭を掻き、その顔には困惑が色濃く現れている。


魔獣は老人の足元を歩き回りながら鳴いた後、ズボンの裾を引っ張り始める。

数回裾を噛んだ後、少し離れて老人の顔を見上げ、走り出してしまう。


―――ついてこい。


老人はその魔獣の様子から意図を汲み取り、半信半疑ながらも後を追う。


先を走る魔獣は時折転がるが、それでも懸命に走る小さな身体。

その様子に、老人は背筋の凍るような感覚を覚え、脳裏に2人の子の顔が浮かぶ。


「あいつらに何か……!?」


胸中に生じたわずかな懸念。

そのわずかな懸念に巨躯からは冷や汗が吹き出し、その心臓は危険を叫ぶように鼓動を早める。


魔獣の後を追うにつれて不安の種は根を広げ、

「どこじゃ!? どこに向かわせるつもりじゃ!?」


老人は焦りから魔獣を恫喝。それでも魔獣は足を止めず、ただ身体を前に進める。


「ンミ゛ッ!!!」


黙って走っていた魔獣が大きく鳴く。

それと同時に、老人の眸は先で横たわる小さな身体を捉える。


「ホイミィ!!!」


ピヨ爺が叫びながら駆け寄ると、ホイミィを抱きかかえて、

「何があった!?」


「リ゛……ヅト、が……」


虚ろな目をした子が弱々しく一言。

その姿には小さな身体をバラバラにせんとばかりの罪悪感が溢れており、老人の脳裏には赤黒い靄が広がり、炸裂するような焦燥が老体を襲う。


「礼を言う。しかし、先を急ぐのでな。悪いがお主はここまでで良い」


そう言って魔獣の頭を撫でると、ピヨ爺は呪文を呟く。


「―――ファノ・ソギオ:グリゴーラ」


地面が振動し、木々が呻き声を上げて自身に留まる動物を解散させる。


ピヨ爺はホイミィを背負い、呟く。

「少し揺れるぞ」


刹那、地面を強烈な圧力が襲い、砕けた石片が宙に浮く。

ピヨ爺が地をすさまじい脚力で蹴り、空間をぶち抜くような速さで森の道を走る。


巨躯は前方にある大気を全て引きずり、周辺の木々は悲鳴を上げながらその幹に亀裂を生じさせる。

道と形容されていたその地面は、剛力により壊されていき、ひび割れた荒地へと変貌する。


時間にして40秒。


ピヨ爺が踏みとどまった地面は大きく陥没し、大量の土が飛散する。

引きずってきた森の空気が村の名前を記載した看板を吹き飛ばし、村の周囲を囲む木の柵がミシミシと音を立てる。


ピヨ爺は足にまとわりつく土を乱暴に払いのけると、ホイミィを柵に優しく寄りかからせる。


「ここで待っておれ」


村の中に立つ数体の狂乱を見つめ、ピヨ爺が歩き出した。



***********************************




「次はおまえらじゃあ!!!」



無残に壊された息子を背に感じながら立つピヨ爺が、殺意を乗せた怒気を放つ。


リツトの魔法により一時停止していたリールーら4人の解脱者が、頭部の無くなったヴェーラの亡骸に一瞥もせず、先から放たれる威圧を凝視する。


それぞれ意味不明な動きをしながら、こちらに歩み寄るが、その到着をピヨ爺は待たない。


大地を蹴る足は既に魔法の痕跡はないが、その体躯が生み出す強靭な筋力が非常識な推進力を生み、その拳は瞬く間にリールーの頭部を捉える。


激烈な拳撃は、消えたと思わせるほど瞬時に頭部を破壊し、跡形も残さない。

頭を失った胴体は遅れてやってきた圧力にひしゃげ、空中を転がるように吹き飛ばされる。


吹き飛ばした胴体を追うように、その先の解脱者に距離を詰めたピヨ爺が握り拳を作ると、大きく吸いこんだ息に音を乗せて放つ。


「ファノ・ソギオ:グロスィヤ!」


――――!


一瞬のことであった。


呪文を叫び間髪入れずに放たれた拳は中空を飛ぶ胴体に着弾。

胴体はその衝撃により瞬く間に塵となるが、その勢いは胴体だけに留まらない。

拳を起点としたその破壊は、そのまま前方の4体の解脱者を巻き込み、続くように前方数十メートルにあった家屋、道、その他全てが消滅した。


コンマ数秒で、そこにあったかつて人が生きた痕跡、今日そこに上塗られた血、それら全てが無に帰した。


破壊の音が周囲を飲み込み、無事であった背後の家屋を揺らす。

拳風に巻きあがる塵は、もはやそれが何であったかも検討がつかない。


拳を放つ為踏みしめた脚は膝下まで地面に食い込み、周囲の地面がめくれあがっていた。


―――純粋な破壊


人が抗えぬ自然の猛威でさえ労りがあったのだと思わせるほどの、圧倒的な力が一人の人間から生じたのである。


一滴の血すら残さない、何も無くなった平野を望む父の背に、窮地から助けられたはずのリツトでさえも、それに感じるのは恐怖のみ。


父に見た怪物性に、血に濡れた口は渇きを感じ、脳内を埋め尽くしていたはずの痛みは彼方へ追いやられていた。


ただただ眼前の光景に呆然とし、一片の言葉すら見出せないリツトの元へ、その怪物は険しい面持ちのまま歩み寄り、傍で膝をつく。


口を結んだまま、少年の身体に刻まれた数多の傷を見やる。


どれだけ傷つけられたのか。

どれだけの痛みが彼を襲っているのか。


どれだけ待たせてしまったのか。

どれだけ苦しい思いをさせてしまったのか。


検討もつかないほどに壊された少年を見下ろし、深い皺が刻まれた顔は歪み、その眸は破裂せんとばかりの憎悪が蠢く。

膝に乗せていた右拳は意図せず込められた力により音を立て、ズボンに赤い模様を落とす。


全身から放つ殺意は一体誰へ向けられたものなのか。

傷つけた解脱者か、傍にいなかった自分自身か、それとも別の何かか。

今の時点ではそれは分からない。


視線を少年の顔に移すと、そこに恐怖が渦巻いていることに気付き、吹き出る殺意をしまい込む。


目をつぶり、一度息を吐いてから少年の黒髪を撫でるが、その髪は大量の血に濡れており、じっとりとした感覚に奥にしまい込んだ憎悪が騒ぎ立てる。


「……あ」


少年は髪に伝わる感覚に少し反応し、小さく息を漏らす。

感覚をたどるように視線を動かしていくと、大きな手が、太い腕が、そして―――


―――父の顔があった。



「頑張ったな」



殺気立っていた怪物の表情は、一転して父の顔となり、口にしたのは一切の雑念がない、純粋な優しさを込めた労いの言葉であった。


……?


あぁ、助かったのか……。

ピヨ爺が来てくれたんだ。良かった……。


何があったか言わないと。

みんな解脱して、リールーが守ってくれて、それで……。


―――そうだ、傷!


まだ死んじゃいけないから、治してもらわないと……!

治して、それでホイミィに――


――ホイミィは!? ホイミィがいない……!?

でも、ピヨ爺が来てくれたってことは……でも……。


父の言葉に我に返ったリツトの脳内は未だ混乱の色が強い。


「……ぴ、よじ……い。あ、の……」


言わなきゃいけないこと、言いたいこと、それらが次々と溢れ、ごちゃごちゃに混ざりあって言葉になってくれない。


無残に壊れた少年は地に伏したまま、それでも尚何かを伝えようともがく。


息子の混乱を、痛みを、少しでも和らげるように、その姿に溢れ出す自身の感情を抑えるように、ピヨ爺はリツトをそっと抱き寄せ、優しく包みこむ。


「……あ」


父の抱擁がリツトの脳内に一瞬の凪を生む。

言いたいことも、言わなくちゃいけないことも、傷も痛みも、緊張も混乱も、全てが一時的に取り払われ、無風となった心に感情がなだれ込む。


「う……う゛ああ……!」


リツトは父の胸で、全ての苦痛を、悲しみを吐き出すように泣いた。


ピヨ爺は黙ったまま、息子から流れ出す感情を一つずつ拾い上げるように、ただそれを受け入れ続けた。


ひとしきり泣き、静かになったリツトの背後から、小さな足音が近づいてくる。


「リ……ヅド……?」


ピヨ爺が抱きしめる背中に声をかけるのはホイミィであった。

ホイミィはその背中に張り付いた赤黒い泥と、無数に刻まれた穴に強烈な恐怖を感じ、疲れ切った身体を震わせながら、そこへ向かってよたよたとひきずり歩く。


ホイミィはその背中に触れられる直前で立ち止まり、わなわなと唇を揺らし、不安に押しつぶされたように暗い眸でピヨ爺を見つめる。


「待ってろといったじゃろうが……」


「……う……あ……」


少しずつ、祈るように手を伸ばすホイミィを見て、ピヨ爺が眉を下げ、


「生きておるよ」


「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!!」


ピヨ爺の言葉に、ホイミィは堰を切ったように泣き出し、膝が崩れるままにリツトのわずかに残った服を握る。


「ごっめ゛ん゛ね゛っ。う゛ぅ゛。ごっめ゛ん゛ね゛っ。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん……!!!!」


ホイミィは既に泣き潰した喉をしゃくり上げながら、幾度となく傷つけられたであろう兄の身体に、流れ出る大量の血に、絶え間ない苦痛に憔悴したその顔に、それら全てを背負いこむように必死で許しを乞う。


涸らしたはずの涙腺が開いたのは兄の生存に対する安堵に他ならなかったが、生きているとは甚だ信じ難いほど刻まれた、兄の身体にあるおびただしい死の予感が安堵を捻りつぶして、兄を失う恐怖は罪悪感を取り込んで膨張していく。


ホイミィが感じた死の予感は動物的感覚が鳴らした警鐘であり、実際、リツトの外見から得られる情報からは、死んでいると断言せざるを得ない。


リツトが流した血の量は一人の人間が持つそれを遙かに凌駕し、全身が赤く染まっている為にはっきりと視認できるわけではないものの、骨が露出している箇所は一つではない。


だが、心臓は出所の分からない血を全身に供給し続け、肺は酸素を取り込み、脳は変わらず全身から届く警告を受け入れて、それを痛みに変えて発信し続けている。


身体が動かない。

ホイミィの頭を撫でてやりたいのに。

涙を拭いてやりたいのに。


リツトは泣く弟を背中に感じており、慰めようとしていたが、ピヨ爺に抱かれ安堵した身体は動かなくなり、その姿を見ることすら出来ない。


ありがとうって伝えたいのに。

ホイミィのお陰で助かったって、泣かないでって言いたいのに。


意識は次第に煙のように薄まっていき、感謝の言葉は発する前に消えてしまう。

意識の大半が流れ、残るは縁にはじかれた一滴の雫ほどとなった時、ピヨ爺がリツトを抱いたまま向きを変え、リツトは肩口越しにホイミィの顔を見る。


両瞼は泣き腫らして赤くなり、涙が乾いた跡を新しい涙が辿る。

服は泥だらけでところどころに穴が空いていて、小さな肩は嗚咽と共に上下し、乱れた白い髪がつられて揺れる。


―――頑張ったんだなあ。


虚ろとなりゆく意識と共に瞼が閉じていく中、小さな身体にいっぱいの努力の跡をつけた最愛の弟へ向けて、残された力を限りを絞りだして、ありったけの思いを込めた笑顔を見せると、リツトは静かに眠りについた。


「あ゛……あ……?」


眠るリツトに不安を感じたホイミィが小さく呻くのを他所に、ピヨ爺はリツトを寝かせると、近くの家に入っていく。


ホイミィは横たわるリツトの傍に座ると、おそるおそる口元に耳を近づける。


「…あ」


「いぎ、して、る゛……!」


リツトが呼吸していることを確認して小さく呟くと、大粒の涙を滴らせながら、ずっとリツトの呼気に耳を傾け続けた。


何軒かの家を回り、いくつかの農具と布、板を持ち出したピヨ爺は、農具の柄を折ったり、布を結ぶなどしてリツトの元へ戻る。


「ホイミィ、少しの間どいてくれるか」


ホイミィが身体を起こしてよろよろ退くと、ピヨ爺はリツトの傷口を布で固く縛り、四肢に農具の柄を添えて固定する。


ホイミィはおろおろしながらも、ピヨ爺の処置を黙って見守る。


応急処置を終えると、ピヨ爺はリツトを固定し運ぶ為の担架作りに入る。

テキパキと工作を進め、完成した担架にリツトを固定すると、顔以外の部分を繋ぎ合わせて大きくした布でくるむ。


「ホイミィ、リツトを病院へ連れていくぞ」


「リ゛ツ゛ドは……ゥ゛ウ゛……だい゛じょう゛ぶ?」


ホイミィが嗚咽を漏らしながら、祈るように問いかける。


その姿に痛ましさを感じて眉をひそめた後、ピヨ爺は頭を撫でながら、

「大丈夫じゃ。絶対に助かるよ。お前はリツトの顔を触って、声をかけてやってくれるか?」



「う゛ん゛」


――絶対。

その言葉は萎んだ蕾に潤いを与える朝露のように、ホイミィの心にわずかな光を差し込ませる。


死を確信させる姿となった兄に、ここから元気になって笑顔を見せてくれるような未来があるのか。

先ほどの笑顔が最後だったのではないか。

そんなホイミィの不安を和らげ、明るい未来を想像させる余地を作る「絶対」という言葉。

今のホイミィにとって、まさに起死回生の一撃であった。


一方、自身が発した言葉に罪悪感を覚えるのはピヨ爺である。


ズタズタとなってなお命を繋ぐリツトがこのまま生存する、ということに関しては確信を持っていた。

しかし、「助かる」という言葉には、実のところ五体満足であることを考慮していなかったのである。

特に損傷の酷い右肩、左腕、それから右足は、辛うじて繋がっているだけの状態であり、彼が再び目覚めた時、その四肢は何本残っているのか今の時点で想像が出来なかった。

白い純真が「元気いっぱいに走り回れるようになる」と受け取るとを分かっていて、それを口にしたのだ。


「よし。少しきつく縛るが我慢せい」


自身が発した「ウソを含んだ事実」を悔いる場合ではない、と頭を切り替えたピヨ爺は、リツトが固定された担架を壁に立てかけると、唯一外気に晒されている顔の近くに、抱きつくような姿勢でホイミィを固定する。


ホイミィはすかさずリツトの顔に触れ、

「リ゛ヅド……? ピヨ゛じいがだずけでくれる゛からな゛」


兄が元気になるように弱音を吐かないと決め、謝るのはリツトが元気になってからだと決める。


声をかけ続けるホイミィの涙を溜めたその眸には、固い決意が結ばれていた。


ピヨ爺は2人を乗せた担架を背負うような形で自身に固定すると、

「少し速いぞ」と呟いて呪文を唱える。


「――グリゴーラ」


地が割れた音がした頃には既にピヨ爺の姿は無く、ズタズタに踏み壊された地面が南へ続いていた。




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ビリビリエビとひよこ水 ~コミヤマリツトは生き辛い~ かにかに @kanikani_116

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