婚約者の素行調査をする為に女学園に女装潜入してみました。
いりよしながせ
えっ?僕の婚約者に限って
「クリストファー、本当に彼女と添い遂げるのか?」
「はい、彼女ほど魅力的な女性は僕は知りません」
クリストファーは父親に呼び出され、心配した様子で尋ねた。彼女とは僕の婚約者でミシェルのことだ。侯爵家の令嬢で年齢は15歳。容姿端麗で性格も良く模範的な女性と言っても良い。
「妻・・・王妃は彼女のことを推しているが、私が調べたところ少々気になる点があってな」
クリストファーの父親、この国の現国王が心配そうに言った。クリストファーは王位継承権第一位の王子である。将来はこの国を背負って導く立場にある者であった。年齢は18歳だが、身長は余り高くなく、顔つきも中性的でどちらかというと女性に近い可愛い顔立ちをしている。ミシェルはお互いの親が決めた婚約者で、彼女とは何度も顔を合わせている。とても人当たりが良く、細かい所まで気の利いた彼女の態度に、クリストファーはすぐに惹かれ、今では自分の伴侶には彼女しかいないと思うほどであった。
「どのような点が気になるのですか?」
クリストファーは突然父親の私室に来るように言われ、来てみると、人払いをされた上にこのような内容の話が出た。自分の愛する彼女のことを悪く言われ、たとえ父親でも良い気はせず、声を荒らげながら父親である王に尋ねた。
「私はこの話を聞き、少しばかり調査をしてみた。言えるのはここまでだ。あとはそなたの目で確かめてくるが良い」
「僕の目で確かめてこいと言われても、彼女は全寮制の女学園に通っているのですよ?どうやって確かめてくるのですか?」
ミシェルは現在、国立の女学園に在籍している。全寮制で夏休みなど長期休暇以外では会うこともできない。今は春休みが終わって新学期が始まったところだ。次に会えるのは夏休みになるというのだが、父親は直接確かめてこいと無理難題を言った。
「実はな、もう手続きがしてあるのだ」
「は?」
父親の言葉にクリストファーは驚いた声をあげた。
「そなたを国立女学園に編入する手続きを取った。明日からはクリスとして寮生活を送りながら学園に通うのだ。そして彼女を観察してこい」
「えええええええええええーーーーーーーーーーっ!」
こうしてクリストファーは半ば強引に国立女学園の女子寮に送り込まれた。
「あのー、寮母さん、これからお世話になります」
「はい、よろしくね。クリスちゃん」
半ば無理矢理女装させられ、女子寮に到着したクリスは寮母に出迎えられた。父親からの命令では平民の奨学生と言うことで通い、身分を明かしてはならぬこと。一国の王子が女装して女学園に潜入したと知れ渡ると国の威厳に関わることなので、男性だと知られないように生活を送ること。などが言い渡された。王の命令なので、たとえ王位継承権第一位のクリストファーでも逆らうことはできなかった。
「それじゃ、今日からこの部屋があなたの部屋よ。もし困ったことがあったら同室のソフィアに聞くと良いわ」
「えっ、相部屋なのですか?」
「当たり前じゃない。奨学金を貰って通っているのだから、他の貴族のお嬢様達のように個室って言う訳にはいかないの」
(父上ーーーつ!せめて個室を用意しておいてほしかった)
クリスの魂の叫びなど父親に届くはずもなく、まだ見ぬ相部屋の女性との共同生活が始まりを告げた。
コンコン
「どうぞ」
クリスは寮母に案内された部屋の前でドアをノックした。すると中から可愛い声で返事が聞こえた。
「失礼します。今日からこの部屋で一緒に生活させて貰うことになったクリスです。よろしくお願いします」
初対面は大事なのでクリスは丁寧な口調で挨拶をして頭を深く下げた。本来なら一国の王子が易々と頭を下げる者ではないが、今は身分を隠し平民の奨学生の立場なのでそれに応じたもので行った。
「はじめまして。私ソフィアと言います。この学園では平民の立場だと辛い思いをするかも知れませんが、一緒に頑張りましょうね」
「はっ、こちらこそよろしくお願いします」
部屋にいたソフィアという女性は、平均的な容姿で、顔は綺麗な顔立ちであったが、どこか疲れたような表情をしていた。クリスはそれが少し気になったが、初対面の人に対しそのようなことを聞くのは失礼だと感じ、挨拶だけに留めた。
「えっと、ベッドと机は私がこちら側を使っているから、クリスさんは反対側のを使ってくださいね」
「はい、わかりました。それとこれから同じ部屋で生活する仲なので、さん付けはやめて呼び合いませんか?」
部屋を入って右と左に同じ形をした机とベッドが置かれていた。その反対側には同じく左右に同じ形をしたクローゼットがあった。この中に私物を入れるようだ。
「え?あっ、そうですね。同じ平民同士ですものね。わかったわ。それじゃ、改めてよろしくねクリス」
「こちらこそよろしく。ソフィア」
クリスは同じ部屋で生活する仲間として、敬称を付けず名前で呼び合うことを提案した。するとソフィアは少し考えてからそれを承諾した。
「おはよう、クリス。もう朝よ」
「んんっ、もう食べられないよぉ」
「クスクス。もう、クリスったら美味しいご飯でも食べている夢でも見ているのかしら?はい、はい。起きないと学園に遅れるよっ」
翌朝、まだ寝ているクリスをソフィアが起こそうとしたが、なかなか起きず、ゆさゆさとクリスの体を揺すった。
「はっ!ここは・・・そうかここは学園の寮かって、おっ、おはよう」
クリスは目を覚ました。すると目の前にはソフィアの顔があり、突然のことに驚いた。
「おはよう。クリス。あなた随分お寝坊さんなのね?」
「ちょっと疲れてたみたい。起こしてくれてありがとうソフィア」
自分が男性だということをソフィアに悟られることもなく、一晩をやり過ごした。こうして朝になっても彼女は気が付いた様子もなく、この調子でいけばバレずに学園生活を送れるのではないかとクリスは考えた。
「昨日、私の席の隣に新しい席が作られていたから、きっと同じクラスになるはずよ。またあとでねクリスっ!」
寮を出て徒歩で数分歩いたところに、これから通う国立女学院がある。建物にソフィアと一緒に入ったクリスはそこで別れて、職員室へ向かった。
「ふん、貴様が新しい奨学生か。中途入学とは平民のくせに良い御身分だな。教室に案内してやる付いてこい」
職員室に入るとこの高圧的な中年男性教師が紹介され、一緒に教室までやってきた。どうやらこの男性教師がクリスのクラス担任のようだ。
「はい、みなさん。お静かに。今日は転入生を紹介します。ではクリスさん、自己紹介を」
廊下での態度が一変し、教室に入ると優しい声で教室にいる学生達に語りかけた。
(見事に女性ばかりだな・・・本当にこんな中に入って大丈夫なのだろうか)
「はじめましてクリスと言います。これからどうぞよろしくお願いします」
不安を感じつつもクリスは無難な挨拶をして頭を下げた。
「また汚らしい平民が増えましたわ」
「これで平民がこのクラスに5人だなんて、顔を見るのも嫌だわ」
「平民なんて学園から消えれば良いのに」
ヒソヒソとクラスメイトの声が聞こえた。どれもがクリスを歓迎するものではなく、嫌悪感がヒシヒシと伝わってきた。
「それではクリスさん、後ろの空席になっているところがあなたの席です」
「はい、わかりました」
クリスは挨拶をした教壇から降り、後ろの空席に向かった。来るときにソフィアが言っていたように、隣の席にはソフィアが座っていた。
「おっと」
「くっ、避けるなんて忌ま忌ましい」
移動する途中、足が出されたのでクリスは持ち前の身のこなしで軽く避けた。足を出した女学生は悔しそうな顔をしてクリスのことを睨んでいた。
「これからよろしくね。ソフィア」
「ええ」
笑顔で話しかけたクリスであったが、ソフィアの表情は暗く、返事も小声であった。
(ここは前に習ったな)
既に学園のレベルを超えた教育を受けていたクリスにとって、授業はとても退屈なものであった。真面目に受けているふりをしつつ、隣のソフィアの顔を観察して時間を過ごすことにした。彼女は板書を書き逃さないようにしっかりとノートに書き留めていた。授業態度はとても真面目だった。一番後ろの列には他に3人座っていて、どうやら平民の奨学生はこの列にまとめられているようだ。前の方を見てみると、退屈そうに授業を受けている者、堂々と別の本を読んでいる者、さらには居眠りをしている者もいた。教師も相手が貴族の令嬢なので注意することもなく、淡々と授業を進めていた。
「ふ~終わったぁ」
こうして長い退屈な授業は終わり、放課後になった。
「ソフィア、一緒に帰ろう」
「ごめん、私行くところがあるから」
クリスは同室のソフィアに一緒に帰ることを提案したが、彼女はそれを断った。その表情がとても暗く、クリスはそれが気になった。
「ふふふ、金食い虫っ遅いわよ!」
「もっ、申し訳ありませんミシェル様っ!」
ソフィアは講堂裏の人気のいない場所に来ていた。そのまわりにはソフィアを取り囲むように多数の女学生がいた。
(あれは、ミシェル)
気になって後を付けたクリスは、その集団の中に婚約者であるミシェルの姿を見つけた。
「今日も私達のストレス発散に付き合ってくださいね。ソ・フィ・ア・さんっ」
「はい、仰せのままに」
ソフィアは多数の女学生の前で四つん這いになった。
「今日もいっぱい鳴いてくださいねっ」
「ぐはっ!」
「あらあら、まだまだですよっと」
「うっ、ぐぐぐ・・・」
そして多数の女学生達から蹴られるのをソフィアは必死に耐えていた。
「やめるんだ」
その苦しそうなソフィアの表情に耐えられなくなったクリスは、彼女たちの前に飛び出して叫んだ」
「うわぁ、新しい金食い虫だぁ」
「お前も、アレが欲しいんだな。仲間に入れてやるよ。ここで四つん這いになりな」
見下すような表情でクリスを見て、彼女たちは下品な笑みを浮かべながら言った。クリスは一流の指導者から各種格闘技や武術を学んでいる。恐らく本気を出せばここにいる全員を相手にしても勝てる自信があった。
「くっ、クリスさん、逃げてっ!」
「いや、ソフィアをこのまま置いて行けないよ」
クリスは逃げるなど選択肢はなく、ソフィアを守るように彼女たちの前に立った。
「あら、あら、仲がおよろしいことね。なら一緒に並んで四つん這いになりなさいな」
不機嫌そうな顔をしたミシェルが言った。彼女の顔からは今まで婚約者として会ったときのような笑顔はなく、恐怖さえ感じるような表情をしていた。
「私が代わりになるわ。だからソフィアには手を出さないで」
「わかったわ。それじゃ貴方が四つん這いになりなさい」
ソフィアに手を出さないと約束したミシェルの前でクリスは四つん這いになった。
「良い子だわ。さあ、新しい玩具が来ましたわ。やっておしまいなさい」
ミシェルの合図で女学生達がクリスを取り囲み手加減せずに蹴り始めた。
「あはははははは」
「楽しい、たのしいです」
ドカドカと音を立てて蹴ってはいるものの、本気の蹴りの力も弱く、クリスにはダメージとして伝わらなかった。だが、それは鍛えているからであって、ソフィアは相当痛い思いをしていたはずだとクリスは思った。
「鳴かないなんて、面白くないわ、彼女も混ぜてやりなさい」
「ほら、お前も四つん這いになりなっ!」
「きゃっ!」
1人の女学生がソフィアの長い髪を掴み、強引に転ばせた。そして手の空いた女学生達が取り囲み、クリスと同様に蹴り始めた。
「うっ、かはっ、・・・」
クリスの隣からはソフィアの苦しむ声が聞こえてきた。
「もう我慢できない」
「キャッ!」
「クリスさん、手を出してはダメっ!」
「えっ?」
我慢できなくなり、クリスは蹴ろうとした女学生の足を受け止めた。するとソフィアが手を出さないようにと叫んだ。
「ふっ、まあいいでしょう。今日はこの辺りにしておいてあげるわ。ふんっ、餌代を置いておくわ。嫌々だけれど新入りのも足しておいたわ。さあみんな、いきますよ」
「「「はいっ、ミシェル様」」」
ミシェルからチャリンと2枚の銅貨が投げられ、女学生達を引き連れて去っていった。
「あの方に手を出してはいけないわ。あの方は第一王子の婚約者ミシェル様よ。私達平民が手を上げてしまうと家族も含めてタダでは済まないわ」
ソフィアは悔しそうな表情をして言った。確かに彼女が言うとおり、将来王妃の座が約束されている彼女の機嫌を損ねると家族を含めどうなるかわからない。その理不尽名状況をどうすることもできないソフィアにとっては、この仕打ちを耐えるしかなかった。
「はい、これ、クリスの分」
「こんなもの拾う必要はないよ」
「こんなもの・・・そう、こんなものよね。でも、生活が苦しい平民にとっては餌代だと言って放り投げられた銅貨でも大切なの。クリスも奨学金を受けている身だから家の生活も苦しいよね?不本意かもしれないけど、労働の対価だと思って受け取っておいて」
悔し涙を浮かべて銅貨を差し出したソフィアに対し、何も言うことができず、クリスは銅貨を受け取った。あとから話を聞くと、他の奨学生達も同様の仕打ちを様々な貴族から受けていたようだ。国から奨学金を受けているため、辛くても学園を辞めることができず、家族のためを思って理不尽な仕打ちを必死に耐えていたようだ。
このような生活が続いたある日。
「うっ、もうヤダ。おうちに帰りたい」
「ソフィア」
今日の仕打ちは激しく、寮の自室に戻ったソフィアは珍しく泣いていた。
「ちょっと見せて」
「べっ、別に何ともな・・・痛いっ!」
方腕を痛そうに押さえているソフィアが気になり、クリスが腕を軽く掴んだ。すると彼女の顔が苦痛で歪んだ。
「こっ、これって。すぐにお医者さんを呼ばないと!」
「やめてっ!」
ある程度の医学知識を学んだクリスは、この表情を見て骨に異常があることがわかった。すぐに医者に診せて処置をする必要があると判断したクリスは立ち上がった。するとソフィアの正常な方の腕が上がり、クリスの服を掴んだ。
「医者を呼ぶとお金がかかる。そうしたら今まで貯めたお金を家族に仕送りできなくなる」
ソフィアは毎回ミシェルから投げられた銅貨を貯めていた。それは家族に仕送りをするためだと話していたのをクリスは聞いた記憶があった。今医者を呼ぶと恐らく今貯金箱に入っているお金を全て使わなければならなくなり、さらに奨学金から出されている生活費も削る必要が出てくる。
「仕方ない。今からすることはみんなには内緒だからね」
「クリス、何をする気?」
「いいから、腕を出して」
ソフィアはクリスを信頼して袖をまくり、痛めた腕を差し出した。
「それじゃジッとしててね」
「えっ?何だか温かい・・・。それに痛いところが光ってる」
ソフィアの患部に当てたクリスの手が光り出した。
「これでどう?」
「こっ、これって魔法?」
「そう、魔法。でもこのことは内緒だからね」
この世界には魔法が存在している。使える者はごく限られたもので、平民が魔法を行使している瞬間を見られるのは希なことであった。クリスは回復魔法が得意で、他にも生活魔法や攻撃魔法など使うことができる。だが、魔法は魔力というものを消費し、通常の術者なら1日何度も使用することはできない。ちなみにクリス・・・クリストファーは幼い頃から魔法の英才教育を受けているために、元々の才能もあり、1日に複数回使用することができる。
「はっ、はい」
「うん、よろしい。こんなことしかできないけど、私をもっと頼ってくれていいからね」
「ぐすん。ありがとう。クリス」
魔法のことは内緒にしてくれると言ったソフィアをクリスはギュッと抱きしめた。彼女から伝わってくる柔らかさと暖かさ、そして女性の良い匂いが心地よく感じ、クリスは暫くの間ソフィアを抱きしめていた。
それからまた日常の生活が戻った。だが、ここから少し状況が変わり、ソフィアが落ち込んだときは、クリスがギュッと抱きしめて慰めるということをするようになった。
クリスが途中編入したのは最終学年で、気が付けばあっと言う間に季節が移り変わり、卒園式を迎えていた。
「今日で終わりなんですね」
「そうだね。途中からだったけど、ソフィアに会えて良かったよ」
「私も。卒園してもまた会えるかな?」
「そうだね。また会えるよ」
クリスはソフィアに対して嘘を言った。クリスは卒園するとクリストファーとして城に戻ることになっている。そうなると王族と平民では接点がなくなり、会うことができなくなる。気軽に会えるよと答えた自分が嫌になった。
「それじゃ、またねクリス」
「ソフィア・・・」
「どうしたの?クリス。もしかして私と離れるのが寂しくなった?」
卒園式が終わり、寮も引き払い、2人の別れのときが来た。クリスは一緒に苦楽を共にしたソフィアと離れるのが嫌だった。だが、時間がそれを許してくれなかった。
「まっ、まあね。ソフィアこそ私と離れるのが寂しいでしょ?」
「それは寂しいに決まってるわ。だって・・・ううん。何でもない。じゃあ私はもう行くね。またいつか会いましょう」
ソフィアは大きく手を振り走っていった。
「さよなら、ソフィア」
クリスは別れが辛くなり、いつの間にか目から涙が出ていた。小さくなっていくソフィアの後ろ姿を見ながらポツリと呟いた。
「さて、学園生活はどうだったかな?」
「はい、父上の言うとおり僕の考えが間違っていたことに気が付きました」
「そうか、そうか。だが、そなたの決めたことだ最後はしっかりと意思を伝えるんだぞ」
「承知しました」
それから城に戻ったクリストファーは数日後、父親の部屋に呼び出された。たまたま公務で城を空けていて、すぐに話をしたかったが、結果、数日後になってしまった。そしてクリストファーの意思を確認した王は満足そうな表情を浮かべていた。
「クリストファー様っ、お久しゅうございます」
「久しいなミシェル」
その日の夜、学園を卒園したミシェルがクリストファーに会いにきた。本当は数日前にも学園で顔を合わせていたが、そのようなことを知らないミシェルは満面の笑みを浮かべてやってきた。
「・・・・・」
「どうかされました?クリストファー様?」
ミシェルは小首をかしげながら聞いてきた。この態度が可愛いと思い騙されていたクリストファーは自身に腹が立ってきた。
「ミシェル、君との婚約は破棄する」
「どっ、どうされましたの?私に何かご不満なことでもございましたか?」
クリストファーは学園生活を通じて出した結論をミシェルに伝えた。その言葉に驚いた彼女は慌てて聞いてきた。
「まんまと僕は騙されていたんだな」
「なっ、何を仰っているのですか?」
クリストファーはそう言葉を吐き捨てた。今の状況を理解できていないミシェルは何とかその場を取り繕うと必死だった。
「こんなに良い子ぶっているのに、僕は見てしまったんだよ」
「何をですか?」
「ソフィアという子を知ってるかい?確か同じ学園に通っていた同級生だと思うけど?」
「ぞっ、存じていますわ。奨学金を貰って学業に専念していた努力家の子ですね」
クリストファーがソフィアの名前を出した途端に、ミシェルの顔色が変わった。
「講堂の裏で彼女を呼び出して何かしていたよね?」
「なっ、何のことかしら」
「それじゃ、これは?」
クリストファーはポケットの中から銅貨を1枚取りだした。
「銅貨がどうかしましたか?」
「餌代・・・」
「うっ!どっ、どうしてそれを」
ミシェルは餌代という言葉に反応していた。これはソフィアの前に銅貨を投げるときに毎回言っていた台詞だ。
「このキーワードを言っただけで態度が変わったということは、僕が何を言いたいのかわかったようだね」
「うっ、まさかあのことがバレているなんて・・・」
「僕は相手が平民だからといって、そのような行動を隠れてするキミは信用できない。それが婚約破棄の理由だ。わかったら僕の前に二度と婚約者の顔をして現れないでくれ!」
ミシェルは自分がしたことではあるが、悔しそうな顔をしてぐっと下唇をかみしめていた。
「早く行け!」
「くっ」
クリストファーが立ち去るように言うと、ミシェルはそのまま走り去っていった。
「終わったな・・・」
本当は卒園するまでミシェルを観察する必要もなく、結果は数日で出ていた。だが、別の理由でクリストファーは学園に残っていた。だがそれも成就することもなく、全てが崩れ去った。
「なかなか良かったぞ。我が息子よ」
「ち、父上!見ていたのですか?」
「ああ、最初から最後まで全部見せて貰ったよ」
先ほどのやり取りを全て父である王に見られていたことを知り、クリストファーは急に恥ずかしくなった。
「さて、新しい婚約者を探さなければならないな」
「僕はまだそう言う気には・・・」
王が茶化しながら言った。だが、クリストファーは全てが終わったあとで、今は何もする気が起きなかった。
「いるんだろ?そう言う人が。行ってこい。そして思いをぶつけてこい!」
「ですが相手は平民で・・・」
「身分なんて気にすることはない。お前のお祖母さん、私の母は平民出身だぞ。元は大衆食堂の娘だ」
「え?」
そこで王から衝撃の事実が告げられた。クリストファーの祖母は気品があり、その風貌から誰に尋ねることもなく、上級貴族出身だと思い込んでいた。
「たとえ平民の娘でも、身分については私が何とかしてやろう。行ってこい!我が息子よ!」
「はっ、はいっ!」
クリストファーは父親に背中を押されて、城を飛び出した。
「確か聞いていた家の場所はここだったはず」
クリストファーはソフィアから聞いていた家の場所に辿り着いた。集合住宅が所狭しと立ち並ぶ、どちらかと言うと下流層の平民が暮らす場所だ。聞いていた棟の番号を確認し、一気に階段を駆け上がった。
ドンドンドン
「すみませーん」
「はい、はい、今出まーす」
3階にある部屋のドアをクリストファーはノックした。すると中から数日聞かなかっただけだが、懐かしさがこみ上げてくる声が聞こえた。
「どなたですか?」
「ソフィア!会いたかった!」
「きゃっ!いきなりなんですか?あなた誰ですか?」
ソフィアはいきなり知らない男性に抱きつかれて驚いていた。
「あっ、この感触と臭い・・・もしかしてクリス?」
「ああ、クリスだ」
お互い抱き合ったままお互いの感触を味わっていた。
「もしかして、クリスって男の人だったの?」
「ごめん、いろいろ理由があって言い出せなかったんだ」
抱き合ったまま、ソフィアは確認を取った。もう隠す必要がないクリストファーは本当の性別を告げた。
「実は君に伝えたいことがあってここに来たんだ」
「伝えたいこと?それにこの服装・・・もしかしてクリスって貴族の方だったの?」
お互いが離れ、余裕ができたところでソフィアがクリストファーの服を見て言った。
「ああ、隠していてゴメン。僕の本当の名前はクリストファーと言うんだ」
「クリストファー様?はて、どこかで聞いたような名前・・・えっ?もしかして王子様?」
名前を聞いたソフィアは驚いていた。
「第一王子のクリストファーだ。実は今日は君に交際を申し込みに来た」
「私にですか?ですが、クリストファー様にはミシェル様が・・・」
「君に酷いことをした彼女は僕は許さない。婚約破棄を告げてきた」
「えっ?」
突然の急展開にソフィアは驚いていた。
「私なんかでいいのですか?」
「君じゃないと嫌なんだ」
クリストファーは持てる気持ちの全てをソフィアにぶつけた。
「私もクリスさ・・・いえ、クリストファー様のことが好きです。不束者ですがよろしくお願いします」
「ありがとう。これからよろしく頼む。では早速、私の父上に会って貰おう!」
「えっ?今からですか?それにクリストファー様のお父様と言ったら、この国の王様ぁ!えーーーーーっ!」
いきなり王との面会をセッティングされてしまったソフィアは驚きの声をあげた。
「それじゃ行こうか」
「はいっ!」
それから気持ちを落ち着かせたソフィアは、クリストファーのエスコートで王城に向けて歩き出した。
婚約者の素行調査をする為に女学園に女装潜入してみました。 いりよしながせ @nagase_san
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