天蓋暦533年のフォトンサムライ

533.12.02

『こんなにも輝く街の灯に 二人の夢が映し出されて♪

 永遠に続くようなこの瞬間を 心に刻んで、忘れない♪』


<533.12.02 6:00 ケルビン、起床時間です>


 生まれた時から脳にある機械。それから直接脳に響く電子音。覚醒する脳と肉体。伸びをして倦怠感を払いながらシャワー室に入る。


 目覚めの曲は七瀬リーザの『こんなにも輝く街の灯に』だ。250年前のVRアイドルの曲だけど、今なおアレンジされて歌い続けられる曲。うん、大好き。人が営んだ街の灯を愛する歌詞。それを見る相棒との思いが伝わる曲だ。


「おはよう、ラー。今日の予定は?」


 ケルビンと呼ばれた女性は『NNチップ』内にあるAIに声をかける。声を出す必要はないけど、それでも声を出してしまう。


<それは何かの冗談ですか? それとも記憶障害でも起きましたか? まさか今日という日のスケジュールを忘れてしまうなんて。

 脳内スキャン実施。脳波はいつもの寝起きと変わりはありません。冗談である確率、99.89%。しかし残りの0.11%の確率を考えて緊急入院の連絡を――>

「冗談! 冗談だから! きちんと覚えてるから!」


 過保護ともいえるAI――ラーの言葉を遮るケルビン。このままだと本当に入院されかねない。このAIはケルビンに関しては本気で行動するのだ。冗談もろくに言えやしない。


<脳波及び脳内物質の割合より嘘ではない事を確認。ケルビンのジョークリストに追加します。劣悪ジョークのファイルを作成し、298桁パスワードで削除不可の保護をかけておきました>

「ごめんごめん。さすがにタチが悪かったわ」


 本気で怒る『NNチップ』のAIに頭を掻きながら手近にあった金属の筒を握る。手に馴染むその感触。当時でも珍しい脳波を伴わないスイッチボタン。それを押すと、金属の筒から光の刃が形成された。


 フォトンブレード。


 息を吸い、吐く。その瞬間に体は研ぎ澄まし、体は自然と正眼の構えを取る。振り上げ、降ろす。振り上げ、降ろす。一度振っては確認し、また振っては確認する。足の動き、腰の動き、肩の動き、腕の動き。


<足の進みに0.12秒の差異を確認。誤差修正プログラムを作動させますか?>

「いらない。動作を無意識に刻むことが大事だって古典ラノベに書いてあったし」

<否定。ケルビンが指すのはNe-00339546の電子データ『光子剣術』であり、古典ラノベと呼べるものではありません。

 そもそも当時の記録は誇張されている可能性が高いです。当時の身分制度では最低ランクだったNe-00339546と六大企業の名を冠する『人間』が出会ったなどというのは荒唐無稽であると――>


 脳内に響くAIの説教にこっそりため息をつくケルビン。その間も体を動かし、体に動作を刻み込んでいく。


 Ne-00339546。かつて天蓋に存在していたクローンナンバー。検索すればその情報はいくらでも出てくる。天蓋を大きく変えたクローンの一人で、フォトンブレード一本で完全機械化フルボーグ超能力者エスパーと同等の戦闘力を持っていたという。


 その『二つ名』は、ササキコジロー。


「はいはい。ラーはコジロー師匠に関する事だとものすごく否定的だよね」

<否定。客観的事実です。超能力もサイバー改造歴もないクローンが『金属融解』ボイルや『感覚共有』ペッパーXと渡り合えたなどありえない事です>


 客観的な事実をもって、ラーはその存在を否定する。250年前にそんなクローンは存在しなかった。記録の歴史をなぞれば、そんなクローンが活躍するはずなどない。


<数多の金属を意のままに蒸発させた『金属融解』ボイル。五感を支配し、不屈の精神をもって正々堂々と数多の存在を伏したペッパーX。

 その子孫であるケルビンが超能力ではなくそのような与太話を信じるなどあってはなりません。当時、10名ほどしかいなかった超能力者エスパー同士の血統。当時はクローンに生殖細胞がなかったことを考えれば、ケルビンは奇蹟の存在なのですから>


 血統。子孫。生殖細胞。


 250年前の天蓋では、検索しても出てこない単語だ。それが一般的になったのは、当時の企業がその情報を公開し、それまでの常識を打破するほどに流布した結果だ。

 

「確か当時の『トモエ』が行った業務だっけ? 当時は知られなかった『結婚』と『出産』の復活。クローンが子供を産めるようになって、そこからいろいろ変わってきたんだよね。

 当時のデータが事実なら、コジロー師匠は結構な数の女性と関係を持ってたって。その子孫を名乗る人たちもいるみたいだし」

<不貞の極みです。そのようなクローンが伝える訓練法など行ってはいけません>


 ラーのコジローへの評価は辛らつだ。とはいえそれも已む無き事。一夫多妻が認められるケースは少ない。結婚制度を布いたトモエさえも『コジローは私のモンだから!』とパートナーの独占を叫んだほどである。


「それだけコジロー師匠が魅力的な人物だったんでしょ。すくなくとも、師匠がいなかったら今の人類はなかったんだし」

<その実在が不明なのですが>

「所説あるけど、完全否定もできないんでしょ? 似たような人材はいたんじゃないって思うよ。

 まあ、私はコジロー師匠が実在した説が好きだけど」 


 コジロー師匠。ケルビンがそう呼ぶ人物は、250年前にいたとされる天蓋のクローンの一人だ。もっともその存在の真偽はあやふやである。


 当時企業が布いていた身分制度の最底辺。クローンなら誰もが持っているサイバー機器を持たず、フォトンブレードと呼ばれる骨董品で戦う存在。


『ペレの守護者』カメハメハや『二天の』ムサシと言った名のある企業英雄とも渡り合い、『トモエ』の企業主を公私ともに守り続けたサムライ。


 この手の戦歴は盛られるものだが、それにしたって無茶苦茶だ。レーザーを斬り、完全機械化フルボーグを斬り、超能力をも凌駕する技術。だれもが創作を疑うだろう。


 AIであるラーは、ケルビンがコジローに心酔する度にそれを否定してきた。


「あー、もう。このやり取りは何度目よ」

<29788回目です>

「10万回言われても諦めないから」

<ならば10万1回続けます。

 ケルビン、私は貴方の体が心配なのです。250年前のデータが真実ならば、Ne-00339546はかなりの死線を潜ってきました。私はケルビンにそのような戦い方をしてほしくないのです>


 もっとも、人工知能が否定するのはそう言う理由だ。ケルビンは自分を心配してくれるAIに心地良さを感じる。決して悪意があるわけではないし、自分の行動を止めるわけでもない。剣術というか、コジローの存在だけは否定的だが。


「そんなにコジロー師匠が嫌い?」

<当然です。99.9%の確率で、Ne-00339546はケルビンの初恋の相手ですから>

「……まあ、それは」


 あとそう言う理由もある。ケルビンは否定できずに頬を掻いた。

 

<ケルビンが『光子剣術』のデータを入手した時の脳内物質の放出と、興奮のあまりに大喜びした踊りを今でも覚えています>

「いいじゃないの! だって本当に感激したんだもん!

 超能力や機械に依らない強さ! 当時不遇だったトモエを守っての逃避行! 企業の魔の手さえも退けて、そして二人は結ばれた! 敵だった人たちとも手を取り合い、閉塞的だった天蓋を一気に解放した!

 こんな話に感激しない人なんていないわよ!」


 ラーの言葉に興奮したように叫ぶケルビン。


 天蓋は250年前にビカムズシックスと呼ばれる事件が起きるまでは閉塞的な生活だった。


 荒れた地上から逃げて、天に蓋をして逃げた人類。生殖細胞のないクローンに労働を任せ、現状維持に努めていた時代。


 そんな停滞した天蓋を変えたのは、トモエという企業だ。


 突如天蓋に現れたトモエは瞬く間に『バーゲスト』という新たなエネルギーを得て企業を設立。当時荒れていた天蓋を武力と裏社会との交渉をもって平定した。同時に当時は禁忌とされた『生殖行為』を復活させクローンにも子供を産めるようにした。


 だがそれは一つの問題を産み出す。


「天蓋内にこれ以上人口を納めるスペースはないぞ」

「子供を産ませるのは危険じゃ!」


 地上の脅威から逃げて狭い場所で生活していた天蓋にとって、出産率をコントロールできないのは致命的だった。子供が増えれば増えるほど、住居スペースは減っていく。生殖細胞を制限したのはそれが理由なのだ。


 その反対意見を、


「だったら地上を取り戻せばいいのよ!」


 ――当時の超能力者エスパー数や完全機械化フルボーグのスペックを考慮すれば無謀ともいえる一言で押し返した。自殺ともいえる地上奪還作戦。


「無理だ」

「戦力が足りない」

「『天蓋』に穴を開ければ、地上のモノが攻め入ってくる」

「あのナヴァグラハさえも不可能と論じたのに」

「データを見る限りでは、大人しくしているのが正しい」


 上がるのはそんな否定的な意見。トモエは99999の圧力に折れそうになりながらも、


「苦難上等。艱難辛苦こそサムライの進む道。

 お前がやれっていうんなら、俺は何でも斬ってやるぜ」


 そのサムライ――コジロー師匠は、ノータイムでそう答えたという。その1の言葉に折れそうになる心が支えられたという。


「くっはぁ! 気風が良い良い。旦那に酔い酔いってね! お姉さんも頑張るよ!」

「コジローだけだと危険だからな! アタイも行くぜ!」

「ゴッドは……後方支援しますね! 書類偽造とちょろまかしでサポートします!」

「あらあらぁ、クレジットならワタシがどうにかするわよぉ! コジローちゃんの為ならいくらでも出すわ!」

「ふはははははは! コジロー殿が行くならば吾輩も行こう! カメハメハァァ! イィィィズ! ストロオオオオオオオオング!」

「これも業務だ。『イザナミ』の技術をプレゼンするチャンスを逃すつもりはない」

「あっし、『イザナミ』やめてるんですけどね。ま、トモエがやるってならやるっすよ。ちょいエロぐらいは覚悟してくださいねぇ」

「こんな馬鹿げたことなんて、常識的に考えてありえないわ。……ああ、もうやってやるわよ! 行くわよ、ペッパー!」

「うむッ! うぉれとボイルがいればッ! 常勝ッ! 不敗ッ! 辛味スコヴィル全開でッ! 突き進むッ!」


 さらに言えば、当時最高峰の超能力者エスパー完全機械化フルボーグ企業戦士ビジネスや裏社会のクローンなどが続いたという。とはいえその数はわずか10数程度。


 その10数名のクローン達の伝説的活躍が、不可能と言われた地上奪還を成し遂げたのだ。


<当時のトモエの判断が天蓋を大きく変えたのは事実です。それにより地上の一部を奪還。増え続ける超能力者エスパーや改良され続ける完全機械化フルボーグなどによりその生息圏は広まりつつあります。

 だからこそ、Ne-00339546の存在は信ぴょう性が薄いです。フォトンブレードのような骨董品で地上の生命体と戦えたというのは――>

「ありえない? ホムラだって戦えているじゃない」

<ホムラは『二天の』ムサシの超能力を引き継いでいるからです。超能力は遺伝する。ケルビンが『金属融解』と『感覚共有』が使えるのも同じ理由です。

 その二つを使えば問題ないのに、どうしてそのようなトンチキ極まりない戦い方をするのか理解に苦しみます>

「始祖様には感謝してるわ。二人が愛し合わなかったら、私も生まれてないもんね」


 ケルビンは言って頬を緩ませる。伝承が正しければ、自分の祖先もかなりの大恋愛をしたようだ。その先に自分という存在がいるのだから、この超能力は二人の愛の形なのだろう。


「そう言う意味だと、私とホムラの子供ができればさらに超能力者エスパーは強化されるかもしれないわね。

 人類の将来を考えれば、ラーもその方がいいと思うでしょ?」


 超能力は遺伝する。超能力者エスパー同士の子供は両親の超能力を発現する可能性がある。人類の未来を考えれば、そうすべきことなのだ。その正しさはAIなら認めるべきだ。


 だが――


<否定。ケルビンが望まぬ子供を産む必要はありません。たとえ万人がそれを望んでも、ラーはその意見を全存在をもって否定します>


 論理的正しさを認めたうえで、ラーはそう判断した。それだけは、決して認めないと。


<倫理面でも遺伝子優性は差別につながります。さらに言えばホムラはNe-00339546の血統を自称しています。複数の女性と関係を持った男性の遺伝子を持つ以上、ケルビンもそのような子供を産むための道具と扱われる可能性があります>

「ホムラの性格を考えて、私がそう扱われるのは何パーセント?」

<0.0072%。ホムラは複数回の心理テストの結果、異性に対して誠実であることは間違いありません。ケルビンをそのように扱う事はないでしょう>

「だったらそんなこと言わないの。ホムラが聞いたら怒るわよ。って言うか『予知』して既に知ってるかもだけど」

<先ほどの仕返しです。

 今日のスケジュールを忘れたと言ったこと。そしてホムラの子供を宿すのが正しいと言ったこと。冗談と理解してもなお、仕返すには十分な事項です>


 ケルビンの言葉に、ラーはそう答える。そう言われるとケルビンも大きく責めれない。さすがに今日のスケジュールを忘れたり、望まぬ子どもを宿すのが正しいというのは言い過ぎた。


「ごめん。本当にごめん。ちょっとからかいすぎたわ。

 少し、不安だったのね」

<環境変化に戸惑うのは誰にでもあり得ます>

「それを踏まえたうえで、試すようなことを言ったのは謝るわ。……戸惑ってた。怖かった。

 でも、その上で貴方を愛してる」


 言ってケルビンは机の上に置いてある指輪を手にする。それを左手の薬指に嵌め、愛でるように眺めた。


 婚約指輪。250年前のトモエの業務から復活した『結婚』の証。それを愛おしげに見ながら、ケルビンは生涯のパートナーと決めた存在の名を口にした。


「ラー。これからもよろしくね」

<肯定。ラーは死の瞬間までケルビンと一緒です>


 トモエが生み出した結婚制度。その中には、当時人格が認められたAIとの婚姻も含まれた。当時は『道具』扱いされていたバイオノイド等と一緒に婚姻する者が増え、天蓋の空気は一気に変わったという。


 七瀬リーザとの討論がきっかけなのか、あるいはそれ以前からトモエが施政していたのかはわからない。


 だけど250年前に培われたことは、ケルビンとラーの絆を確かに繋いでいた。世界は『NNチップ』内のAIという存在と、その主である存在の恋愛を認めたのだ。


 結ばれた絆を確認するケルビンとラー。その余韻は突如脳内に届く通話で遮られる。


『ケルビン、起きてるか! そろそろ式場に向かわないと!』

「起きてるわよ、ホムラ。ちょっと素振りしてただけだから」

『はっはっは。結婚式直前でも鍛錬か。ケルビンらしい!

 しかし青空の下で式を挙げるとか、古典ラノベみたいだな!』

「ホムラもユキメと結婚するときはそうしたら?」

<否定。ホムラは250年前に『二天の』ムサシが挙式した天蓋内の和式館にすると言っていました>

「あー、そんなこと言ってたわね」

『いちゃつくのもいいけど、時間が迫ってるから急いでくれ!』

「はいはい。ちょっと待っててね」


 ケルビンはフォトンブレードのスイッチを切り、台の上に置く。そして一拝、祈念、二拝、四拍手、一拝する。


「コジロー師匠、アナタの切り開いた歴史と思想は今なお引き継がれています。

 私も師匠のような立派なフォトンサムライになるために頑張ります!」

<否定。ケルビンは剣術よりも超能力を使った方が戦闘効率がいいです>

「もー、嫉妬しない!」

<拒否。嫉妬します。

 ラーはケルビンの事を愛していますから>

「…………っ! も、もー! 恥ずかしくなること禁止! バカバカバカ!」


 かつて、子を為すこともできず閉塞的だった天蓋という巨大企業都市群メガロポリス


 そんな天蓋を変えた伝説の企業創始者トモエ。


 だがその傍らにいたサムライの存在は歴史の波に埋もれている。


 しかしその思想と技術は、今なおその子孫に伝えられている。


 おそらくはこれからも――


――――――


PhotonSamurai KOZIRO


THE END!




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フォトンサムライ コジロー どくどく @dokudoku

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