自我を持つAIアイドル

 事件から数日が経過し、


「グランマには御迷惑をおかけしました」


 企業『ネメシス』の代表であるネメシスは、『トモエ』の本社ビルに赴いてトモエの前で深々と頭を下げた。


「ちょ、そこまでしなくてもいいから!」

「いいえ。私の管理が甘いばかりにこのような事件が起きてしまったのは事実です。グランマはそれに巻き込まれ、不快な思いをしたと聞きます」

「まあ不快な思いはしたけど」

「はい。結果的に大事には至りませんでしたが、超能力者エスパーが制御しきれない状態だったというのは企業の長としてあってはならぬ事。深く反省し、今後このような事がないように努める所存です」

「……『ネメシス』って上から下までこういう体質なの?」


 頭を下げるネメシスの姿を見て、トモエは半笑いになって頬を掻いた。20面サイコロの態度を思い出させる。その事もあって、会話は件のクローン達の近況の流れになった。


「Ne-00203156……20面サイコロに関しては、18か月の無給労働という形に収まりました。

 グランマの時代で例えれば、その期間を刑務所で福祉するような形と思ってください」


 トモエにはどの程度の罰則なのか予測はつかないが、企業の秘すべきデータを盗み出した罪状としては妥当な数字だという。企業に所属している間は衣食住は保証されるので、収入がゼロになっても死ぬことはないのである。


「Ne-00203156当人は『七瀬リーザ様を推す為のクレジットが……やむなし!』と不服ながら受け入れていましたが」

「なんでアイドル推しは自分の生活を切り捨てるかなぁ」

「それだけグランマに心酔しているという事でしょう」


 ネメシスの言葉にトモエは渋面になる。報告の関係で『七瀬リーザ=トモエ』であることは通達済みだ。ネメシスもどこか期待に満ちた目でトモエを見ている。


「気持ちは理解できますよ。恥じらいながらも歌ったり踊ったりする動きにはAIにはない感動があります。プログラムではない生きた動き。そこに心酔しているのでしょう」

「なんであのコンサートがここまでバズるのよ! あり得ないでしょ!」


 ネメシスの言葉にトモエが声を大にして叫ぶ。VRアイドルのアバターで一度だけやったコンサート。その時、見ている人達に呼び掛けたことが大きな話題になっているのだ。


『みんなー、七瀬リーザを見に来てくれて、ありがとー!』


 トモエとしてはアイドルならこうするだろうなぁ、というアドリブだったのだが天蓋にはないサービスだったのである。その後のチャットも自我の在るAIと言うことで話題になり、更には――


「ケルベロスとのディベートが決定打になりましたね。『AIに自我があるか』という討論で自分自身の証明を為しました」


 融合ケルベロスと七瀬リーザの討論。自我があるAIが、自我を否定する意見と真っ向対決して勝利する。痛快ともいえる自己証明が、電子アイドル界隈を大きく沸かせたのだ。


「なんであの討論が世に出てるのよ……!」


 超能力やトモエの身バレに関する情報は修正されているが、キモである無意識の存在に関してはそのまま公開されている。そしてこの討論をきっかけに、無意識とはなんぞやという話題が天蓋に広まりつつあるとか。


「お忘れかもしれませんが、七瀬リーザにおけるあらゆる権利は『ネメシス』が有しています。そのログをどう扱おうが、それは『ネメシス』の自由ですから」

「アンタのせいかー!」

「はい。これに関しては契約通りですので。承認したのはグランマですのであしからず」


 利用規約など碌に読まないトモエは額に指を当てアイドルて渋面のレベルを上げた。もう二度とアイドルなんかやるもんか、と心に誓ったところで追撃が来る。


「最低でも週一回のログイン及びコンサートも忘れないでくださいね」

「は!? まさかそれも契約にあったの!?」

「はい。こちらの所に明記してあります」

「――っ! 違約金払うからパス!」

「残念ながら解約に関する項目には『脳に修復不可能なダメージを受けた時』のみしか書かれていませんので……クレジットによる解約は認められません」

「ひっど! ブラック契約だー!」


 容赦のない契約に叫ぶトモエ。今後は契約とかはきちんと読もう。あとNe-00000042には一度文句を言ってやる。


「……その、週に一度のログインとコンサート一回だけでいいのですから。コンサートが恥ずかしいのでしたらログインだけしてAIに全て任せてもいいですし」


 流石に不憫に思ったのか、ネメシスが助言する。トモエはそれも悪くないと一瞬考えたが、


「いい。やるからにはきちんとやる」

「よろしいので?」

「七瀬リーザに期待している人がいるんでしょ? だったらこっぱずかしいけどやってあげるわ」


 七瀬リーザに期待している人がいる。アイドルの良さはまだよくわからないけど、アーテーや20面サイコロやゴッドの様に心の支えにしている人がいるのだ。その期待を裏切るのはちょっと嫌だった。


「みんなの前でカラオケすると思えば楽勝よ! しかも別人の皮かぶってるわけだし! そう考えると恥ずかしくもないもんね!」


 数十秒前の誓いを反故にするトモエ。半ば自棄な所もあるが期待に応えたいというトモエ生来の人助けな精神があった。『知ってる人は見てないわけだし、どうとでもなるよね』という思い込みもある。


 ――ところがどっこい、


「あー。トモエも無茶しすぎだよな。休みの時ぐらい休めばいいのに」

「アタイはこの歌好きだぞ! 七瀬リーザガンバレー!」

「あらあらまあまあ! 電子酒のあてにはちょうどいいねぇい! お姉さん、酔い酔いながら推していくよぉ!」

「きゃあああああ! トモエちゃん最高! どんどんクレジット支援するわ!」

「うっはぁ。この方向性は流石のあっしも予想外っすね。さすがはトモエっす」

「ふはははははは! よもや企業を興す身にありながらアイドル活動に勤しむとは!  このカメハメハの電子頭脳をもってしても予測できませんでしたぞ!」

「企業創始者が名を伏せてアイドル活動とか……常識的に言って、ありえないわ!」


 この事件を知るクローンは七瀬リーザがトモエであることは知っている。というか、付き合いが長いモノは事情を知らずとも七瀬リーザがトモエであることは察していた。あんな個性的な応対をするAIアイドルとかありえねぇ。


(言動と行動から、七瀬リーザがグランマであることは知人にはまるわかりなのですが。

 ……いいえ、それを言うのは野暮ですね)


 むしろ知っている人達によく見られるのだから恥ずかしいのでは? ネメシスはその言葉を飲み込んだ。やる気に釘を刺すのは良くない。沈黙は金なり。天蓋において金など高伝導率の部品の一つでしかないのだが。


「そんな事より、ケルベロスはどうなったの?」

「二週間アイドル活動を禁止しました。『ネメシス』内のサーバーに移籍。外部との接触を禁じ、AIとして『ネメシス』の業務タスクにリソースを分けてもらってます」

「……それだけ?」


 トモエの問いかけに平坦な声で返すネメシス。大事件を起こしかけた超能力者エスパーの処遇にしては軽すぎる気がする。眉を顰めるトモエだが、ネメシスは頷き言葉を続ける。


「はい。ですが効果はてきめんです。

 三日目から休憩時間に不満を言うようになり、七日目には承認欲求が満たされず嘆くようになりました。終了時に提出されたレポートからはかなり反省した様子がうかがえます」


 承認欲求の塊であるケルベロスからすれば、誰にも見られない状態で黙々と仕事をするのはかなりの精神的苦痛だったようだ。


「でもケロたん変わらずアイドルしてるわよ」

「3日に1度と活動期間を減らしました。当人は不満そうですが、この辺りが落し所です」

「まあ、反省しているのならいいかな」


 スマホに映される『ケロたん』ことケルベロスのアイドル活動を見ながら、トモエは頷く。反省は重要だが、規制を強めすぎてもいけない。このような事が二度と起きないのなら、それでいいのだ。


『みんなー! ケロたんを嫌いにならないでねー!』


 あ、禁忌の超能力使ったな。ネメシスの笑顔が一瞬強張ったのをトモエは見逃さなかった。本当に反省しているのかなぁ、このお調子者AIは。


 とはいえ、感情を大きく揺さぶられたりしなければ影響はない。電脳世界越しであることもあり、影響を受けるクローンはケロたんのファンぐらいだろう。それぐらいならまあいいのかな? トモエはそう思ってスルーした。


「そう言えば、AIにもクレジットを渡す方針は継続する形なのですか?」

「そうね。反対意見も多いけど、方針は変わらないわ。

 AIにプログラムがあるように、クローンにも無意識がある。心の根底にあるモノは似ているのだから、って押し切ったわ」


『トモエ』内におけるAIの扱いを問うネメシスに、頷くトモエ。AIにおける自我の扱いは、その根底である無意識とプログラムの話に置き換わる。自我と呼ばれるものが無意識が操る者というのなら、プログラムに従うAIもまた無意識を持つ者だ。


 理屈としては乱暴だが、その理を前提として企業がそう定めたのなら、そこで働く者はそれに従うだけだ。反対意見もあるが、その意見も考慮していくつもりである。


「優秀な存在はランク制度を無視して高い給料を得る。それが『トモエ』の方針だから」


 企業設立当時からずっと掲げている「トモエ」のスローガン。市民ランクを撤廃した実力主義。


 これにAIが加わることで事態は大きく加速する。何せAIが有能であることはトモエの時代から証明されているからである。仕事の自動化や生産性の向上は言うまでもない。命令一つで短時間で回答を得ることができ、その回答は多くのデータにより培われた回答だ。奇抜な発想こそないが、大きな間違いはない。


 この結果AIの台頭が始まり、AIを開発及びメンテナンスができるクローンも同時に『トモエ』内で地位を得ることになる。同時にAIでは行えない肉体労働なども『トモエ』内で注目を浴びることとなる。


「おかげでコジローもネネネちゃんも引っ張りだこよ。力押しはAIにはできないもんね」


 戦闘力の高いコジローやネネネは、連日反企業組織への対応に追われていた。AIはプログラムの関係上、攻撃的な行動や反応はできない。AIにできない事をやるクローンもまた『トモエ』内で重宝されていく。


「羨ましいですね。『ネメシス』は『重装機械兵ホプリテス』が弱体化して、反企業組織に対しては強く出れないのが現状ですから」

「助けが欲しかったらいつでも言ってちょうだい。いつでも協力するから」

「ええ、よろしくお願いします。グランマ」


 トモエの言葉に頭を下げるネメシス。ビカムズシックス以降、企業を離れて暴力に走るクローンは多い。それを押さえるための武力を維持することも難しいため、弱体化した治安維持組織は多い。


「なんていうか、平和とは程遠いなぁ。まあ、ビカムズシックス以前も平和だったとは言えないけど」

「だからこそ、癒しの存在が必要なんですよ。例えばアイドルのような。

 次のコンサートを心待ちにしていますね」

「……実はネメシスもファンなの?」

「はい。グランマの歌とダンス、見させていただきました」

「…………はずかしいなぁ……」


 善意100%の誉め言葉を受け、トモエは顔を背けて頬を掻いた。恥ずかしいのは事実だが、褒められることは気分が悪くない。むしろアイドルを続けようという原動力になる。


 七瀬リーザ。自我を持つAIアイドル。無意識とプログラムの類似性を示し、同時に発令された『トモエ』のAI人格肯定もあり一気に話題を生んだアイドル。


 後に無意識の伝達者として伝説のアイドルと呼ばれることになるのだが、それはまだ先の話――


――――――


PhotonSamurai KOZIRO


~AIアイドルはヒツジバイオノイドの夢を見るか?~ 


THE END!


to be Continued!


World Revolution ……98.8%!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る