OK。なら万事解決だ

「……ハッ! 七瀬リーザ様! トモエ様! 素晴らしい!」


 ネネネに殴られて気を失っていた20面サイコロは意識を取り戻すと同時にそう叫んだ。


「おお、これはコジロー様にネネネ様! 『トモエ』にこのクローンありと言われた英雄英傑のお二人に相まみえることになろうとはこの20面サイコロ、感謝感激でございます!

 まさにクリティカル! 幸運判定で大成功を出したかのような奇跡! ええ、我が好運はここに極まれり!」


 そして歓喜した。ネネネやコジローにはわからない喜び方だが、ポーズや声色から喜んでいることは間違いない。


「なあネネ姉さん。コイツ、頭殴りすぎておかしくなったんじゃないか?」

「アタイ怖い。コジロー代わりに殴ってくれ」

「いや、コイツ殴ろうと思うとその気が……。あれ、殴れそうだ」


 あまりに変貌した20面サイコロの態度に、むしろ怯えるネネネ。コジローも若干引きながら対応するが、これまで感じていた何かが消えていることに気づく。


「はい。融合していたケルベロスが消えてなくなったので、超能力が解除されたモノと思われます。

 さあ、コジロー様! これまでの恨みがありましょう。どうかこの20面サイコロを殴ってください! 遠慮は不要! その怒りをぶつけ、それを持って罰としていただければ!」

「あー。そういう事か。ってことはアンタが20面サイコロ……ややこしいな、ケルベロスがいない20面サイコロ本人てことでいいんだな?」

「はい。状況が特殊だったとはいえ、皆様には大変ご迷惑をおかけしました。如何なる裁きも受ける所存でございます」

「全然性格が違うな! ケルベロスってよっぽど性格が悪かったんだな!」


 暑苦しくかつコジロー達に低頭な態度を取る20面サイコロ。これまでとは全く態度が異なる。これまでの喋り方とは打って変わった口調だ。融合していたケルベロスの性格の悪さが伺える――というわけでもなく。 


「お恥ずかしい話ですが、原因は私の方にあります。

 自分で思っていた以上に企業に対する不満がたまっていて、あの攻撃性はそれが原因なのです。『ネメシス』のサーバーにハッキングをしたのもそのストレスからです。まさかそこに企業の虎の子である超能力者エスパーがAIという形で存在しているとは思いもせず」


 ケルベロスがあそこまで性格が悪かったのは、20面サイコロの無意識に会った企業へのストレスが原因だ。それがなければ他人に超能力を仕掛けて、罵って喜ぶ性格にはならなかったという。


「それを言い訳にするつもりはありません。不正ハッキングなどの罪はしっかり償わせていただきます」

「ってことは投降して『ネメシス』に出向するってことか? かなりの罰則を食らうことになるぜ」

「成功者には報酬を。失敗者には罰を。私の信念として、そこを有耶無耶にはできません」

「OK。なら万事解決だ」


 自分がやったことを償う。そう言い放つ20面サイコロの決意を変えることは無理だろう。その生真面目な所がストレスを溜める原因なのだとコジローは思ったが、あえて口には出さずに頷いた。


「そう言えば、この工場にエネルギーが供給されていたんだが、どういうことだ? 誰かから支援を受けていたのか?」

「はい。エネルギーを扱うお方に超能力を使って『エネルギーの停止禁止!』という禁忌命令をつけたらしく……」

「ランク1市民に超能力攻撃かよ。アンタ、このまま逃げたほうがいいんじゃないか? 数十年レベルで無料労働だぞ」

「全て覚悟の上です。『ネメシス』に迷惑をかけたことはとても許されることではなく」

「元々アンタは超能力が使えないんだろ? だったら超能力を使った罪には問われないんじゃないのか?」

「いやしかし」


 頑として罪を償うという20面サイコロ。ケルベロスと融合した事は自分の行動の結果で、性格が悪くなったのも自分の抱えたストレスのせい。だから罪は自分が全て受ける。


「タガが外れたのも融合してからで、超能力を得たからだ。逆に言えば、そのケルベロスがいなかったらアンタは企業に残れていたんだぜ」

「それは結果論です。自分の行動に責任を取らなくては」

「その責任の話だが、幻覚系の電子ドラックを使った際の行動に関しては責任能力がないってことで減刑されるぜ。

 アンタが今までまともな状態じゃなかったのは事実だ。だったら全部アンタが背負う必要はないんじゃないのか?」


 コジローの説得に眉を顰める20面サイコロ。言っていることは正しい。納得せざるを得まい。だが――


「その状態になった原因は私のハッキングで――」

「そうだな。そいつはきちんと償ったほうがいい。だがアンタは別に超能力が欲しくてそんなことをしたわけでもないんだろ? 企業から離反するためにその超能力AIをダウンロードしたわけでもない。

 こんなことになったのはあくまで事故だ。そういう事でいいんじゃないか? 何ならトモエを通して『ネメシス』に口利きしてもいいぜ」

「…………裁きは公正にお願いします」


 コジローの意見に頷く20面サイコロ。ハッキングの罪だけなら、そこまで重くはならないはずだ。とはいえ、それはこのトンチキともいえる話を信じてもらえるかどうかだ。


「とはいえ、トモエに何て説明したものか。まさかAIが超能力者エスパーで、ソイツと融合したクローンが無意識とか言うよくわからない事が理由で反企業活動を起こしたなんて、信じてもらえるわけもねぇしなぁ」

「大丈夫だ! トモエはきっと信じてくれる!」

「こういう時はネネ姉さんのポジティブ思考が羨ましいね。

 とりあえず今日は休暇で電脳世界で遊んでるんで、メッセージだけでも送っておくか」


 腕を組んで頷くネネネにそんな言葉を返すコジロー。とりあえずこれまであったことを『NNチップ』を通してトモエに送る。休暇中だから明日でもいいぞ、と一言添えたメッセージだが、即座に返信が来た。


<カシハラトモエから着信があります。繋ぎますか?>

「は? 対応速くないか?」


 メッセージを送ってから2秒後に、直接会話をすべく通話が飛んできたのだ。コジローは怪訝に思いながらトモエの着信に応じる。ネネネにも通話権を渡し、グループでの通話にした。


「あー、トモエ。何を言っているか訳が分からないとは思うけど――」

<コジロー! ケルベロスと融合したクローンがそこにいるの!?>

「は? いや、そう言う内容を送ったけど……ええと、トモエ? 内容を理解しているのか?」

<ええ。今さっきまでその融合ケルベロス? のアバターと討論していたのよ。ついでに言えばオリジナルのAIとも話をしたわ>

「…………どういうことだ?」


 コジローとトモエはこれまであったことを報告し合う。20面サイコロの状態。ケルベロスという超能力者エスパー。そして無意識という存在。


「状況はだいたいわかった。休暇中なのに御苦労様だ」

「うむ、さすがトモエだ! アタイも鼻が高いぞ!」

<コジローとネネネちゃんもお疲れ様。そんな偶然もあるものなのね>


 まさか現実世界と電脳世界の両方でケルベロス問題が同時進行していたとは。奇妙なこともあるものだとトモエは驚いた。


<とりあえずそのクローン……20面サイコロ? その件に関しては『ネメシス』に一言添えておくわ。ついでにネメシスにもこの件で色々話があるし>

「企業トップ同士が会談とは穏やかじゃないな。確かに超能力事件と言えなくもねぇけど、実質被害はゼロだしいいんじゃねぇか?」

<……正直いいかな、って思うけど……ケルたんの事はもうちょっと厳しくした方がいいかなって感じだから>


 承認欲求モンスターのケルベロスを思い出しながら、トモエはため息をついた。事件の原因は20面サイコロのハッキングだが、ケルベロスが自分可愛さに報告しなかったから放置されたのだ。


「? よくわからんが、お前がそうするなら止めないぜ」

「コジローはトモエに甘いな! アタイにも甘くしろ! 体中愛でろ!」

<イチャイチャは通話終わってからにしてね。今日はネネネちゃんの日だから我慢するけど、嫉妬ぐらいはするんだから。

 っと、20面サイコロってクローンと話がしたいんだけど出来る?>

「おう。今招待するから待ってくれ。20面の旦那、トモエが話がしたいって」

「なんと!? このような罪人にトモエ様のお言葉を賜れるとは。命を捧げよという事でしょうか!?」

「違うから安心しろ。あと落ち着け」


 極端なまでにトモエ信望者になった20面サイコロに眉を顰めるコジロー。精神系超能力者テレパスエスパーに好みを変えられたと聞いたが、これはこれで危険なのではなかろうか。トモエに危害を加えはしないが、トモエのためなら何でもしそうな危険さ。


<貴方が20面サイコロ……ケルベロスと融合していたクローン?>

「はっ! その通りでございます! トモエ様やコジロー様やネネネ様のおかげでケルベロスAIとの融合が解除されました! 事、トモエ様におかれましては罵詈雑言等でご迷惑をおかけしてしまい慙愧に堪えぬ次第! 命を捧げても足りぬとはまさにこのことでございます!」

<あ、うん。確かにいろいろあれだったけどそこまで反省しなくてもいいから>

「いいえ、いいえ! たとえ正常な状態ではなかったとはいえ、この20面サイコロに全く原因がないわけでもなく! ましてはトモエ様に対して罵詈雑言を放ったなど耐えきれませぬ! 汚名を雪ぐ為なら如何なることも致します!」

<……ねえ、アーテー。同調して変なことになってない? 元からそう言う人だったんだってこと?>


 20面サイコロのあまりの態度に若干引くトモエ。アーテーがやりすぎたのではないかと心配になったが、そうでもないらしい。『生真面目な努め人』が『推したい相手』を得た結果、過剰な熱量で応援したいと思っているという事らしい。


<何事も、ほどほどが一番ってことね。

 貴方の状況は『ネメシス』に伝えておくわ。悪いようにはならないはずよ。しっかり反省してね>

「はは! トモエ様の御慈悲、骨身に染みる思いでございます!

 この20面サイコロ、猛省の後に『トモエ』に尽くすことを誓いましょう!」

<うん。ほどほどにね>

「はっ! 粉骨砕身務めさせていただきます!」

<人の話聞いて!?>


 ――いろいろあったが、バイオノイド工場占領事件はこうして幕を下ろした。


 ケルベロスという超能力者エスパーが絡んだこの事件は、企業の話し合いにより『ただの企業離反者』が起こした反乱という形で収まる。またその犯人も過剰な労働によるうつ状態が原因とされ、罰則の幾分かは軽減されたという。


 これは規律を重んじる『ネメシス』からすれば、異例の判決であった。

 

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