第5話

「やべー、寝ててなんも聞いてなかった。」

「早く、学食行こうぜ~。」

 外界での時間で、一時間ちょっとの時間が過ぎたころ、新たな雑音がわらわらとこちらの世界に侵攻してくる。授業が終わったのだ。皆が立ち上がり、ぞろぞろと集団で教室から出ていく。俺は当然、群れるのが嫌いだから、本一つをしまうのに数十秒かけ、ほとんどの人が教室を出て行ったのを確認してから、おもむろに席を立つ。

 ああ。さっきまでの集中で体が緊張していたせいか、まあ雨という要因が大きいだろうが、片頭痛が俺を襲い、立ち眩みが視界を奪う。おれは机に手をつきしばらくじっとしてやり過ごす。徐々に、視界から赤黒い靄が消え、視野が広がってくる。ある程度見えるようになったのを見計らい俺はカバンを背負い出口へと向かう。と、そのとき、ふと右側から誰かの視線を感じた。今しがた取り戻したばかりの視界の端で、視線のもとに目をやると、ひとりの女学生が、俺のことを凝視している。艶かしいほどつやのある長い黒髪、色白の整った顔つきは人形を彷彿とさせる。「かわいい」よりも「きれい」が断然似合う顔だ。品のある立ち振る舞いからは、育ちの良さというか、お嬢様っぽさを感じる。周りに興味がない性格だったが、彼女のことは少し記憶にあった。というのも、いつも無表情で冷たい目をしている彼女に話しかけようとする人はおらず、常に一人でいるからだ。まあ名前すらも覚えてはいないが。

 そして今、その目が、おれを見つめ……睨んでいる。彼女の眼光は鋭く、おれの秘密をも見透かされているようで、変な汗が出てきた。おそろしい。今日は頭も痛いし、もう本を返してさっさと帰ろう。午後の授業は休むことに決めた。まあ、はなからそのつもりだったが。

 そう思い、足早に教室を出て図書室へ向かう。

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今日、君に殺されに行く 朝食 @takitategohann

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