第14話 白胡蝶蘭の姫君

坊ちゃんパーシヴァル

 あんま心配すんな。

 半殺し程度で上手く生かして俺が連れて行くからよ」


「頼んだよ、ヴォルティガン」


「おう。

 俺が死んだからって泣いてくれた摂政様の頼みだ。

 なんとかするさ」


「だ……誰が泣いたって!」


と言うウチに既に繋がりは切れていた。

別に泣いてなんかいない。

泣きそうになっただけだ。

そうヒトリつぶやく摂政パーシヴァルである。



「ヴォルティガンから連絡が有った。

 真犯人を捕まえたよ」


「ならエスクは無罪なのよね」


「そんな訳無いだろう。

 彼が暗殺者なのは事実だ」


「えーーっ、なんでなんで?

 エスクは騙されてたんでしょ。

 それなら」


「クリスティーナ女王。

 貴方様の気持ちは嬉しいが、私は事実人を殺めてきている。

 処罰されるのは当然だと思う」


元暗殺者エスクラードはそう覚悟は決めている。

ただ未練は残る。

金を稼いでいる自分が居なくなったのなら妹はどうなる。

呪術師にしても金を渡しているから、延命処置をしてくれているのだ。


「そんなだって、あなたの妹ももうすぐ此処に来るのよ」


「……なんですかそれは?」


「エスクラード、キミがは元暗殺者なのは事実だけど。

 十分情状酌量の余地は有ると思う。

 ただやっぱり裁きは受けて貰う」


摂政パーシー、そこはなんとかならないの?」


「心配しないで。

 もう結論は出てるんだ」



女王の護衛ヴォルティガンが頭を下げた。

俺が身元保証する。

姫様の護衛に使ってやってくれ、と。


そんなの前代未聞だよ。

そう渋るパーシヴァルに言ってのけた。


いやー前例は有るぜ。

あのメイド、アレ元暗殺者だぜ。

前国王とその妃を毒殺しようとした女。

俺、毒の類はあんまり詳しくねーから、気付かなかったんだが。

王妃が勘づいた。

俺に勘づかれないなんて大したモンだ、ってな。

王妃が気に入って、姫様の身辺警護として専属の小姓にしたんだ。


嘘だろ……

パクパクと口を開けるパーシヴァルに、メイドはその通りです、と頷いた。


だけど。

傷ついた妹って弱みが彼には有る。

そこを突かれて、又殺しを引き受ける可能性だって有るだろ。

そう言う摂政パーシヴァル


ヴォルティガンは笑って見せた。


「そこは姫様の出番だろ。

 俺みたいにさ」




 


物思いにふけるパーシヴァルに女王クリスは言った。


「なんで、パーシーは彼なんて呼ぶの?

 こんなにキレイでかっこいい女性なのに」


…………


「クリス、彼は男性だよ」


「姫様、エスクラードは女装してますが性別的にはヤロウですね」


パーシヴァルとメイド、二人に言われて目が点になるクリスである。


「うそっ、うそよね?」


とエスクラードに問いかける。

だってだって。

わたしよりキレイな女の人よ。

少し声は低いみたいだけど。

男のワケ無いじゃない。


エスクラードはアッサリ答えた。


「私は間違いなく男です」



うそっ、うそうそウソウソ嘘嘘うそうそうそうぅそぉーーーーー!!!!


貴方エスクッ、朝からわたしの部屋にいたわよね。

 寝巻から、部屋着に着替えてる時もいたじゃない」


「いたと言うか、着替えもお手伝いしましたが……」


「ダメー。

 これからは部屋は入っちゃダメ」


赤くなると同時にすでに目に涙まで浮かんでしまっているクリスである。


「しかしクリスティーナ女王。

 それでは身辺警護が出来ない」


「ダメったら、ダメったら、ダメー!!」



 


さて、その日の夕方、密かに少女が胡蝶蘭の館に運ばれてきた。

身動きの出来ない意識の無い少女。

街の占い師のような怪しげな格好をした老婆も一緒である。


「本当に大丈夫でしょうか」


不安げな顔をしているのは女給の服装をした男エスクラードである。


「大丈夫、姫様を信じなさい。

 アナタも見たでしょう。

 晩餐会での光景を」


エスクラードに答えるのはメイド。



「だけどあの時、指示をしてくれたクローダス様は今回いないんだよ。

 本当に大丈夫かい、クリス?」


「大丈夫よ。

 だと思うわ。

 やり方は分かったし……

 魔宝石の指輪も有るし」


女王クリスの右手の指にはリングが嵌っている。

魔宝石の指輪。


王兄クローダスは言った。

この指輪は回復の魔法術式を組み込んで有る。

ただし術式だけ。

その力を発動させるには強大な魔力が必要だと。


あの晩餐会の会場。

あの時、やってきたのである。

クローダス王兄殿下が。


弟が主役の宴会に出席する気など有りません。

ライオニスが遅れている?

クリスが主役になった?

それを早く言いなさい。

妹の晴れ舞台、出席せずにいられますか。


毒に倒れたヴォルティガンを見て言った。


クリス、力を貸してください。

私が術式を整える。

貴方の魔力が必要です。



クリスの母親、王妃殿下は偉大な魔術師だった。

強大な魔力とそれを操る能力。

魔道具の研究、全てに秀でていた。


その研究と魔力を操る能力は兄、クローダスに受け継がれた。

そして強大な魔力は妹クリスに。



少女が運び込まれる。

全く表情の動かない彫像のような少女。


「アンタたち、この娘をどうする気なんだ?

 私が呪術で、ケガの進行を遅らせてるけどね。

 そいつが切れたら、この娘は死んじまうんだよ」


ボロボロのマント、怪しげなアクセサリーをつけた老婆が喚き散らす。


「モデロンばあさん」


「アンタ、エスクラード。

 こいつは一体……」


「大丈夫なんだ。

 ばあさんには感謝してる。

 妹の術を解いてくれ」


「なんだって?!

 しかし、そんな事したら……

 ミアがアンタの妹が……」


「大丈夫、大丈夫なんだ。

 彼女が助けてくれる」



エスクラードの指さす先に居るのは。

白いウェーブヘアーを靡かせた、美しい少女。


「回復術師なのかい?

 だけど一人じゃないか。

 一人じゃ回復術なんて扱えるモンじゃない。

 アタシの半端な術だって、長年の研究と薬と術式の力を借りてやっとなんとかしてるんだ」


「大丈夫、俺はこの目で見たんだ」



クリスティーナ・ローランドは立ち止まる。

目の前で眠る少女を見つめる。

エスクに面差しが似てるだろうか。

まだ小さい。

クリスの三、四歳下。


聞いた話ではすでに一年以上眠り続けていると言う。

ごくたまに意識を取り戻すだけ。


エスクラードが世話をしているのだろう。

汚れてはいないけど。

栄養は明らかに足りていない。

こけた頬、布団の上からも身体が瘦せすぎているのが感じられる。


こんなに小さいのに。

可愛そうに。

本来、無邪気に笑っていて良い筈の少女なのに。


クリスの瞳にはすでに涙が溢れそうになっている。

そのクリスの目にかかる前髪が。

光を帯びる。

白いブロンドヘアーが輝きを放つ。


魔宝石の指輪。

クリスは指輪を嵌めた右手を幼い少女の額に当てる。


「……これは魔力だね。

 一人で産み出してるとは信じられないような魔力……」


呪術師の老婆がつぶやく。



そう、パーシヴァルもエスクラードもメイドも。

あの晩餐会の席で見たのだ。


クリスティーナの髪が光を放つ。

クローダスが調整する。

その前に連れてきた人達。

ヴォルティガン。

それ以外にも魔殺蟲に刺された被害者はいた。

護衛の兵士、女給たち。

全員がその光に包まれる。


そしてパーシヴァルは。

ヴォルティガンが何事も無かったように目を開けるのを目の当たりにした。

思わず涙をこぼしながら、彼の身体に抱きついてしまったパーシヴァルなのである。



同じように今、幼い少女の身体が光に包まれる。

優しく、温かな、神聖な光。


やがて光が収まり、幼い少女は瞳を開けた。


「……ここは……」


「ミア、起きたのかい?

 ミア、良かった」


少女の兄がその身体を抱きしめる。



「お兄ちゃん?!

 お兄ちゃん……あの人誰?

 すごく綺麗な人……」


幼い少女が夢うつつの様に言葉を発するの聞いて、エスクラードは答えた。


「あの方はお前の命の恩人だ。

 そして……

 俺が生涯命をかけて護るべきご主人様なんだ」



俺の……

俺の白胡蝶蘭の姫君。

『ファレノプシス・アフロディテ』


「クリスティーナ・ローランド女王陛下だ」


 

そしてこの時から始まる。


魔術の研究家、魔道具の天才、王兄クローダス。

戦場にて常勝無敗、槍の遣い手、王兄ライオニス。

女王を支え続けた、万能の天才、摂政のパーシヴァル。

先代から王を護ってきた守護者、『拳聖』ヴォルティガン。

そしてもう一人、その出身や身元は不明、謎多き勇者エスクラード。

後世に伝えられる偉大な女王、クリスティーナと彼女を支える五人の男達の物語。

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『白き胡蝶蘭の姫君』 泣き虫の第三王女は美男子達に囲まれて後世に名を残す女王になる……のか?  くろねこ教授 @watari9999

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