第13話 蟲使い

ローランド王国とその周辺にはすでに噂が流れている。

女王直属の護衛 『拳聖ヴォルテイガン』が殺された。

下手人は魔殺蟲イーヴィルバグを操った男。

その現場に、暗殺者が潜り込んでいた、そんな噂は流れていない。

魔殺蟲イーヴィルバグを操った男をローランド国が本気で探していると言う。


その頃、トラスボーグ王国とクイントン連合の国境付近。

その男は街道から離れようとしていた。

ここから街道を真正面から進んだなら、国境の砦が有る。


辺境の田舎村に用が有るようなコースを取ると見せかけ、途中から森へ入って行く。

そこから獣道を進み、山を越えていくつもりなのだ。


その男は健脚であった。

疲れた様子もなく、歩いて行く。

付近の猟師ですら入り込みはしない険しい山道。


前には誰もいない筈なのだが、誰かがその男の前に立ち塞がる。



「何処に行く気だよ?

 このままだと国境を越えてクイントンに出ちまうぜ。

 まずいんじゃねーか。

 トラスボーグの大使ともあろうものが、無断で国境越えとは」


「………………」


国境の警備兵に気づかれたのか。

しかし、目の前の男は白銀の豪華な鎧を纏っている。

とても辺境の警備兵程度が手に入れられるような装備では無い。

鍛えられた体格、背中に下げた槍。

何者かは不明だが、強い。

戦いたい相手では無い。

そのくらいは伝わってくる。


その男は踵を返して、逃げようとする。

しかし、踵を返した先にも人が居た。


マントを羽織った細身の男性。

服はチラリと見える程度だが、かなり高価な物。

漆黒の黒髪。

冷徹な視線がその男を射抜く。



「様子を見ていたのですよ。

 大使殿、いえこう呼びましょうか?

 蟲使いグウィン・アプネッズ」


「………………

 誰の事です?

 私は確かにトラスボーグの大使。

 国境を隠れて通ろうとしたのは、密命を帯びての事だ。

 そこをどいてくれたまえ」


「密命ねぇ。

 密命ってのはクリスティーナ・ローランドの暗殺だったりするのかい。

 そのために魔殺蟲イーヴィルバグで晩餐会を襲う」


「トラスボーグに問い合わせても良いのですよ」


本当に知られているのか。


摂政パーシーが気付いたのですよ。

 あれは才能は有りませんがそれなりに頭が回る」


「調べたのさ。

 魔殺蟲イーヴィルバグに刺されて、貴族や王族が死んだ事件をな。

 摂政パーシーはヘタレだが、執念深い。

 文献やらなにやら、虱潰しに調査したんだとよ」



摂政パーシヴァル元暗殺者エスクラードから全てを聞き出していた。

エスクは魔殺蟲イーヴィルバグには関わっていない。

関わっているとするなら。

蟲使いグウィン・アプネッズ。


その名前。

摂政パーシヴァルも王城の人間も聞いた事が無かった。

元暗殺者エスクラードが知っている、有名な暗殺者。

暗殺者として名を上げているなら、当然大物貴族や王族を殺したという事。

犯人と断定出来てはいなくとも、疑いありとして噂くらいは流れる。

摂政パーシヴァルの耳にも入っている筈なのだ。


「調べて見れば、魔殺蟲イーヴィルバグで亡くなったと言う貴族や王族は何人も出て来ました。

 しかし全て下手人が別に捕まっている」


「その現場じゃぁ、暗殺者が捕まってんだよ。

 若手だったり小物だったり、本来大物貴族を殺すにはちょいと能力が足りねーんじゃねーの、って言う報酬も安いザコな殺し屋」


「大した腕では無い殺し屋と魔殺蟲イーヴィルバグ

 二段構えの作戦。

 魔殺蟲イーヴィルバグは習性も良く分からない異界のムシ。

 捕まれば殺し屋の方が真犯人と言う事になる。

 魔殺蟲イーヴィルバグを操った別人がいる。

 そこまでみんな気にはしない」


「どっちでも良かったのかもしれねえな。

 殺し屋に警護が気を取られてるうちに、魔殺蟲イーヴィルバグが襲う。

 魔殺蟲イーヴィルバグで騒ぎが起きてるうちに殺し屋が標的を討つ」


「どちらにしろ、安い殺し屋を雇ったのは貴方。

 本来の莫大な報酬は貴方のモノ。

 そして大物貴族を殺した下手人として狙われる事も無い」


「セッコイやり口だよな。

 男なら自分の剣で殺ろうとしろよ」


最後まで聞かずにその男は逃げ出していた。

獣道からも外れ木の繁みへ。

強引に掻き分け、奥へと逃げる。


しかしその男はバランスを崩す。

脇からヒョイッと差し出された革のブーツ。

そいつがその男の足を払ったのだ。


バランスを崩したその男、蟲使いグウィンの上に誰か馬乗りになっている。

革鎧を着た戦士。

拳を振り上げる。


「まさか、まさか、まさか!

 『拳聖』ヴォルティガン!!」


言い終わる前に蟲使いの顔にヴォルティガンの拳が打ち込まれていた。



ローランド国の女王の護衛ヴォルテイガンが殺された。

それは意図的に諸外国に流した噂。

そんな噂でトラスボーグ大使がどう反応するか見ていたのだ。



「大使として、王族や貴族の屋敷に入り込んで、ムシを使って暗殺。

 それだけじゃ、何時か自分にも疑いの目が向くかもしれない。

 だから囮として殺し屋も雇う」


「だけど‥‥…

 今回はちょっぴり計算違いだったな。

 若い暗殺者エスクラードはアンタが予想してたより遥かに腕が立った。

 そいでローランドの摂政パーシヴァルも、暗殺者に罪を押し付け、事件を済まそうなんて責任逃れなヤツじゃない。

 さらに命を狙われたハズの女王クリス元暗殺者エスクラードを庇うなんて、そりゃまぁ予想も出来ないよな」


目を回したその男グウィンを上から眺めて、ニヤリと笑う復讐を果たした男ヴォルテイガンである。






「すいません、クローダス王兄殿下。

 お願いしていいですか?」


フンと鼻を鳴らして、王兄クローダスがヴォルティガンに右腕を差し出す。

腕に嵌められた飾りには魔宝石。


「聞こえるか―?

 坊ちゃん」


ヴォルテイガンが腕飾りに向かって大声を出す。


「聞こえてるよ。

 大声出すなよ、耳が痛いだろ」


王城に居る摂政パーシヴァルの耳に着けた飾りと言葉を繋ぐと言う魔道具。

ヴォルテイガンから見るととんでもないシロモノ。

見たコトも聞いたコトも無い。

王兄殿下クローダスが作り上げたと言うのである。


「なんだって、キミはまた女王クリスの側を離れるんだ。

 暗殺騒ぎが有ったばかりなんだぞ」


「だってよ、蟲使いコイツは俺を殺しかけたんだぜ。

 一発くらいお見舞いしてやりたいだろ」


「殺さず捕まえたんだな?」


「アタリマエよ」


「よし、ならちゃんと連行して来てくれよ。

 王兄クロさんや王兄ライさんに渡すんじゃないぞ」



いきなりマントの男クローダスが口を挟む。


「聞こえてるぞ、間抜け」


「この男は俺らが預かるぜ、ヘタレ」


白銀の鎧の男ライオニスもである。



「あわわ、クロさん、ライさん……

 聞いてらっしゃったんですか?……」


「当たり前だ、間抜けパーシヴァル

「アニキがいなきゃ護衛ヴォルと会話出来ないだろ、ヘタレパーシヴァル


「クロさん、ライさん。

 その男は暗殺事件の背後を洗うのに必要なんです。

 王城に連れてきてくださいよ」


「イヤだ。

 クリスを殺そうとした男。

 引き裂いて牛馬の飼料にしてやろう」


「ヤなこった。

 クリスを殺そうとした男。

 体中の骨をブチ折って、谷底に突き落としてやんよ」


摂政パーシヴァルの言葉を気にもしない二人の王兄なのである。

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