第12話 拳と拳
「お前、来いよ」
対象は
「俺もそろそろ年だろ。
後を任せるヤツを探してたんだ。
オマエ、
あの
オマエなら合格だ」
「………………」
パーシヴァルは慌て騒ぐ。
「ナニを言ってるんだ。
アタマに毒が回ったのか。
彼女は……彼かな?
コイツはクリスに刃物を向けたんだぞ」
「だけど、斬らなかった。
そうだろ」
それは事実だ。
「姫さんに惚れたか?」
なっ、何を言っている。
この男は
口の端がグイと吊り上がる。
顔色は間違いなく蒼褪めているのだが、強烈な笑み。
拳と拳を合わせる、男同士の挨拶。
そんなジェスチャー。
これはエスクラードも拳を出したなら。
引き受けた。
そんな男同士の約束になってしまうのではないか。
キョロキョロと周囲に目をやる。
女王はキラキラした目で見ている。
貴方ならやれますっ。
これは真剣に受け止めないでおこう。
彼は真剣な表情で頷く。
おそらくは……
死ぬ直前の人間の言う事だ。
とりあえず安心させてやれ。
そんな意味だろう。
メイドは知らんぷり。
チラっとこちらを見た視線はアナタの好きなようになさい、と言うようだ。
エスクラードはヴォルティガンの脇にひざまずく。
初めてする行動。
男に向かって己の拳を突き出す。
殴るのでは無くて、拳と拳を合わせる。
己の拳の表面に、
そう思った時には。
宙から拳は消えた。
『拳聖』は目を瞑っていた。
男の腕が力無く垂れる。
「……いや、ヴォル……
ウソでしょう……」
「くっ、なんて事だ」
女王と摂政の声が聞こえて来る。
その頬には大粒の涙がこぼれていて。
それは涙がこぼれるのを我慢しているのだと分かってしまう。
「姫様、落ち着いて」
「いや、いやいや。
いやぁあああああああああああ!!!!」
その叫びを聞きながら、エスクラードは呆然としていた。
「姫様、
分厚い扉の前で女官が声をかける。
「良いわよ、入って貰って」
パーシヴァルはあくびを噛み殺しながら、
「どうしたの?
パーシー、すごく疲れてるみたいよ」
「正解、実際疲れに疲れてるんだよ」
「一体どうしたの?」
「いろいろと後始末さ。
他にも調べなきゃいけない事とかたくさんあって。
この数日ほとんど寝ていないんだ」
あの晩餐会の夜から既に数日が過ぎている。
本当にパーシヴァルにはやたらとやる事がったのだ。
まず参加者に事件の口止め。
幸いなことに死傷者は一人も出なかった。
……助かったのである。
「そうだ。
クリス、キミにあんなコトが出来るなんて。
ひどいじゃないか。
僕は全く知らなかったぞ」
「ゴメンなさい……
じゃなくて、わたしも知らなかったのよ。
仕方ないじゃない」
「ああ、ああ。
悪かった、別にクリスを責めたかったんじゃなくて……
寝不足で当たっちゃったんだ、ゴメンね」
とにかくクリスのおかげで死傷者は出なかった。
晩餐会は無かった事になった。
暗殺者も
主賓が遅れる事になったので晩餐会は中止になった。
そういう事になったのである。
「暗殺の手助けをしたと思われる、大使はすでにローランド国外へ出ていた。
今、トラスボーグへ問い合わせているよ」
「そうなの、大使さんもタイヘンよね。
奥さんと娘さんが人質に取られていたんでしょ」
「……どうかな……」
「それで、それで。
エスクの方は?」
「エスク?
……ああ、
彼の言った事は大体真実だった。
辺境の貧民街で、彼の家を見つけたし妹の存在も確認した」
エスクラード。
捉えられた暗殺者は素直に供述した。
トラスボーグ大使が協力していた事も。
彼の境遇も。
彼は金が必要だったのだ。
貧民街で産まれ、両親は幼い頃に亡くした。
妹と二人暮らし。
なんとかエスクラードが働き、二人生きていたが。
ある日妹が物取りに襲われた。
幼い身体に重傷を負った。
そのまま亡くなる筈だったところを貧民街の怪しげな呪術師が救った。
彼の妹は数日に一度しか意識を取り戻さない。
ほぼ休眠状態になる事で命を取り留めていると言う。
「長くは保たないよ。
完全に治したなら治療術師たちを雇うしかないね。
奴らはバカ高い金を取る。
こんな街に暮らしてる我らじゃ夢のまた夢さ」
「金は何とかする。
それまでの間、妹を頼む」
エスクラードは非合法な仕事で金を稼いだ。
それ以外に妹を救う方法は無い。
天性の運動神経、刃物の扱い。
徐々に腕利きとして名を上げた。
メイク技術を習い女性に化け、潜入し貴人を討つ。
いつしかそんな仕事に抜擢されるようになった。
パーシヴァルは女給が差し出すお茶を受け取って飲み干す。
「彼の境遇には同情するよ。
もしもその環境に産まれたのなら僕も同じことをしていたかもしれない」
「そうか、なら妹には手を出さないでやってくれ」
「…………」
今、誰が喋った。
低い男の声。
パーシヴァルはキョロキョロと部屋を見回す。
クリスと女給、メイドしかいない。
というか、今お茶を受け取った女給はやけに美人で見覚えが有る。
「あああああーーー!!
キミ、キミ、
なんで
地下牢に閉じ込めて置いたハズだぞ」
「私が脱獄させました」
事も無さげにメイドが言う。
「……彼は未遂だけど
「心配するな、もうしない」
「ホラ、パーシー。
本人がこう言ってるわ」
いや、クリス、本人が言ったって信用できるワケ無いだろ。
「俺は……
俺の妹も良く泣く女だった。
俺に年下の少女、年下の涙を流す女を殺す事は出来ない」
パーシヴァルはパクパクと口を開ける。
いや、そんな事言われたってさ。
だってだって。
クリスが心配なんだ。
「そんな人を泣き虫みたいに言わないでよ。
これでも人前では泣かないように努力してるの」
「そうか、すまない」
そんなパーシーの心中も知らずに
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