第11話 止まるナイフ
「すごい、すごいわ。
あの大きなムシ。
全部あなたがやっつけちゃったのね」
クリスの顔は興奮に赤らんでいる。
憧れのオペラ歌手を目の前にした少女のような態度。
腕を前で組んで、キラキラした目線で女給を見ているのである。
「なんて名前なのかしら。
見たコト無いって、メイドが言ってたわ。
あの人、王宮に来る美人の顔全員覚えてるの。
彼女が覚えてないってコトは新人よね」
ヒトリゴト。
気楽に憧れの人に話しかけたり出来ないシャイな
だけど。
女給は近づいてくる。
服装は女給なのだけど、手にナイフを持って鋭い視線を投げる。
先程まで、恐い大きなムシを素早い動きで倒していった女性。
動き全てをクリスの目では追えなかったのだけど、格好良かった。
女性の全身が動いて、宙に刃物の軌跡が閃いた、と思うと
恐ろしいと呼んでも良いような、殺戮の光景なのだけど。
クリスは見惚れた。
かぁっこいいいいいーーーー!!!
すぁあいいこぉおおおおおお!!!
その恰好良い女性が近付いてくるのだ。
あらあら、
えーとえーと。
はっ、そうだ、わたし女王だった。
人前ではちゃんとしなきゃ。
こんな時は……
「そこの女給、ご苦労様でした。
そんなカンジかしら。
使用人には気軽にアタマを下げたらダメなのよね。
そうだ、ついでに……
「名前を教えなさい。
褒美を出すように摂政に言っておきます」
そんなセリフで名前を訊いちゃうのはどうかしら。
わたしアタマ良いっ。
「ダメだ、クリス」
「姫様、離れて!」
そんな言葉が聞こえて来るけど、もう女給は目の前。
えー。
やっぱ、名前訊いちゃダメなの?
なら、パーシー後で訊いてくれる?
そんなクリス。
クリスティーナ・ローランドにナイフの刃が振るわれる。
上から下へと、マチェットナイフの刃が閃く。
しかし。
刃は止められていた。
エスクラード・リベラの腕は動かない。
彫像と化したようにその身体は動かない。
何が起きてるの?
と見開かれた
何故自分の腕は動かない?
視線が交わる。
その瞬間。
そのエスクラードの後ろから登場したのは革鎧を着た大男。
「冷や冷やさせんじゃねーよ」
「ヴォル、無事だったのね」
「ヴォルティガン、何処に行っていたんだ?!
キミは
こんな時にクリスのそばに居ないでどうする!」
クリスの声も、パーシヴァルの声も明るい。
緊張感を吹き飛ばす。
そんな存在感を持った
ところが。
「坊ちゃん、イキナリ説教はカンベンしてくれ」
そう言って、
その顔色が蒼褪めている。
無意識なのか、手が胸の辺りを掻き毟る。
心臓が苦しいかのような動き。
「ヴォル、どうしたの?」
「ヴォルティガンッ!
動くな、毒針でやられたんだな。
兵士、医者を呼べ」
「へへへ……
医者が来るまでは保ちそうにねーぜ」
「しゃべるな、動くな。
毒が回るぞ」
もちろん
「おそらく、
異界のムシを召喚していた魔法陣を一人で潰したのでしょう」
メイドが言う。
どこかに魔法陣がある、その情報を伝えたのは彼女なのだ。
「気にすんな、俺もそろそろ年貢の納め時。
それだけのことだ」
「黙れって言ってるだろ!」
苦笑を浮かべつつ、猶も口を開くヴォルティガンにパーシヴァルは怒鳴りつける。
刺されて10分程度で心臓麻痺を起こすんだったか。
医者が来るまで保つのか。
平気な顔で喋る
既に死を覚悟しているのか。
ヴォルティガンが、常に戦い続けて来た男が、死を覚悟するのなら。
もう何をしてもムダ。
そういう事なのか。
「誰か、薬を持っていたりしないかしら?」
「そんな都合よく、毒の中和薬なんて持っていないよ」
「あります」
「………………」
応えたのはメイドであった。
「そうよね、貴方なら持ってるわよね」
クリスはさっすがーとるんるん顔だが、パーシーは呆れる。
そんな馬鹿な。
毒の薬と一口に言っても、毒なんて何種類も有る。
中和薬だってそれに合わせた種類が必要なハズだ。
……多分、僕の知識では……
「主だった毒に対する中和薬なら、ほぼ持ち歩いてます」
メイドはスカートの下から細い瓶を取り出す。
「……なら早く打ってくれ」
「ムリだぜ、坊ちゃん。
それは一本分だろ。
俺の身体は一回刺されたんじゃない。
ザっと6か所以上は刺されたな。
足りねーんだ」
パーシーはヴォルティガンの身体とメイドの顔を交互に見る。
どうやら
「なら薬が有るなんて言うなよ」
口から出てしまうが、パーシーだって分かってる。
メイドは薬を持っている、事実を言っただけ。
足りる分量が有るとは言っていないのだ。
「
姫さん用のモノだろ。
俺が奪ったとあっちゃ護衛の名がすたるぜ」
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